「花火楽しかったね」

「ああ。次の日昼まで寝たけどな」

「それ関係ある?」

「旅行は行く前が一番楽しい、と同じくらいには」

 

 週明けの月曜日。

 隣の席の並木くんは「あはは」と笑いながら言った。私は自分の席に座りながら彼を向く。


「まあでも楽しかった。素敵なひと夏の思い出、ありがとね」

「……あのさ、わざわざ礼とかいらねえよ。なんか波戸だけいい思い出もらえた、みたいな感じになるじゃん」


 彼は私と目を合わせた。


「俺だって、いい思い出になったから」


 そして彼はすぐに目を逸らした。

 それを見ながら私は笑った。嬉しくて、笑った。


 聞き慣れたチャイムが鳴る。ホームルームに備えて私は椅子に座り直すと、ポケットからハンカチが落ちた。隣から「でも」と並木くんの声が聞こえる。


「ん?」

「俺、やっぱさ」


 床に落ちたハンカチを拾うために手を伸ばす。


「ひと夏じゃ足りねえよ」


 ハンカチを拾う。教室の扉が開く。担任が入ってきて、生徒は少し静まる。

 ……いや、そんなことより。


「え、それってどういう」

「さあな」


 彼の横顔はそれだけ言った。

 話の続きを聞きたかったが、担任の「ホームルーム始めるぞ。静かにしろー」という言葉でこの話は終わってしまう。


 そしてそのまま、夏と共に流されていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る