第17話風読み

 見学していた者は、玲奈が何回ダウンしたのか数えていなかった。玲奈自身、辛うじて心は折れていなかったが、未だ仁に一太刀、浴びせることが出来なかった。


 残り時間も少なくなり、徐々に焦り始める。


「もう分かっただろ? お前はホープに必要ない。適性がない奴を合格させるわけにはいかない」


 玲奈は息を切らしながら仁に反論する。


「はぁ……まだ……はぁ……終わってない!!」


 玲奈の真剣な眼差しを見ても仁は表情を変えることなく、容赦なく斬りつけた。首と胴体が完全に離れ、再び玲奈がダウンする。


 電脳チャンネルの体修復機能が、心折れしていない玲奈には少しずつ苦痛になっていた。


(飛ぶことさえ出来れば……)


 飛べない自分に苛立つ玲奈。しかし、思いとは裏腹に翼を上手く動かすことは出来なかった。


 今、この状況になってようやく玲奈は理解した。飛べない辛さを……自分が今まで負かしてきた相手、自分の存在で飛べなくなった人間の思いが今ようやく理解できたのだった。


「何度か飛ぼうとしているが、飛んだところでお前の敗北は揺るがない。あと10分だ……10分後にお前がダウンすれば1時間以内のハンデがなくなってお前は不合格になる」


 仁が冷たい言葉で玲奈に現実を突きつける。しかし、玲奈は構える。


「……気にくわないんだよッ! その諦めていない目が!!」


 仁は玲奈に再び太刀を向け、駆けてくる。距離を詰めようとする仁に、玲奈は中距離武器で攻撃を始める。連射される銃弾を、仁は太刀で弾きながら突っ込んでくる。


「思いつきの戦術で勝てると思うな!!」


 仁は再び玲奈を斬りつける。しかし、玲奈は素早く後退し、仁の太刀から逃れる。


「退いたところで攻撃できなきゃ勝てない」


 仁の追撃は止まることなく、玲奈をダウンに追いやった。


「くうッ!!」


 玲奈の心は徐々に折れかけていた。そして何度か仁の太刀を受けて、玲奈はあることに気づく。それは……。


「何で……」


 仁は少し切っ先を下げて、玲奈の言葉に耳を傾けた。


「何であんたは本気でかかってこないの!?」


「論外だ。お前みたいな力及ばない奴に本気を出すつもりは最初からない」


 玲奈は涙をこらえながら顔を伏せた。そんな様子の玲奈でも仁は容赦なく太刀を振り下ろそうとした。


「やっぱり理解できない。師匠や本部長がお前みたいな奴を入隊させようとするなんて」


 玲奈は今回の特別入隊試験に関わった人たちを思い出した。入隊するかしないか、分からない自分に親身になって協力してくれたのに情けない思いで一杯になる。そして、飛べない自分を不甲斐なく思った。


 玲奈は静かに目を閉じる。仁は玲奈が諦めたのを感じ取り、容赦なく太刀を振り下ろしてダウンさせた。


『水澤ダウン』


 審判がダウン宣言する。そしてハンデの1時間が経ち、仁の勝利……にはならなかった。


『残念だな仁』


 勝利を確信していた仁は優一の音声無線に困惑していた。


「師匠!? ハンデの1時間は経ったはずです!! 自分の勝ちです!!」


『ダウンしたときが59分59秒だ。1秒遅くダウンさせてたら勝ちは確定していた。あと1回ダウンさせないと終わらないぞ?』


 仁は仕方なさそうに玲奈に向き直る。玲奈は再び体を起こして、仁に目を向ける。そして玲奈にも音声無線が入る。


『玲奈!!』

『玲奈ちゃん!!』


 遼と詩織の声だった。玲奈は重い口を開けて返事をする。


「遼……詩織……ごめんね……私飛べないみたい……」


『玲奈ッ! 俺達はお前が弱音を吐いているところなんて見に来たんじゃない!!』


『そうだよッ! 私達は玲奈ちゃんの飛ぶ姿を見に来たんだよッ!?』


「遼……詩織……」


 玲奈は涙を浮かべて2人と学校で訓練してた時を思い出した。訓練が終わって2人の決め言葉は「玲奈の飛び方は今日も綺麗だった」の一言だった。その一言を思い出した玲奈は涙を拭き取って仁に目を向けた。


「……遼、詩織ありがとう。私、勘違いしていた」


『玲奈……』

『玲奈ちゃん……』


「私は戦うために飛んでたんじゃない! 飛ぶことが好きだから飛ぶんだ!! もう墜ちるかもなんて考えない……もう飛べないなんて言わない!!」


 玲奈の力強い声は遼と詩織に届いた。


「待たせたね。今度は飛ぶよ」


 そう返答すると遼と詩織は『待ってる』と返答した。


「こっちも待たせたね。今から本気で行くからね。そっちも本気で来ないと負けるよ?」


 仁は軽く鼻で笑って言葉を返した。


「追い詰められて頭がおかしくなったか? この1時間でお前は何回ダウンした? お前は俺に勝てない!」


 ハンデの1時間が過ぎ、追い詰められた玲奈は軽く目を閉じ、気持ちを落ち着かせた。仁は一見、隙だらけの玲奈に突っ込もうとしたが、足を止めた。


(なんだ……こいつ? 雰囲気が別人のようだ……)


 仁が足を止めた様子をモニター越しで見ている全員も驚きを隠せなかった。


「仁が足を止めた?」


 部屋中に飛び交う言葉はそれだけだった。優一はニヤリと笑い、遼と詩織は明るい笑みを浮かべた。


「ぐ!! 舐めるなッ!!」


 仁は嫌な予感を抱きつつも玲奈に向かっていった。玲奈は目を開き、自分の背中に青い翼を生やして飛翔した。一瞬にして仁の視界から玲奈が消え、描く太刀筋に玲奈を捕らえることは出来なかった。


「れ、玲奈が飛んだ!!」

「わぁ~玲奈ちゃん!!」


 遼と詩織は大喜び。玲奈の勝利を信じていた穂香も軽く微笑んで一安心していた。


「ここからが本番か……」


 暁美も嬉しそうに微笑み、モニターを凝視する。


「飛んだくらいで勝ったつもりか?」


 仁も自身の背中に赤い翼を生成し、玲奈の後を追った。


(私は……もう一度、飛ぶことが出来た……)


「飛んでるッ!!」


 体で感じる風の感覚。再び空に返り咲けた玲奈は、明るい笑みを浮かべる。


 しかし、喜んでいられたのも束の間。


「言っただろ。攻撃しなきゃ勝てないんだよッ!」


 仁が玲奈の後方から中距離武器を使って、攻撃し始めた。連射される銃弾を玲奈はあざ笑うかのように躱す。


「終わりにしてやる」


 仁は玲奈に照準を合わせて、再び引き金を引こうとする。しかし、玲奈は自然のある摂理を使って、仁の照準から外れる。


「電脳チャンネルでも……これはあるんだ……」


 玲奈が加速する。急加速した玲奈に追いつこうと仁も懸命に翼を羽ばたかせて加速する。しかし、仁が懸命に追っても玲奈との距離は縮まることはなかった。


「な、何だと!?」


 玲奈の異常な加速はモニター越しで見ている全員にも衝撃を与えた。


「なんだ!? あの加速は?」

「新人が出せる速度じゃない!」


 仰天する者、理解に追いつけない者が続出。それは優一や穂香も例外ではなかった。


「おいおい、マジかよ。穂香……今、水澤の飛行速度が分かるか?」


「時速700㎞を軽く超えている……しかも羽ばたく回数が異様に少ない!!」


「風読みだ」


 暁美が冷静に玲奈の飛び方を解析する。聞いたことがない言葉に流石の優一も首を傾げる。


「風の流れを読んで彼女はその気流に乗った。ただそれだけの事だ」


「そ……それだけって、どうやって気流を読むんだよ!」


「昔、私の知り合いに彼女と同じ、風を読むことが出来る人がいたが……読むことは出来ても、完璧に気流に体を預けて飛ぶなんて……」


 暁美も驚きの言葉しか出てこなかった。


 そんな玲奈の飛んでいる姿を嬉しそうに見つめる遼と詩織は、言葉を発することが出来ないほど興奮していた。


「狙って当たらないんだったら……拡散するまで!!」


 仁の周辺に、無数の小さな球体が出現する。その球体の正体は霊力の弾丸だった。銃を使わず、仁は四方八方に弾丸を放つ。玲奈に直接当てるのではなく、逃げ場がなくなったところを狙い撃つ算段だった。


「桜井仁……遼や詩織以上に戦闘知識や飛び方を知っているけど……あんたは風に乗っている私を堕とすことは出来ない!!」


 仁の狙い撃つ場所に玲奈は止まることなく、上昇、下降、旋回等を素速く、小刻みに行い、全部の弾丸を躱してみせた。間髪入れず、仁の背後につき、中距離武器の『キャノン』を構える。


「チッ! 後ろにつかれたか」


 仁は照準から外れるため回避行動を始める。しかし、玲奈は仁の動きが手に取るかのように分かり、振り切らせなかった。


「……風が教えてくれる」


 玲奈が後ろを取った瞬間、穂香のパソコンにある反応が現れた。


「思想変換の作動率が40%……」


「思想変換が作動? 一体何が起きるんだ、穂香?」


 優一に目を向ける穂香の表情は、好奇心に満ちあふれていた。思想変換の詳細を優一が尋ねると、穂香は自慢げに説明を始めた。


「思想変換は玲奈ちゃんの心が高ぶることによって機能するの。作動率によってバトルサポートに与える特殊な効果があるの。10%~40%だと情報処理速度を向上させて、精密な攻撃が簡単に行うことが出来るの。50%~80%だと霊力を使用した攻撃の威力が通常の10倍になる。90%~100%になると、威力が20倍になる私の新作機能」


「また癖が強くてデタラメな機能を……」


 呆れる優一を余所に、穂香の説明は止まらない。


「前にも説明したとおり、誰でも使えるわけじゃない。そして作動率を100%まで引き出せる可能性を秘めているのは、玲奈ちゃんただ1人」


「……お前、それカルテや身辺情報を見ただけじゃ分からないだろ? 何を根拠に?」


 穂香はクスクスと笑い優一の問いに答える。


「言ったでしょ? 運命的だって。そして今の玲奈ちゃんなら狙った所を撃ち抜けるはずだよ」


 穂香と優一は再びモニターを注視する。未だ玲奈を振り切れずに困っている仁は、最後の賭けに出る。


「振り切れないが……撃ってこないなら……」


 仁は無理やり玲奈の方を向き、銃弾を連射する。玲奈は冷静に翼の角度を調節し、円を描くように回避し、仁との距離を詰めて急上昇する。


「何で当たらない!! ちゃんと狙っているのに!」


 自らが放つ銃弾全てが躱されることに苛立つ仁は、上昇した玲奈に銃口を向けるが。


「あ……」


 仁の頭上から2発の銃弾が降ってくる。その銃弾は仁の体ではなく、翼に被弾する。被弾した翼は一瞬にして消え去り、飛行手段を失った仁は地面に向かって墜ちていく。


「クソッ! まだだ!」


 墜落しつつも、仁の銃口は玲奈に向けていた……はずだった。


「……これで終わり」


 仁の真横に玲奈の姿はあった。声のする方向に目を向けたときには、時すでに遅し。太刀での防御も間に合わず、仁の胴体は玲奈の無形武器によって、真っ二つに斬られ、強制的に電脳チャンネルから離脱させられた。


『せ……戦闘不能を確認、桜井ダウン!』


 審判が呆気にとられながらも仁のダウンを宣告した。


『やったぁ!!』


 遼と詩織はハイタッチして、玲奈の勝利を喜んだ。その他の人物達は仁が負けたことに驚きを隠せずにいられなかった。


「大したもんだね。やっぱりお前は見る人を間違えないな」


 暁美も優一に視線を向けて言葉を送る。


「勝つことは予想できたが、俺も正直、驚いている。彼女の実力に……だけどまだ荒削り。足りない部分も多い。今後の成長が楽しみだ」


 騒然としている現実世界を気にすることなく、玲奈は電脳チャンネルの風にしばらく乗り続けた。



~おまけ~


「せ、戦闘不能を確認、桜井ダウン!」


遼・詩織「やったぁ!!」


2人は思いっきりハイタッチをする……しかし。


「バチーン!!」


遼「いってえぇ!!」


詩織「あ! ごめん。つい力入っちゃった……」


遼「ツツツっ……この馬鹿力女め」


詩織「ああ?」


眉をヒクつかせる詩織を見て、遼は顔を青ざめる。


遼「ご、ごめんなさい」


詩織「貧弱男め」

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