閃光花火

池田春哉

 高校二年生の夏とは特別な意味があるらしい。


 曰く、青春の代名詞。

 曰く、最後の夏の思い出。

 曰く、大人になってもふと思い出す大切な時間。


 つまり、この夏は一生ものということだ。

 

「というわけで、この先2ヶ月の予定を立てよう」

「いつの話をしてるんだ」

「だってもう7月半ばだよ? 夏なんてあっという間に過ぎちゃうんだから」

「ほんと波戸はとは計画的だな」

並木なみきくんが無計画すぎるんだよ」


 昼休憩。

 隣の席に座る並木くんに向かって私は言った。


「今日は外遊びに行かないの?」

「暑すぎてやめた。俺は冬生まれなんだ」

「それ関係ある?」

「ブラジルはサッカーが強い、と同じくらいには」


 並木くんは言いながら、その切れ長の目を瞑るように「あはは」と笑う。

 彼の能天気な笑顔を見ているだけで、なんだかもう全部どうでも良くなりそうになって、私は自分の浮かれた気持ちに気付く。


「とりあえず今週末の予定から立てなきゃ」

「今週末って明日じゃねえか。まだ決まってなかったのかよ」

「まあね。たまたま空いてるの」

 

 本当は、あえて空けといたんだけど。

 だって彼はきっと「来週遊ぼう」なんて約束しても忘れてるだろうから。それに急な予定なら、他の人を誘う可能性も少ないし。


「並木くんは明日何かあるの?」

「まあな。クーラーの効いた部屋でラムネ飲みながらゲームするって大事な用事が」

「それヒマって言うんだよ?」


 周りの話を聞いてある程度分かっていたが、彼の予定がないことも確認できた。あとは勇気だけ。

 私は小さく息を吸う。

 ……だって、この夏は一生ものなんでしょ? それなら全部とっておきの思い出で埋めたいじゃない。


 高校二年生の夏。その大切な思い出として。

 私は、並木くんと一緒に花火がしたいのだ。


「……並木くんさ」

「ん、どうした」


 私はできるだけ涼しい顔を繕いながら、渾身の勇気を振り絞った。


「花火って知ってる?」

「馬鹿にしてるのか?」


 彼は不愉快そうに言った。


「あ、間違えた。線香花火って知ってる?」

「何を間違えたんだよ。線香花火くらい知ってるよ」

「え、嘘でしょ……?」

「やっぱ馬鹿にしてんじゃん」


 眉間に皺を寄せた彼に、私は言う。


「じゃあ、線香花火は光り方によって名前が違うのも知ってる?」

「名前?」

「線香花火ってどんどん光り方が変わっていくでしょ? その一つ一つに花の名前が付いてるの」


 燃え始めの小さな火球を「つぼみ」。

 火球が膨らみ、火花が飛び散り始めた状態を「牡丹ぼたん」。

 さらに火花が増え、四方八方に飛び散る状態を「松葉まつば」。

 火花が細い線となり、勢いが衰え枝垂れる状態を「やなぎ」。

 火球が小さくなり、燃え尽きる直前を「ぎく」。


 火がついてから燃え尽きるまでに、線香花火は5回光り方を変える。


「この光り方は人生にも例えられるんだよ」

「マジかよ。奥が深いな」

「知らなかったでしょ」

「知らなかった……。てか、線香花火って5種類も光ってたか?」


 並木くんは自分の顎に手を当てて首を捻る。

 私はその言葉を、待ってた。


「じゃあ見てみない?」


 私は何気ない風を装って言う。


「明日、空いてるけど」

 

 並木くんは顎に手を当てたまま、こちらを見る。

 そうして少し考えた後。


「……まあ、確かにゲームは昼だけでいいし」

「うん。昼は暑いから、夜の涼しくなってきた頃に集まろ」

「なるほど……ありだな」

「決まりね」


 それから私たちは簡単に集合時間と場所を決めた。

 そして昼休憩終了のチャイムを聞いて、教室の掃除を始めるために立ち上がる。

 机を運んでいる瞬間も、床を箒で掃いている瞬間も。

 私はにやけそうになる口元を隠すのに必死だった。


 かくして、計画通りに彼を花火に誘うことに成功したのだった。やったぜ。


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