第21話 姦しメイドーズ
「あっ、キミがハイタツくん? ウチのアメゾンがお世話になってます~!」
まず話しかけてきたのは、先ほどもホールを駆け回っていた茶髪ショートカットの元気っ子メイドだった。控えめな胸元に下がっている名刺を見ると、丸っこい文字で『マキでーす(ハート)』と書かれている。
「あ~、さっきも入口で話してたね~。ラブなのはいいけどさ、お店でイチャつくのやめな~?」
続けざまに緩い口調で話しかけてきたのは、日焼けした肌とサイドテールの金髪が特徴的なギャルメイドだった。ゆるゆるの胸元に下がっているキラキラとデコレーションされた名刺には、『アヤナ』とパステルカラーで書かれている。
「まったく、混乱してるじゃない。急にごめんなさいね?」
最後にため息まじりで口を開いたのは、肩で揃えた黒髪に少しツリ目で委員長タイプの清楚系メイドだった。大きな胸元に下がった名札には、印刷したような綺麗な字で『シズカ』と書かれている。
「い、いえ、大丈夫です……あっ、混乱はしてますけど」
「あはっ、聞いてた通りの陰キャ~」
俺がなんとか言葉を発するも、金髪ギャルに笑われてしまった。
しかし、「聞いていた通りの陰キャ」って、俺はどんな話をされているのだろうか。確かに陰キャであることは自他共に認める事実であるので、反論の余地はないのだけど。
「あ、あの、これは……」
いつのまにか俺の両隣に元気っ子メイドとギャルメイドが座り、目の前の料理をどんどん口へと運んで行っている。「おいひ~」とか「うますぎしんさく~」とか言いつつ、笑顔でとても美味しそうに食べる女の子たちの姿に、俺は更に混乱していく。
俺が呆然としていると、テーブルの反対側にゆっくりと座った委員長メイドが自分の小皿へと料理を取り分けつつ、不思議そうに首を傾げて話しかけてきた。
「あの、店長から何も聞いていませんか?」
聞いていないどころか、誰が店長かも知りません。
いや、待てよ。この口ぶりでは、俺が事前に話を聞いていて当然といった風情じゃないか。
もしかして、雨宮が店長!?
雨宮は美少女高校生にして起業家だったのか。ほとんど手ぶらで家を出てきた割には、あまりお金に困っている素振りも見せないし、高校生にしては人間ができていると思っていたのだ。
羽振りはいいし、挨拶にも厳しいし、美少女だし、お金のやりくりが上手いし、美少女だし、大人との会話にも慣れているし、美少女だ。こうして要素を並べてみると、雨宮が店長という説にますます信ぴょう性が増してきたぞ。
「あ、あの、店長って、雨宮だったり……」
「はい?」
「な、なんでもないです!」
委員長メイドが「パンツはパンツでも食べられないパンツはな~んだ?」みたいな意味不明なナゾナゾを出された人の顔になっている。答えのないナゾナゾだというのに、委員長メイドは難しそうな顔で考え始めてしまった。
とても申し訳ないことをしてしまったが、この人がいい人だってことはわかった。この店で唯一の常識人かもしれない。
「す、すみません。店長さんってのは……どなたでしょうか?」
いつまでも未知のナゾナゾ迷宮を彷徨わせるワケにはいかないと思い、素直に店長について聞くことにする。
「店長ならそこで固まってるおじいちゃんだよ!」
「ってか、知らないで話してた系? まぢウケる~」
俺の問いに答えてくれたのは、俺の左に座って黙々と料理を食べ続けていた元気っ子メイドだった。
茶髪っ子メイドが手に持った割り箸で示した先には、確かに口を半開きにしたまま白目を剝き、銅像のように固まっている老紳士の姿があった。なんでこの人はこんな変な顔で固まっているんだ。
「あれー? そういえば、店長がなんでここにいるのー?」
「やっば! 店長の近くでメイドが3人って!」
「マキ、アヤナ! 店長のDMフィールドが!」
俺が固まっている店長を不審に思っていると、急に姦しメイドーズが騒ぎ出した。
いままで生きてきて初めて聞いた言葉が出てきたぞ。
なんだろう、『DMフィールド』というのは。『フィールド』は領域だとして、『DM』……ダイレクトメッセージかな?
「シズカ隊長、爆発寸前であります!」
「やっちった~、めんどくせ~」
「ああ、手遅れです。ハイタツさん、耳を塞いだ方がいいかも……」
『DMフィールド』について考察をしていると、またしても姦しメイドーズが意味の分からないことを言い始めた。委員長メイドなんかは、諦めたようにため息をつき、両手で耳を塞いでいる。
爆発寸前? 耳を塞いだ方がいい? いったい何が起きているんだ?
ワケが分からず、首を傾げていると……。
「ト、トト、トトト……」
固まって白目を剥いている店長(?)が、固まって白目を剥いたまま、壊れたラジオのように奇怪な音声を出力し始めた。
そのままトトトト呟いていた店長(?)だったが、ゾンビのような緩慢な仕草で立ち上がると、白目のままクワッと大きく目を見開いて――。
「トッレェェェビァァァアアアンッッッ!!!!」
鼓膜が破れてしまうほどの大音量で、奇声を上あげたのだった。
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