第15話 いざ、申すバーガー!



「たのも――う!」

「よくいらした! 店内をご利用で御座るか!」

「うむ、店内でお頼み申す!」


 注文カウンターで大声を出し、威勢よく応える雨宮。

 凛とした表情で胸を張る雨宮は、誇り高い姫のような風情すら感じる美しさだ。

 そんなかわいくも美しい姿に、この場にいる者の視線は釘付けにされていた。


 そんな雨宮と対するは、チョンマゲ(どうみてもカツラ)にピッシリと和服を着た侍……この店の店員だ。


「注文を申せ!」

「申すバーガーセットを2つ! ドリンクはコーラとオレンジジュースでお頼み申す!」


 テンポよく注文をする雨宮と店員。そのやり取りはまるで淀みもなく、台本があるのかというレベルでスムーズだ。

 そんな2人をボケーッと眺める俺は、「私が注文するから、ハイタツくんは席の確保をよろしく!」と言われており、2人用の座敷席をバッチリ確保しているところである。

 断じて、あのへんてこな店員から逃げたわけではない。ないったらない。


「はじめてきたぜ……『申すバーガー』」


 ここ『申すバーガー』は、都内でチェーン展開している飲食店である。

 特徴としては、店員の接客スタイルや内装が江戸時代のような風情であることと……。


「なかなかによい申しじゃ! 『申し引き』よろしいで御座るか、殿!」


 名札に『サタケ』と書かれた店員が店の奥の方に声をかけると、ドンドンドンドンと太鼓の低い音が店内に鳴り響いた。

 どんどんと叩くリズムが早くなっていき、やがて最高潮に達したところで、店員達が声をあわせて「いよぉ~~!」と叫ぶ。



 ドドン!



「是非も無し!」

「「「申し引きじゃ~~!」」」


 店の奥から聞こえてきた男性の尊大な声を聞き、狂喜乱舞する店員たち。

 一斉に賑やかになった店内にビビリながら成り行きを見守っていると、店員のサタケがレジを軽快に叩きはじめた。レジを叩いているのに、なぜかソロバンを叩く音が聞こえてくる。いとカオス。


「申すバーガーセットを2つでお会計1000円のところ、最高レベルの『申し引き』で半額の500円で御座る!」

「かたじけない!」

「マジで半額になるのか……」


 最大の特徴と言えるのが、この『申し引き』という独自の割引システムである。

 店員こと侍が「素晴らしい注文だ」と認めた場合、店長こと殿様に『申し引き』を申請し、厳正な審査の上で適用される割引。

 この割引が適用される確率は約1パーセントという統計が出ており、中でも最高レベルは天文学的数字とまで言われている。


「どうよ、ハイタツくん!」

「恐れ入り申した」

「はっはっはっ! くるしゅうない!」


 ホクホク顔で戻ってきた雨宮は、渡していた1000円から出たお釣りの500円を俺に返しつつ、申すバーガーセットをちゃぶ台に乗せた。

 申すバーガーというへんてこな名前とは裏腹に、分厚い牛肉のパティとレタスをバンズで挟んだオーソドックスなハンバーガーだった。


「しかし、まさか最高レベルの申し引きを取ってくるとは……」

「あはは、あたしもビックリ! 申すバーガー初めてなんだよねー」

「え? 雨宮が『申し引きを取ってみせる!』とか自信満々に言うから、申すバーガーに来たんじゃないか」


 今日の朝ごはんをどうするかという話になった時、雨宮が「駅前で食べよう!」と言い出し、そしてこの『申すバーガー』へと一直線で入っていたのだ。

 俺はこの注文スタイルが苦手だから、やめようと言ったのだけど……。


「実際に最高レベル取ってきたじゃない! 男が細かいことをうだうだ言わない!」

「うぐぐ、確かにそれはそうだけど」

「ほら、遅刻しちゃうよ! ちゃっちゃと食べる!」


 そう言いながら、大口で申すバーガーにかぶりつく雨宮。


「ん~、おいひ~」


 顔をトロンと蕩けさせて、手に持った申すバーガーと見つめあっている。まるで恋する乙女のような表情をしていた。

 よくもまあ、ハンバーガーひとつであそこまで幸せそうにできるものだ。

 

 しかし、恍惚の表情を浮かべる雨宮を見ていたら、早く食べたくなってきたぞ。

 いそいそと包み紙から申すバーガーを取り出し、俺も雨宮の真似をして大口でかぶりついた。


「……う、うまいッ!?」


 なんということだ。

 リーズナブルなファストフードだと侮っていたが、一口食べてファーストフードの概念が覆った気分だった。


 高級ステーキのような肉汁がぶわーっと口中に広がると、肉汁のスープを染み込ませたバンズが口の中で溶けていき、肉の旨みと小麦の甘みを爆発させる。たっぷりと味わいながら咀嚼していると、そんな肉肉しい口内を、最後に瑞々しいレタスの清涼感が洗い流していった。

 たった一口で、高級なコースメニューを食べたような充実感と幸福感である。


「こ、これが、セットで500円のクオリティなのか……!?」

「美食家に『東京で一番おいしいお店は?』って聞いたら、この『申すバーガー』を挙げるなんて言われてるからねー」

「こんなファーストフードチェーンがあっていいのか……」


 完全に俺の中のハンバーガー像が壊れてしまった。

 もう他の店でハンバーガーを食べられないかもしれない。

 どうしてこんなにふざけたお店なのに、こんなに美味しいんだ。


「……ハッ! いつのまにか食べ終わっている!?」

「はぁ~、美味しかったぁ……」


 ほう、と同時に息をつく俺と雨宮。

 雨宮が人前でだらしなく腹をさすっているが、俺も同じようにさすっていることに気がつき、注意することをやめた。

 周りを見渡してみても、俺達と同じように食べ終わった紳士淑女はみな、満足げに腹をさすっている。


 ロマンスグレーの髪を七三分けにしている紳士と目が合い、ニコリと俺に笑いかけてきた。言葉にせずとも、「美味しかったですね」と言っていることが分かった。

 俺も笑みを返すと、満足げな表情でトレーを返却台に置き、店の外へと歩いていった。


 なんだかおかしな空間だが、それが不思議と居心地の良いものだった。


 すごいぞ、申すバーガー。


「……」

「えへへ」


 ロマンスグレー紳士の真似をして、俺も目の前の雨宮に笑いかけてみると、とてもかわいらしい笑顔が返ってくる。自分から仕掛けたのに、なぜかものすごく照れた。

 ずるいぞ、雨宮尊。


「そ、そろそろ行くか」

「そうだねー」


 座敷席から立ち上がり、店の出口付近にある返却台に食べ終わったトレーを置く。


「ごちそうさまでした! 美味しかったです! ほら、ハイタツ君も!」

「ご、ごちそうさまでした。えっと、お、おいしかったです」

「結構、結構。達者でな!」


 まだ注文カウンターにいたサタケに挨拶する雨宮に促され、俺も続けて挨拶をする。

 俺達の言葉を聞いたサタケは、とても嬉しそうにチョンマゲを揺らした。そんなサタケの仕草がなんだかおかしくて、俺と雨宮は顔を見合わせて笑ってしまう。


 なんだか夢見心地な気分で、俺達は申すバーガーを後にしたのだった。

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