第2話

「しかし、このような病気は地球には存在しないはず」


『いや。地球から連れて来た時点ではこうではなかったぞ』


 夜泣の問いにオコメヒメは答える。


「ならば私達の世界の病であると?ならば早急に原因を突き止め、対応策をねる必要があります」


 夜鳴は白衣。使い捨てマスク。フェイスガード。さらにゴム手袋を装着。感染対策に当たる医療従事者のような格好になった。実際、夜鳴は医療神なのだが。当然オコメヒメにも同様の恰好を。布団のようなマスクを身に着けさせる。


「担当者夜鳴。これより検死解剖を開始します」


『頼む』


 夜鳴は死んだり、生き返ったりを交互に繰り返している奇妙な遺体をひっくり返した。

 そしてそのジーンズを無造作に下げると肛門に指を突っ込んだ。


「うほっ!!」


 うほっ。というのは死んでいるのかそれとも生きているのかわからない地球からやってきた男があげた叫び声である。


「直腸温度からして、死後一時間以内と推定」


『おい。死んだり生き返ったりを繰り返したりをしているので当然なのでは?』


 再び裏返してあおむけにする。今度は皮膚表面に露出した男性の生殖器官を触った。


「・・・・・・・・・・・・」


 先ほどと違ってまったく反応はない。


「年齢は十代から三十台後半。女性または同性との性的関係はなし。つまり童貞。それと死因は性病ではないようですね」


『何故死んでるときにちんこを触ったのじゃ?』


「聞こえませんでしたか?彼は童貞です。童貞のまま死んだのです。解剖所見に忘れずに記入しておくように」


「あううううううう・・・・・」


『なんか泣いておるように見えるのう?』


「死体は泣きませんよ。続けます。瞳孔の散大状況からして死後一時間以内と推定」


『死んだり生き返ったりを繰り返したりしているので当然ではないのか?』


「腹部を切開。胃の内容物を調べます」


「ぐえっ」


『わざわざ生き返った時に切らなくても』


「死体は悲鳴をあげませんよ。貴女初めてですか?最初のうちはどの看護婦もそういうんです。死体安置室から声がするとか。まぁじきになれます」


 夜鳴は胃袋の中を掻きまわした。


「おげえええええ」


『お主わざとやっておらんか?』


「そういえば昔紛争地帯で麻酔なしで手術したことが何度かありました。精神に異常をきたし、折角治療した兵士が熱々のベーコンを仲間と一緒に食べるんだと死体を抱えて地雷原に歩き出したこともありましたよ。あの時は本当につらかった。おや?空っぽかと思いましたが」


 夜鳴は哀れな死体ではない生存者でもない遺体でもない患者でもない犠牲者でもない男の胃袋から、一本の植物を取り出した。

 赤い、繊維状の華びらが無数に咲くそれは。


「ふむ。これは何かの寄生植物。ではないですね」


『テグサリじゃな』


 豊穣神オコメヒメは言った。


『別名キメツフラワー』


「ではなく、彼岸花です」


『おお。そうじゃったそうじゃった。彼岸花じゃったな。確か秋ごろに咲く花で食えるんじゃったな』


「ただし、水にさらす。適切な熱処理加工を施さないと毒性があるためやはり食用には適しません。直接の死因はこれのようですが。いずれにせよ」


 夜鳴は哀れな犠牲者の口にゴムホースを突っ込んだ。そして水を流し込む。


「おろろろろろろろおおおおおおお」


「胃洗浄を行います。内臓に付着した毒を洗い流したら点滴。生理食塩水に混ぜてブドウ糖を1,000ミリリットル投与開始」


 ぶしゅ。と針を刺す。


「おっと。胃袋の穴を縫うのを忘れていました」


「あう!あう!あう!」


「さらに鼻からチューブを通して流動食を流し込みます」


「おげっ!おげっ!」


「オコメヒメ。すみませんが患者の口にガーゼを当てて貰えますか?唾液による飛沫感染を防ぎたいので」


『黙っては鼻にチューブを突っ込まれろということじゃな。まぁええじゃろ』


「ありがとう。感謝します」


「・・・・・・・・・・・・」


 定期的に死んだり生き返ったりを繰り返すのでガーゼを口に当てる前に彼は静かになっている。


「この状態で八時間もすればとりあえずは大丈夫です。では私は本来の仕事に戻りますので」


 ゴム手袋をゴミ箱に投げ捨て、フェイスガードを取り外す夜鳴。


『ご苦労じゃったな』


 オコメヒメは深々と頭をさげる。夜鳴もまた医師らしく頭を下げた。


「お疲れさまでした。私はアメリカに戻って患者たちの治療を続けますので」


『またよろしく頼むぞ』  

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