牡丹

「花火ってのはな、あればあるだけいいんだ」

「自分が何を言ってるかわかってるの」

「わかってるさ。知ってるか、花火の量は思い出の濃度と比例するんだぜ」

「でも財布の中身と反比例するんだよ?」


 私たちは近くのコンビニに集まり、飲み物と花火の調達をした。私は麦茶、並木くんはスポーツドリンクを買った。それと、大量の花火。


「ほんとに全部買うとは」

「店員も焦ってたな」

「私ほどではないと思うけど」


 並木くんが無計画にも棚にある全ての花火を購入したため、私たちは両手に大きなビニール袋をぶら下げながら歩く。並木くんはさらに青いバケツも持っている。

 日が落ちても朧げな熱を纏う夜を歩いて、額に汗が浮かんできた頃、河原に着いた。


「お、やっぱ川は少し涼しいな。川最高」

「ほんとだ。風が冷たくて気持ちいい。川最高」


 丸みがかった砂利の上を歩くと、ごつごつとした感触をサンダルの薄いソール越しに感じる。


「あと花火全部買い占めたのには、もう一つ理由があってさ」

「え、なに?」

「ほら、周り見てみろよ。誰もいねえだろ」


 私は辺りを見渡す。確かに私たち以外には誰もいなかった。


「あそこのコンビニの花火買い占めときゃ、もう他のやつらはここに来ねえはずだ。花火無いからな」

「ええ、無茶苦茶だなあ」

「この河原は俺たちのものだ! はっはっは!」


 両手を広げて魔王のように笑う並木くんは少し間抜けだし、花火なんて事前から用意しておけばいいじゃないかと思ったりもしたけれど。


 少なくとも今、この一帯が私たちだけのものだと思うと、心が弾んだ。



***



「さて、じゃあ」


 並木くんはコンビニで買ったスポーツドリンクを勢いよく飲むと「やりますか」とバケツを持って川へと走った。

 彼が川から水を汲んで戻ってくる間に、私は花火の袋に入っていた蝋燭を少し掘った砂利に埋めて固定する。


「並木くん、マッチとかある?」

「ライター持ってきた」

 

 彼はジーパンのポケットから使い捨てライターを取り出すと、蝋燭に火をつける。しかし何度か風に吹かれて消えて、落ちていた木の板で風除けを作ってやっと燃え出した。


「ほら、一本目いけよ」

「え、いいの」

「レディーファーストってやつだ」

「なにそれ。でも、じゃあお言葉に甘えて」


 私は手元だけ細くなっている手持ち花火の先を蝋燭に近付ける。


「……あれ?」

「ん、なに?」

「火、ついてるこれ」

「ついてるんじゃね? 当たってるように見えるけど」

「全然火つきそうな感じしないけどぎゃあああ!」


 さっきまで焦げ付いていただけだった花火の先から急に勢いよく火花が飛び出して、私は思わず叫んでしまった。


「おおお、落ち着け!」

「び、びっくりした……!」


 どくどく、と鼓動する心臓が収まらない。花火ってこんなに勢いすごかったっけ。

 私が花火を睨みつけていると「……あはは」と隣で笑い声が聞こえた。

 見れば、彼が身体をくの字に曲げて震えながら笑っていた。


「ぎゃあああ、だってさ。あっはは」

「ちょ、だって、びっくりしたから」

「いやーこれ一生忘れねえな」

「やだ、明日には忘れてよ」


 二人だけの河原に彼の笑い声が響く。

 一生忘れない、にときめいたことは怒ったふりで誤魔化した。

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