第19話 居酒屋チョモランマ
『居酒屋チョモランマ』。
最最寄りである中上駅から徒歩3分。そんな駅前にある商業ビルの2階に構えたこの店は、色々な意味で有名な居酒屋だ。
まず、ビールやハイボール、それにサワーなんかのお酒が、平日はなんと100円という驚きの価格であること。メニュー表に書かれた約100品目の料理がすべて手作りであり、総じてクオリティが高いこと。
そして何より……。
「いらっしゃいませ~!」
入店した俺を出迎えた、フリフリの
もちろん大衆酒場チックな店内を駆け回っている他の店員も、全員がフリフリのメイド服を着用している。店名だけを見て訪れたのであれば、間違えてメイド喫茶に入ってしまったと勘違いする人もいるかもしれない。
しかし、この姿こそ
「……噂には聞いていたけど、これはすごいな」
「ほほう、その反応。ハイタツ君、さては初めてだな?」
俺を出迎えた店員……雨宮は、俺の反応を見てニヤニヤとした笑顔を浮かべている。
『メイド居酒屋』とは言っても、『メイド喫茶』のようにオムライスにケチャップで落書きをしてくれることもなければ、どこからか野太い声で美味しくなる魔法が聞こえてくるワケでもない。
単純に制服がメイド服というだけで、基本的には他の居酒屋と変わらないのだが、それでもこの店が有名になった理由こそが。
「確かにこれは、下手にガールズバーやキャバクラに行くよりも……」
それはまさに、働いている
ホールを駆け回っている茶髪の元気っ子メイドも、テーブルを片付ける金髪のギャル風メイドも、離れたところで注文を取っている黒髪の清楚系メイドも……これはテレビの撮影ですと言われても納得できるほどに、すべてのキャストのレベルが高い。都内のミスコン美少女をドラフト指名してドリームチームを作った、なんていう噂もあるくらいである。
そんなドリームチームの中にあっても、目の前の雨宮は異次元といって過言ではないかわいさだった。
一見すればベーシックな白と黒のメイド服だが、ところどころにレースがあしらわれた高級なデザインになっており、まるでアニメの世界からそのまま出てきたような完成度である。
なにより膝上をフリフリと揺れている短めのスカートと、ただでさえ白い雨宮の肌を際立たせる黒いニーソックスが作り出した『絶対領域』。よもやこれほど美しい聖域が、この地球に存在するとは……世界史の授業を聞いている時、十字軍なんてものができた理由をまるで理解できなかったが、まさにいま
この聖域は守らなければならない、命に代えても!
「お客様、鼻息が荒いですよ~」
「うっ、ご、ごめんなさい」
さすがにじっくり見すぎてしまったようだ。手に持ったメニューでスカートを抑える雨宮にジト目で見られてしまった。
でも仕方ないじゃないか。雨宮のメイド服姿なんて初めて見たわけであるし、美少女メイドなんてものは、男の夢を体現した存在なのだから。男にとってメイド萌えは、遺伝子レベルで刻まれた、逃れられない宿命というやつなのだから。
「まったく、あんまりエッチな目で見ていると出禁になるからね! 他の女の子は見ちゃダメだぞ! 」
「は、はい」
さすがに雨宮のアルバイト先で出禁になるのは困る。確かに女の子の太ももをじっくりと見るだなんて、まさに変態の所業だった。痴漢で捕まったとしてもおかしくないだろう。なるべく他の女の子は見ないように気を付けなければ。
……ん? 他の女の子は?
「あ、あの、『他の女の子』ってことは、雨宮のことは見ても――」
「おひとりさま、ご案内~!」
「「「いらっしゃいませ~!」」」
よく通る綺麗な声で店内に声をかけ、ズンズンと奥へ進んでいく雨宮。俺が雨宮に問いかけた言葉は、続いて聞こえてきた店員たちの返事にかき消されてしまった。
いったい雨宮はどういうつもりなんだろう。普通に見るのがダメならば、わざわざ『他の女の子』なんて言う必要もないはず。
そもそも、見られるのがイヤだったなら、アルバイト先に呼ばないはずだし……というか、改めて考えてみると、俺はいま雨宮のアルバイト先に来ているのか。なんだかいろいろな意味で緊張してきたぞ。
「コラ――! 入口に突っ立てたら邪魔だろう! はやくついてこ――い!」
雨宮がメニューでパンパンと膝を叩きながら呼んだ。
大声で呼ばれたことによって、店中の視線を独り占めにしてしまっている。とても帰りたい気分にもなったが、あの爆発寸前の雨宮から逃げれば、今よりも酷い状況になることは間違いないだろう。
様々な感情が入り混じったため息をひとつ吐いた後、少しだけ身を縮こまらせて、雨宮が待つ店の奥へと歩いていくのであった。
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