第18話新しい関係

 無事、入隊試験を合格で終えた玲奈は現実に戻り、ヘルメットを外した。起き上がると遼と詩織が満面の笑みで玲奈を迎える。


「全く……ヒヤヒヤさせるなよ」


「おめでとう! 玲奈ちゃん!」


 玲奈は少し照れくさそうに視線を逸らして苦笑いする。


「心配するなって無理なお願いだったね……心配かけてごめん。それと……ありがとう」


 遼と詩織は玲奈の笑顔を見られたことに満足した。そして、玲奈の合格を祝福するかのように遼と詩織の背後から拍手が送られた。


「水澤ちゃん、おめでとう」


 優一が安心した表情で祝福する。暁美や穂香も素直に祝福の拍手を送っていた。


「水澤玲奈さん……今この瞬間からあなたは立派なホープの隊員です」


 暁美が玲奈に近づきながら話しかける。玲奈たちは本部長である暁美を見るなり、姿勢を正す。暁美は「楽にして結構よ」と緊張を解させようとするが、中々楽にはなれない。


「過酷な試験内容であったにもかかわらず、見事なパフォーマンスで合格までこぎ着けたのは紛れもなくあなた自身の実力よ。自信を持って誇りなさい」


「ひゃ、ひゃい!」


 玲奈の気の抜けた返事は、その場全員を笑わせた。


「そして、あなたにホープ隊員のランクを与えるわ」


「ランク?」


 首を傾げる玲奈に優一が軽く説明する。


「ホープの中での強さを表すものだ。下位ランクからC、B、A、AA、AAAランクがある。Cは君の友達2人と同じ正規訓練隊員。Bはある程度の任務を任せられる正規隊員。AはBランク隊員を指揮する権利を持っている管理隊員。AAは戦闘では重要な戦力と認識されているエース隊員。AAAはAAよりも実力が上手で、繊細な戦闘を行える、超エース隊員だ」


「AAAってさっきの」


 玲奈が仁のランクを思い出して言葉をこぼす。


「そう、水澤ちゃんがさっきまで戦っていた仁は最高ランクを持つAAA隊員だ」


「そろそろ私が話して良いかな?」


 暁美が額に血管を浮き出させながら優一に尋ねる。これ以上暁美を待たせるのはマズいと判断した優一は素直に口を閉じた。


「水澤玲奈隊員。あなたにはランクAを与える」


 玲奈のメッセージサポートに1通のメッセージが受信される。メッセージを既読するとホープ隊員になった証の隊員証とランカー認定Aを貰った。


「私がAランク隊員?」


 C、Bを飛び越えて、Aランクを貰う玲奈は呆然としていた。


「今後の活躍を期待しているわ。それじゃあ、私は次の予定が迫っているから失礼させてもらうわ」


 部屋を後にする暁美の背に向かって玲奈は「ありがとうございました」と元気よくお礼をした。


「すげぇな! Aランクをいきなり貰うなんて!」


「流石玲奈ちゃん」


 しかし玲奈は戸惑っていた。


「た、ただでさえ特別に入隊するのにいきなりAランクなんて……」


「貰っておけよ」


 優一が微笑みながら玲奈を説得する。


「AAAランク隊員にハンデありでも勝ったんだ。貰って当然のランクだよ」


「そう、ですか……みんなに認めて貰えるようがんばります!」


 玲奈の返答に優一は微笑む。話が一段落ついて、玲奈と話をしたくて待っていた人物が話しかける。


「残念だね、負けて実験台になってもらおうと思っていたのに」


 穂香の冗談に玲奈は苦笑いする。


「それはごめんなさい。でもアルカディアを私に投与してくれた穂香さんには感謝しています」


「素直に感謝の言葉は受け取っておくわ。また何か分からないことがあったら何でも聞きに来てね」


「はい!」


「あ、それと」


 玲奈に背を向けて部屋を退出しようとしていた穂香が言い忘れたことを話す。


「感じた? アルカディアの思想変換」


 前に一度、話を聞いた思想変換システムの感想を玲奈から求めようとした穂香だったが……。


「え? 思想変換? 効果出てたかな?」


 本人は効果を実感していなかった。玲奈の返答に穂香は驚くことなく、ニッコリと笑う。


「そう……いつか思想変換に気づいてもらえるように、私も努力が必要ね」


「ご、ごめんなさい」


「謝らなくても良いよ。気にする余裕もなかったもんね。次も玲奈ちゃんの戦闘を見学させてもらうからよろしくね」


 ゆっくりと歩を進める穂香に玲奈は深く頭を下げた。


「何はともあれ、これで水澤ちゃんがホープ隊員になれて3人の目標が達成できたんじゃないか?」


 完全に他人事なのに、優一が嬉しそうな顔で玲奈たちを見つめる。


「優一さんが玲奈ちゃんにチャンスを与えてくれたからですよ」


 詩織が優一に頭を軽く下げながらお礼を言う。


「ところで話は変わるが……」


 突如優一が真剣な顔に変わる。表情が変化したことによって玲奈たちも表情が硬くなる。


 そして優一はため息をついて口を開ける。


「俺、苗字で呼ぶの苦手だから名前で呼んでも良い?」


 予想外の発言に玲奈達は開いた口がふさがらない。真剣な雰囲気だったのに優一の発言は今ひとつ空気を読めていなかった。


「……ぷ、あははははッ!!」


 玲奈が腹部を抱えて大笑いする。


「玲奈ちゃんッ! 毎回思うけど笑い方、派手すぎるよ!」


 詩織がオドオドしながら指摘する。肝心の玲奈は笑うのをやめず、笑い泣きしていた。


「優一さんって本当に面白い人ですね! こんなに空気を読めない人は初めて見た!!」


「空気読めないって! お前たちが勝手に勘違いしただけだろ!?」


 優一が頬を赤めて反論する。笑い続ける玲奈につられて遼と詩織もクスクスと笑い出す。


「お前たちも笑うな!」


 優一の空気が読めないおかげで若干重苦しかった部屋の空気が一気に明るくなった。恥ずかしがってた優一も3人につられて軽く微笑み始める。


「楽しそうなところ失礼させてもらう」


 部屋の入り口から重圧を帯びている声が響く。声のする方に全員が目を向けると、そこには玲奈と戦っていた桜井仁が佇んでいた。


「桜井仁!」


 遼が驚いた表情を浮かべて声を漏らす。仁はゆっくりと玲奈に向かって歩みを進める。遼と詩織は咄嗟に玲奈をかばうように前に出て、仁の前に立ち塞がった。


「仁、どうしたんだ?」


 優一の言葉は仁には届いていなかった。優一を躱し、立ち塞がっている遼と詩織も一瞬で躱して玲奈の前に立ち止まる。


「何!?」

「速い!」


 驚きの言葉を漏らす遼と詩織は、玲奈に目を向ける。


「まさかお前! 玲奈に負けて悔しいから、また嫌みを言いに来たのか!?」


 遼が仁に飛びかかろうとしたいた次の瞬間。


「今回は大変不愉快な思いをさせてしまってすまない」


 仁が玲奈に深々と頭を下げ、後頭部を見せていた。その行動に、優一も驚きを隠せないほど全員驚いた。


「散々君を蔑んで、暴言も吐き、戦士として許されない手を抜いた戦いをした。そして自分の力を過信しすぎた結果、君が俺の天狗になっていた鼻を折ってくれた。謝罪と感謝しかない」


 仁の言葉を最後まで聞いた玲奈は冷静を取り戻して仁に声をかける。


「頭を上げて、桜井くん。ありがとうを言うのは私の方だよ」


 仁は顔を上げて玲奈の顔を見た。さっきまで対峙して、睨み合っていた2人が、人を敬う目をして互いを見つめた。


「あなたのおかげで私は立ち直れた。また空を飛ぶことが出来た。ありがとう」


「何で……何で嫌みを言わないッ!! 俺は君に酷いことを言った。なのに……なのに何故! 許すんだ!」


 玲奈は軽く目を閉じて再び仁の目を見て話した。玲奈の表情は遼や詩織ですら見たことない優しい顔をしていた。


「あなたの太刀筋……私は一度斬られただけで感動を覚えたよ」


「俺の太刀筋?」


 仁は自分の左腰に携えている太刀に触れて玲奈の言葉を受け止めた。


「心を映すような鮮やかな太刀筋。太刀を受けた私には分かったよ。技術で手を抜けてても、心から手を抜くことは出来なかったね」


 玲奈の言葉に間違いはなかった。戦いを通じて自分の心を見透かされたのは、仁にとって初めての出来事だった。


「……見透かされていたか。言われっぱなしも癪だから俺も言わせてもらおう」


 本心を見透かされていた仁が玲奈に反論する。


「君の飛び方は、鳥肌が立つほど綺麗だと思った。生まれて初めての経験だった。人の戦い方に震えたことはあっても、飛んでる姿を見ただけで不思議な気持ちになるなんて思いもしなかった」


 玲奈の飛び方を絶賛していた仁の顔は冷徹ではなく、笑顔に満ちあふれていた。その表情を見た玲奈は思わず仁から目を背けた。


「桜井くんって冷徹な人だと思っていたけど、案外明るい人なんだね」


 仁は思わず感情を抑えられなくなり、親しい人間以外に見せない表情を見せてしまったことに気づいた。


「そうでもないぞ。みず……じゃなくて玲奈ちゃん」


 危うく苗字で玲奈に声をかけようとした優一だったが、すかさず呼び直した。


「昔は君たちが思っていたとおりの冷徹で、周りは全員敵だと思っていたほどの孤独な人間だったんだ」


「師匠! やめてください」


 顔を赤くして話を遮る仁を見て優一はニッコリと笑う。


「まあ、いいや。ところで話を聞かせてもらったが、どうだ? お互いに師弟関係になってみないか?」


『は?』


 その場の全員が凍り付く。やっぱり優一は少し空気を読めないところがあると玲奈たちは認識する。


「い、いきなり何を言い出すんですか!? 優一さんッ!!」


「そうです師匠ッ!! 冗談は別の場所で言っててください!」


 玲奈と仁が同時に焦りながら優一に言葉を投げつける。遼と詩織は口を挟むことが出来ず、固まったままだった。


「俺は意外と真面目だぜ。君らはお互いに欠けているところと秀でているところがある。教え合ってお互いにより強くなってみないか? そうすれば今日以上に熱い展開が期待できる時が来るかもしれないぞ?」


 本気で言っているのか冗談で言っているのか誰も分からないが、優一の言っていることは一理あった。それは遼や詩織も理解していた。


 正直な話、仁は地上での戦い方は完璧に近いが、飛行する場面になると動きが今一だった。玲奈と比べると速度もでておらず、間合いを詰めるどころか離され、スムーズな動きとは程遠かった。


 一方、玲奈は空中戦では抜群のセンスを持っているが、新人であることには変わりなく、地上での戦い方は経験不足だと言い切れた。


「どうだ? 悪い話じゃないと思うが?」


 優一の言葉には間違いなく企みが潜んでいることは分かっていた。しかし、玲奈と仁の意見は重なっていた。


「どうする? 水澤さん」


「桜井くんこそどうするの?」


 お互いにお互いを探る。視線が重なり、心なしか表情も被る。そして出た答えは。


『分かりました!』


「水澤さん」

「桜井くん」


『これからよろしくお願いします!』


 2人は声を重ねて、同時に頭を下げる。その瞬間、優一は不敵に笑い、遼と詩織は羨ましそうな表情を浮かべる。


 そして2人は固く握手を交わす。


「改めまして、水澤玲奈です。師匠になるんだから玲奈で良いよ」


「こちらこそ。俺は大丈優一さんの弟子で、劫火小隊のブレーダー隊員の桜井仁です。師弟云々よりも同い年だから名前で良いよ」


 玲奈と仁は軽く微笑んで声を重ねる。


『よろしく』


「玲奈」

「仁」



~おまけ~


玲奈「改めまして、水澤玲奈です」


仁「桜井仁です」


2人は固く握手を交わす。


玲奈・仁(キター!! 手握れた!! 神様ありがとう!! 今日は手を洗うのやめておこう)


作者「ちゃんと洗ってください。ウイルスに掛かりますよ」(何のウイルスとは言いません)

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