第9話 盗賊の森 2

地面から光る魔法陣が、浮き出る。


薄暗い牢屋の中が、その光で明るくなった。魔法陣の中から、黒色のスポーツウェアを着る春馬が現れた。


家の近くのコンビニへ、買い物に行く途中だったのに。薄暗さに慣れない彼は、目を細めていた。


「何だか、暗い所だな? やっぱり、前触れも無く、いきなり呼び出されるんだ。それにしても、ここは何処だ」


湿った空気と土の匂い、それにかび臭い匂いがする。少し不快に感じた春馬は、目を凝らして辺りを見渡した。


「此処は、牢屋の中です」と、リリカが答えた。


「はあ、牢屋の中だと? どうして、こんな所に居るのか教えてくれ」


春馬は、リリカからこれまでに起こった経緯を聞いた。


森の中で寝ている間に盗賊団に攫われたのなら、それは不可抗力だ、仕方が無い。とりあえず春馬は、ここから出る方法を考えてみる。


「魔法で何とかならないのか? 例えば、火の玉をぶつけて格子を壊すとか」


火の玉など魔法で出したことの無いリリカは、春馬が何を言っているのか理解出来なかった。魔法の話しになると、やはりお互い上手くかみ合わない。


「そんなの、出来ません。それに、火の玉なんて見たことないし!」


「試しに魔法で出せる火を見せてくれ?」


「良いですか、出しますよ!」


リリカは格子に向けて手をかざした、「我に従いし火よ、現れたまえ!」


格子の下から50センチぐらいの高さで、オレンジ色の炎があがる。


格子が溶けるとか、壊れるとか、何の変化も無い。リリカが手をかざすのをやめると、炎は消えてしまった。格子に触ると、当たり前に熱いだけだった。


「たしか魔法は、イメージを具現化させることだったよな」


「そうです。燃える火を思い出して、イメージしました。でも鉄を溶かす炎なんて見た事が無いから、イメージ出来ないよ。それより、春馬さんはトミさんみたいに専用の武器は、出せないのですか?」


「専用の武器? 何、それ」


「トミさんから、専用の武器で大暴れしたお話を聞いたことがあって。トミさんは疾風の槍が専用の武器で、一振りで100人ぐらい吹っ飛ばしたと聞きました」


「だから、春馬さんもそんな武器を持っているのかなと・・・思って」


「その話、大げさに言ってないか」、春馬が苦笑いしながら困った顔をした。


「ブレスレットに力を注いで、念じてみてよ?」


リリカの提案に春馬は、本当に専用の武器などあるのだろうかと疑問に思ったが、取り敢えず試して見る事にした。この世界は、想像力が重要なのか。


春馬は、ブレスレットの石に意識を集中させて手を地面に向けた。


半信半疑で、「出でよ」と言うと、地面に魔法陣が現れ中から剣が現れた。それは、日本刀に似た真っすぐの刀身を持つ剣。


春馬は剣を手に取った、「これが俺の武器? 何か刀身が、光っているよな」


切れ味を確かめようと、指で刀身に触れて見た。


「えっ! 光っているだけなのか。実態が無ければ、何も切れないじゃないか」


不思議に思ったリリカは、春馬の横から指で光る刀身に触れようとしたが、触った感覚がしない。


「良く分からないけど、とりあえず格子を切ってみましょうよ」


リリカの言葉に疑念を抱きながらも春馬は、格子に向けて剣を斜めに振り下ろしてみる。懐中電灯を振り下ろした様に、光が格子を照らしただけだった。


「うーん、もっと、真面目に。絶対切れると信じてやって見てください! 私には、すごい力をその剣から感じるから」


リリカに言われるがままに、春馬はもう一度、今度はレーザーが鋼鉄を切断するようなイメージを頭に描きながら、円を描くように剣先を格子に当て回した。


さっきとは違い、剣から一筋の強い光が放たれると、切断された格子が地面にバラバラと倒れた。


「え! 切れた」と、春馬は目を丸くした。


「やったー! やっぱり凄かったでしょ」、リリカが嬉しそうな顔をする。


もう一度、今度は格子の下の部分を水平に切った。


ガラン、ガランと5、6本の格子が地面に転がる。


「何だ、この剣。切りたいものが切れるのか?」


「やったー。やっぱり春馬さんは、トミさんと同じぐらい強いんですよ」


「喜ぶのは、まだ早いだろ。とにかく、外に出るぞ」


春馬を先頭に牢屋を出る。彼は入り口付近に見える人影にゆっくりと、足音を出さないように気を付けて近づいた。


「寝ている」、牢屋に居るのが女子供だけだったので気が緩んでいたのか、見張りの男は、座り込んで下を向いたままいびきをかいている。


「もっと深く寝ておけ」と、春馬は見張りの後頭部を剣の柄でゴツンと殴りつけた。


「もう良いぞ」、春馬の合図でリリカとソフィア、そしてソフィアの娘ジュリが洞窟の入り口までやって来た。


「なあ、リリカ。盗賊は、何人いるのか知ってるか?」


「連れて来られた時に、三人見たけど。もっと居るかな?」


「あのー、多分ですが、全員で五人だと思います」


「本当ですかソフィアさん」、思わず大きな声を出したリリカは、慌てて手のひらで口を塞いだ。


「見張りの男が一人、いつも見回りをしている大柄の男と痩せた男の二人。それと、雑用をしている気の弱そうな男と頬に傷がある男の五人です」


「それなら、何とかなるかも知れない」と、春馬は廃屋の方を見た。


気づかれないように春馬は、身を屈めながら廃屋の横へと移動する。


そのままゆっくり建物の隅まで進み、小屋の入り口の方を確認した。


足音が聞こえ痩せた男が玄関から出て来ると、森の方へ歩いて行く。ふらふらと千鳥足の男は、酔っぱらっている様だ。


後ろから男に近づいた春馬は、後頭部を剣の柄で思いっきり殴った。


「うっ・・・」


酔っ払いの男は、頭から背中にかけて強烈な電気が走る抜ける感覚に突然襲われ、そのまま意識を失いうつ伏せで倒れた。


春馬は男の両足を抱え、小屋から見えないよう森の奥へ引きずり込む。そこから小屋の横で待機するリリカ達に森の方へ来いと、彼は手招きをした。


リリカは、周囲を警戒しながら恐る恐る春馬の元へやって来た。


「ここで隠れていれば、安心だろう。このまま森を抜けて、村まで逃げよう」


「春馬さん、ダメ。私達は、逃げ無いの」、リリカは大きな目を更に大きく見開いた。


「どうして逃げない? 何かあるのか」


ソフィの方をチラっと見たリリカは、視線を春馬に戻した。


「あのね、盗賊は、村を襲う計画をしているみたいなの。だから・・・、出来るならここで倒しておかないと。それに私の荷物も取り返したいし」


「駄目だ、駄目だ! リスクを考えると、一度村に行って男達と一緒に盗賊を倒しに戻る方が、良いに決まっているだろう」


唇をかみしめるリリカは、春馬の上着の端を掴んだ。


動こうとしないリリカに春馬は、「はあー・・・」と、ため息が出る。

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