第20話 老紳士とメイドと料理
「あなたが羽泉さんですね。雨宮くんから話は聞いています」
「は、はい。そうですか……」
ロマンスグレーの髪をピッシリと七三に分けて、背筋をピンと伸ばした綺麗な姿勢で座る老紳士。
話を聞いているって、なんのことだろうか。
「私も突然のことで、とても驚きました。雨宮くんを助けてくれて本当にありがとうございました」
「い、いえ……」
対面に座っている老紳士が、倍以上は年が離れているだろう俺に向かって、急に深々と頭を下げてきた。
こんなロマンスグレーの頭頂部をみたのは、生まれて初めてだ。どうすればいいか分かりません。
「このお店で働いている子たちは、実の娘となんら変わりありません。そうは言いつつも、私も家庭がある身。住処を無くした雨宮くんを、簡単に受け入れることもできず……」
「ああ、いえ、特に助けたワケでもないので……」
孫を見るような慈愛に満ちた目で、ホールをかけまわるメイドやキッチンで料理を作るメイドを見ている老紳士。
どういう話になっているのか分からないが、俺は単にTシャツを買っただけで、雨宮を助けたワケではない。そういう意味で否定したのだが、俺の返答を聞いた老紳士は、尊敬すら混じった瞳で見つめ返してきた。
「つかぬことをお聞きしますが、メイドはお好きですか?」
「え、ええ、まあ」
「なるほど、なるほど! 貴方とはとても話が合いそうです!」
急に身を乗り出して、興奮した様子の老紳士。尊敬の眼差しは、更に強くなっているようにも感じる。
なんだろう、この人と話が合ったらいけない気がします。
「ああ、どうぞ。私は気にせず、お食べになってください。もちろん、お代はいただきません」
「は、はあ……」
あまりにも圧が強い老紳士から視線をそらすと、目の前のテーブルにこの『居酒屋 チョモランマ』でオススメとされているメニューが所狭しと並べられているのが見えた。
俺の視線の先を見て、料理を食べたいと勘違いしたのだろうか。老紳士は
この店の料理を食べきるまで帰れない企画をしているかのような量だが、これはなにも俺が「メニューのここからここまで」みたいな
案内した当の雨宮は、特に説明もなく接客へと戻っていってしまった。席についても老紳士から説明はなく、お互いに自己紹介もしないまま、最初の老紳士の台詞が発せられたのだった。
「あの、さすがにこの量は……」
しかし、どうぞと言われても、ひとりでこんなに食べられるはずもない。いくらサービスだと言っても食事を残すのは心苦しいし、どうしてこんなサービスを受けているのか、いまだに理解しきれていないのだ。
後から「サービスするとは言ったが、残した分はお金をもらいます」なんて言われることだってありえる。
一度でも手をつけてしまえば、どこかのTシャツwith美少女のように返品不可になるかもしれないのだ。いや、断じて手はつけてないけれども。
「食べ残しについては、心配いりません。そろそろでしょうから」
「そろそろ?」
俺の呟きを聞いた老紳士は、左手につけた高級そうな腕時計をチラリと見つつ答えた。
食べ残しと現在時刻の相関性がまるで分らずに首をかしげていると、ドタドタといくつかの足音が近づいていることを察知した。
「休憩はいりま――す!」
「よっしゃ、食べ放題ぃ~」
「こらこら、店内を走っちゃダメよ」
そんな
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