第10話 盗賊の森 3

リリカとソフィを森の中に残し廃屋へ向かう春馬は、自分の身に危険が及ぶ行為は出来るだけ避けたいと考えていた。いくら不思議な剣を手にしても、異世界だからと言って安易に人を殺めるような真似はしたく無かったのだ。


それなのにリリカの言う事を聞いてしまった彼は、廃屋の入り口のドアを軽くノックした。


「誰だ!」、中からしゃがれた声が聞こえゆっくりとドアが開くと、大柄の男が顔を出した。


「やあ! こんばんは」、笑顔で答えた春馬は剣で相手の胸を一刺しした。


「あっ、あがっ・・・」、白目をむいた男はそのまま後ろに倒れた。


「何だ、この違和感」、手応えの無い不思議な感覚に戸惑う。


人を刺したのに、何の感触も無かった。しかも倒れた男は、血を流していない、血が全く出ていない。


物音に気が付いたのか小屋の奥から、「どうした?」と「何だ、何だ! 騒がしいぞ」と、二人の男の声が聞こえて来た。


大胆に玄関から入った春馬は、隠れる気はさらさら無い。こうなったら覚悟を決めて、やりきるだけだ。


ズカズカと廊下を進み、部屋のドアを思いっきり開けた。


部屋の入り口に立つ春馬は、頬に傷のある男とテーブル越しで目が合った。


春馬の襲撃に頬に傷のある男は、「チッ・・・」と、持っていたジョッキを投げつけ、横に立てかけてあった斧を手にした。


その隣では、気弱そうな男が呆然と硬直している。


先手必勝とばかりに、春馬は素早く前に駆け出しテーブルの上に飛び乗ると、頬に傷のある男に向かって剣を上から振り下ろし真っ二つにした。


ドスンと、反撃する時間を与えられなかった男は、椅子ごと後ろに倒れた。


「ヒッ、ひえー!」


先に倒した男が、盗賊団のリーダーだったのであろう。硬直して動けなくなっていた男を倒すのに、何の苦労も必要無かった。


あっという間に討伐完了、春馬は倒した盗賊達を眺めていた。


剣で切ったはずなのに、誰も怪我をしていない。

真っ二つに切ったはずの男も、意識を失っているだけのようだ。

殺めたくない気持ちが、影響したのだろうか?

それなら、もし殺意があれば、彼等を切り殺していたのだろうか?


専用の武器として手に入れた光る剣は、不思議な事に誰も殺させなかった。目の前のあり得ない現実に春馬の頭がついてこない。


部屋に入ってきたリリカは倒れている男を見て、「春馬さん、どうやったの? 凄いじゃないですか」


「うーん、この剣で切っただけだよ」、剣を上に掲げて見つめた。


胸を一刺しされて廃屋の入り口で倒れていた男が、目を覚まし起きて来た。


「何があった、俺は、何をしている? これは、一体・・・、しかし、どうして人の物を盗みたいと思っていたんだろう」


「おい、気は確かなのか?」と、春馬はおかしな事を話す男に声を掛けた。


「ああ、問題ない。でも、何故か今までしてきた悪事に後ろめたさを感じる」


胸を擦る大男は、リリカの姿が目に入ると、突然涙ぐんだ。


「お、お嬢ちゃん、すまなかったな。無理矢理こんなところに連れてきてよ」


いきなり謝罪されたリリカは戸惑ったが、もう悪意は無い様子だったので、腕で涙を拭う大男に近づき彼の肩を叩いた。


「ほら、もう良いよ。ケガしなかったし、荷物も帰って来たから許してあげる」


混乱する頭の中を一度リセットした春馬は、盗賊団を倒した際に起こった事を冷静に思い出していた。


この剣は、一体何を切ったのだろうか。

人の悪意、欲、精神的なものに作用したのか。

それなら自分が切りたいと思う物なら、何でも切れるのか。


もしそうなら、凄い剣だな。


目を覚ました他の盗賊たちが、部屋に集まって来る。


春馬の剣で切られた男達は、全員改心した様子で、身振りや言葉遣いが変わった。剣で切られていない牢屋を見張っていた男と森の中に引きずり込んだ男は、部屋に来るなり春馬やリリカに悪態をついていたが、リーダーの男に叩きのめされていた。彼等は、変わりなく悪人のままだった。


リーダーの男は、すっかり改心したのか、仲間を引き連れてここを離れると春馬に約束をした。夜が明けると必要な荷物を持って、村とは反対方向へと去って行った。


改心していない男が二人いたが、あの様子ならリーダーである男が何とかしてくれるだろうし、もう二度と盗賊をしに此処へ戻って来る事はないだろう。


人見知り癖のあるソフィの娘ジュリの関心を一生懸命に引き出そうと、リリカは変顔をしながら彼女とにらめっこをしていた。


「リリカ、そろそろソフィさんを村まで送っていこうか」


にらめっこを止めたリリカは、盗賊団から奪い返したリュックを背負い「はい」と、答え春馬の後を付いて行く。


村の入り口に着いた時には、既に空は明るく朝日が昇っていた。


小さな村だ、母屋と家畜小屋を備える家が五軒しか無い。村全体と畑は、粗野に作られた木製の塀で囲まれていた。


「もう、大丈夫だろ」、春馬は足を止め村の中には入らなかった。


「はい、助けてくれて有難う御座いました」と、深々とソフィはお辞儀をした。


振り返った春馬は、頬を掻きながら後ろに居たリリカを見た。


「魔法の事で気になることがある。次の日曜日は、空いているからここに呼んで欲しい、出来るか?」


「にちようび?」、何それと言うような感じでリリカはキョトンとする。


「ごめん、分からないか。じゃあ、6日後に呼んで欲しい」と、彼女に分かるように言い直した。


「うん、分かった。今回も助けてくれて、ありがとう」


この世界に呼び出されてからまだ日は浅いが、ペコリと無邪気に頭を下げたリリカを見ていると、妹を思う兄のような心境になってしまう。


「あまり、無茶するなよ」


「はい! えへへ・・・」、春馬に頭を撫でられたリリカは頬を赤らめた。


照れくさそうな顔をしているのをリリカに見られたくないのか、春馬は背を向けた。


近くのコンビニまで行くはずが、盗賊団と一戦交える結果になってしまった。夜通し起きていたので疲れたのか、軽く首を回しながら春馬は自分の世界へ帰っていった。

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