第16話不安材料
試験当日の朝、玲奈は病室で詩織とともに着替えを始める。体が急激に変化したため、学校の新しい制服のサイズを確認しつつ袖を通す。
「玲奈ちゃん、スカートだと見えちゃうから短パン履いてね」
玲奈に黒い短パンを手渡す詩織。
「そんなの気にしたことないけど、分かった」
玲奈はスカートの下から見えるものを隠すため黒い短パンを履いた。最後に詩織が玲奈にプレゼントした白いリボンで髪を束ねて、着替えは終了。無事着替えも終わり、病室の外で待機している遼に詩織は声をかけた。
「終わったか? ちょうど優一さんが迎えに来たぞ」
遼と一緒に入室した優一は、玲奈の表情を見て軽く微笑んだ。
「色々あったが、覚悟は出来てるか?」
「はい、行きましょう」
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試験の会場となる異次元電脳チャンネルに、玲奈を送り込むため優一は電脳転送訓練室に玲奈を案内した。転送訓練室には穂香が待機していて、いつでも転送が可能な状態だった。
「待っていたよ、玲奈ちゃん。転送後、私たちは別室であなたの戦闘を見学させて貰うよ」
穂香がパソコンを操作しながら玲奈に話す。玲奈は真剣な表情を崩すことなく「はい」と静かに返事した。
「じゃあ、私たちは先に別の部屋に行くね」
「玲奈、見てるからな」
遼と詩織は玲奈の勇士を目に焼き付けて、部屋を後にした。そして穂香が玲奈にある物を手渡す。
「これは? フルフェイスのヘルメット?」
玲奈が手にしたヘルメットには数多くのケーブルが巨大な機械に繋がっていた。
「それは転送用のヘルメットよ。それで異次元電脳チャンネルに玲奈ちゃんの意思とナノマシン情報を送り込むことが出来るよ。向こうで構築された体は、本当の体じゃないから怪我はすることないから安心してね」
「え? あ、はい」
玲奈は簡単な説明を受けて、ヘルメットを被り、設置されているベッドに仰向けで横になった。
「向こうでバトルサポートを起動してね。それじゃあ、軽く目を閉じて」
無線で穂香の案内が入り、玲奈は静かに瞼を閉じた。
「ナノマシン情報確認。間違いなく水澤玲奈と判明。転送先、異次元電脳チャンネル1で確認。転送準備完了! 転送開始!!」
眩い光が玲奈の瞼裏に放たれ、次に目を開いたときには市街地が並ぶ場所に立っていた。
「ここが……電脳チャンネル?」
『無事転送が完了したようね』
玲奈のナノマシンに無線が入る。相手は穂香だった。
「穂香さん! 本当にここが電脳チャンネルって場所なんですか?」
『そうだよ。ホープのナノマシン技術を用いた電脳チャンネルの訓練場。そのチャンネルの1つだよ。その電脳チャンネルには至る所にカメラが設置されていて、その映像を別室のモニターで見ることが出来るんだよ』
「へぇ~」
『説明はその辺で切り上げだ』
玲奈の目の前に霧峰本部長が映し出される。玲奈は驚き、思わず背を正す。
「き、霧峰本部長!」
『水澤さん、慣れない場所での戦闘だけど、自信を持って今日は挑んで貰いたい。期待しているね』
「は、はい!」
玲奈は姿勢を崩すことなく、返事をする。すると画面がもう1つ現れ、玲奈の前に映し出される。相手は優一だ。
『対戦相手も数秒後に転送される。転送後、暁美から注意事項、開始宣言の後に開始だ。不意打ちはお互いになしだから、そこだけ頭に入れておいてくれ』
優一の一言で玲奈の緊張が解れ、眼光が鋭くなる。深く息を吸い、吐き出す。それを繰り返して血流の速さを抑える。
準備は万端。玲奈の口元が軽くつり上がる。
「……こちら桜井。転送完了しました」
同じ電脳チャンネルに転送されて仁が無線で報告をした。以前見た動きやすい運動着ではなく、所属する小隊服で電脳チャンネルに転送された。そして彼の左腰には太刀が携えられていた。
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別室で2人の転送が確認される。千人規模で映像を見られる大部屋には、たった数人で2人の様子を映像で見ていた。
「お……俺たち、場違いじゃないか?」
「遼もそう思う?」
遼と詩織はただならぬ雰囲気を肌で感じ取り、少し震えていた。その2人の様子を見ていた優一が声をかけた。
「2人とも、緊張しなくて大丈夫だ。ここにいるメンバーは俺の知り合いばかりだ」
優一の言葉で2人は少し震えが止まった。部屋の私語がなくなったのを確認して暁美が電脳チャンネルの2人に無線を入れる。
「桜井仁、水澤玲奈の転送をこちらで確認した。時刻も丁度だ。これより水澤玲奈の特別入隊試験を行う。ルールは前日までに話したとおりだ。地上、空中は問わない。ハンデとして1時間、水澤は何度ダウンしても敗北にはならない。中・遠距離弾は通常の弾丸のみ使用可能。お互いの健闘を祈る。両者バトルサポートを起動」
暁美の声に反応して2人はバトルサポートを起動する。
『バトルサポート起動!!』
穂香が起動を確認すると暁美にグッドサインを送る。
「……それでは、戦闘開始!」
暁美の声で戦闘が開始される。
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「かかってこい、規定違反者」
仁が玲奈に先手を許す。玲奈は挑発に乗らないように心を落ち着かせて、自分の戦いをすることに徹しようとする。
(まずはいつもの私で)
玲奈は翼を広げようとする……しかし。
「……あれ?」
玲奈は翼を広げることは出来たが、飛ぶことは出来なかった。飛べないことで焦っている玲奈に対して、仁は一気に間合いを詰める。
「何をしている?」
鞘から抜き出された太刀が、玲奈の頸動脈をあっさり切断する。目にも止まらない速さで玲奈はあっという間にダウンする。
『頸動脈の損傷を確認、水澤ダウン』
ダウンを告げる審判の声に別室で見ていた全員が呆れた声を漏らす。
「そりゃあ、そうだよな」
髪の色から服装まで赤色の男性が呟く。
「挑戦者には気の毒だが相手が悪い」
「そうだね。仮にもAAAの最強ブレーダーだからね」
その隣にいる女性も男性の言葉に賛同する。2人の会話を聞き、優一は何か言いたそうに表情を曇らせるが黙る。そして穂香に優一は尋ねる。
「ナノマシンの誤作動か? 翼を広げたように見えたが?」
「ナノマシンに異常は見られない。アルカディアは正常に動いているよ」
「じゃあ……もっと根本的な部分……まさか」
電脳チャンネル内では、ダウンすると一瞬で怪我が治り、戦闘を続けることが出来る状態まで回復する。そして回復した玲奈は、ダウンをとった仁を睨みつける。
「どうした? あの威勢はどこに行った?」
玲奈は自分の両手に、形が安定していない青い剣を生成した。
「無形武器か……面白い」
玲奈は仁との距離を詰めて斬りかかる。仁は焦ることなく、玲奈の太刀筋を読み切って回避する。
「甘い太刀筋だな」
仁は玲奈が攻撃した後に出来た隙を見逃すことなく反撃する。玲奈はその行動に気づき、無形武器で受け止めようとするが、
「その武器の弱点は知っている」
玲奈の無形武器は仁の太刀を止めることなく壊れた。そして玲奈の胴体が真っ二つになる。
『戦闘不能を確認、水澤ダウン』
2度目のダウン宣告。玲奈はすぐに立ち上がり、再び仁を睨みつける。
「思い知ったか? 自分が愚かだということを」
「あんたこそ、人を見下していたら足下すくわれるよ」
玲奈は苦し紛れに仁に刃向かう。そんな玲奈の一言を仁は鼻で笑う。
「口だけは達者だな。その減らず口も叩けなくなるくらい、心をへし折ってやる」
再び仁の太刀が玲奈に襲う。玲奈は空中に逃げようと翼を広げるが、やはり飛べない。
そしてダウン。
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「どうした? 玲奈? どうして飛ばないんだ?」
映像を見ていた遼が玲奈の姿を見て不安がる。
「飛ばないと玲奈ちゃん負けちゃうよ」
詩織も涙を滲ませながら声を絞り出す。
「飛ばない……ではなく……飛べないんだ」
優一が遼と詩織に声をかける。
「2人は覚えているか? 水澤ちゃんが訓練用のサポートでゴーストに立ち向かった時を……」
2人は何も言わずに首を縦に振った。優一は映像に目を向けて続きを述べた。
「あの時、巨大な虎のゴーストに翼を損傷させられ、墜落した。それが彼女にとって飛べない不安材料になっているんだ」
「あの時の? でもあれは1ヶ月前の出来事だろ? 忘れてるんじゃないのか?」
遼が優一に問いただし、優一は冷静に返答する。
「恐らく彼女は生まれて一度も墜落したことがないんじゃないか?」
「た、確かに……玲奈ちゃん前に言っていたような……」
詩織が過去のことを思い出して言葉をこぼす。
「そう。今まで落とされなかったという自信が、自慢が、今の彼女を苦しめているんだ。……また落ちるんじゃないか? って心のどこかにあるんだよ」
その言葉を聞いた2人は絶望の淵に叩き落とされた気分だった。
「じゃ、じゃあ玲奈は負けてしまうのか?」
遼の不安そうな顔を見て、優一は残念そうな顔を浮かべて答える。
「……少なくとも、地上では勝ち目がない。性格が悪くても地上戦では無敵の弟子だと自負している」
詩織が涙を流して崩れそうになる。優一は詩織を支える。
「どうして……どうして玲奈ちゃんばっかりなの!? 私たちが肩代わりできれば良いのに!!」
詩織は悔しさを抑えきれず、優一の肩を叩き続ける。遼も納得いかない表情で観客席を蹴りつけた。悔しい思いで一杯の2人に、優一は声をかけられなかった。
「なーにもう負けたみたいなこと言ってんの?」
泣いている遼と詩織に声をかけたのは穂香だった。
「私のアルカディアが負けるとでも言いたいの? 呆れた。私は玲奈ちゃんが勝つと思っているよ」
涙を浮かべたまま、遼と詩織は穂香を見つめた。
「玲奈ちゃんの心の支えは間違いなくあなた達。そのあなた達が玲奈ちゃんを最後まで応援しないでどうするの? 勝ってくるって言ってたんでしょ? だったら信じてあげなさいよ」
穂香は眼鏡の位置を正して、2人に語る。2人はお互いに顔を合わせてコクリと頷く。
(それにまだ思想変換機能の力を見ていないしね)
「ほら、無線で言いたいこと言いなさい。私と優一くんが責任持つから」
「おい! 俺もかよ!」
「構わない」
話の一部始終を聞いていた暁美が遼と詩織の無線を許可した。
「本来の力を発揮しないまま終わっても困る。私も彼女の飛んでいるところを見てみたい」
2人は躊躇うことなく、玲奈に無線を入れる。
~おまけ~
穂香「その電脳チャンネルには至る所にカメラが設置されていて、その映像を別室のモニターで見ることが出来るんだよ」
玲奈「へぇ~」
暁美「説明はその辺で切り上げだ」
玲奈「わあぁ!!」
いきなり現れる暁美の顔に玲奈は素で驚き、腰が抜ける。
暁美「そんなに驚かなくても……」
優一「暁美は顔怖いからな」
その時、鈍い音が全員の耳に入る。
優一「いってぇ!!」
暁美「余計なこと言い過ぎなんだよお前は! すみませんカットで」
作者「はいよ!」(こっわ……)
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