第15話掴めない男
「水澤さん!! これ以上はオーバーワークですって!!」
「止めないでください。全力で走ったり負荷をかけないんでもう少し体を動かせてください」
必死に止めるリハビリ担当の警告を無視して、玲奈は黙々とトレーニングを続けた。その様子を1つ上の階で桜井仁が、無表情で見学していた。
「よう、仁。対戦相手の研究か?」
仁の背後から声をかけたのは優一だった。突然声をかけられた仁は反射的に構えてしまった。
「師匠……背後から声をかけないでください。攻撃しかけましたよ」
「お前に攻撃されても躱す自信はある……どうだ? 水澤玲奈は?」
優一が玲奈の名前を口にした途端、仁の表情が曇る。
「……何であんな奴を入隊させようとしているんですか?」
仁は再び玲奈に目を向けて優一に尋ねる。優一は「ふう……」とため息をついて仁に語る。
「昔のお前そっくりだからだよ」
「昔の俺? どういうことですか?」
「そのまんまだよ。がむしゃらに体を動かして、無茶もして、鬼気迫るとこ全部だよ」
仁は否定することなく、優一の話を聞き続けた。
「確かに彼女は入隊前の規定を破った。だけど俺や暁美はそんなくだらない規定で脱落なんてさせたくない。本当に力や思いを持っている奴こそ無茶したがるのはよく知ってるからな。体を壊してでも戦場に立つ。それが他人を守るためだろうが、自己満足だろうが構わないが、現実から目を背け、逃げる奴より俺はそいつらを支持したい」
「師匠はお人好しすぎます。無駄に命を捨てるのなら戦場に立つべきではありません。適正のないものを合格させるわけにはいきません。俺の霊楼剣に賭けてでも奴を沈めます」
仁は自分の左腰に携えている刀の鍔に手を当てた。その様子を横目で見ていた優一が頭をガリガリと掻いて静かに目を閉じた。
「お前はいつから頑固者になったんだ? 俺や劫火くんはそんな風に育てた覚えはないんだが?」
「……すみません。熱くなってしまいました」
話の最中で下の階が騒がしいことを感じた優一と仁は覗き込むようにリハビリ室を覗いた。
「おい玲奈!! もうやめておけって!!」
「お願い! 玲奈ちゃん! これ以上は体に悪いよ!!」
「だ……大丈夫……早く体に慣れないと……あんた達を……待たせすぎてしまう」
他人から見ても玲奈の体は完全に悲鳴を上げている状態で、立っているのが不思議な位フラフラな状態だった。
「水澤さん、担当としてストップをかけさせてもらいます」
「止めないでください……私は止まるわけには……いかないんです」
玲奈は強引にランニングを始めようとしていた。だが、本人の意思とは裏腹に体は倒れ込んでしまう。倒れる玲奈に遼と詩織は駆け寄る。
「来ないで!!」
息を切らしながらも再び立ち上がる玲奈。目の焦点は定まっておらず、完全にグロッキー状態だった。
「はぁ……はぁ……ちょっと……足がもつれただけ……気にしないで」
一部始終を見ていた仁は「自分の体も管理できない奴は論外です」と隣にいる優一に話した……はずだった。
「ん? 師匠?」
仁の隣に優一の姿はなかった。下の階を見ると、そこに優一はいた。
「みんな待て」
騒いでいる玲奈達に優一は静かに歩み寄った。困った表情を浮かべながら玲奈の横に立ち、しゃがみ込んだ。
「水澤ちゃん。ボロボロの体をいじめ抜いて、何がしたいの?」
優しく語りかける優一にも玲奈は噛みついた。
「うるさいです……私は……あいつを……倒さなきゃいけないんです。そして……3人で……ホープで戦うんです」
次の瞬間、「パン!!」とリハビリ室全体に音が響き渡る。
『ゆ、優一さん……』
遼と詩織は玲奈に平手打ちをしている優一を見て、呆気にとられていた。叩かれた頬を手で撫でる玲奈は、ようやく優一の目を見ることが出来た。
「俺が与えたチャンスを踏みにじるのは構わないが、前にも言っただろ? お前を信じて待っている奴らを裏切るんじゃない。俺に手を出させるのはこれっきりにしてくれ」
感情から出ている優一の言葉は確かに玲奈の心にまで響いた。玲奈は遼と詩織に目を向けて大粒の涙を流した。優一はスッと立ち上がって遼と詩織に目を向けて立ち去った。
「玲奈!」
「玲奈ちゃん!」
2人は泣き崩れている玲奈に声をかけた。玲奈は嗚咽しながら「ごめん……ごめん」と繰り返し謝っていた。
「いいんだ玲奈。俺たちがお前を思い詰めるような事を言ってしまったからだ。俺たちこそごめん」
「そうだよ。一緒にいたいけど今は玲奈ちゃんの体が一番だよ」
2人も涙を浮かべて玲奈に謝った。リハビリ室の出口に仁が壁にもたれているのを見た優一は仁の胸ぐらを掴んだ。
「お前の思いも分かるが、他人の思いも理解して、敬うくらいになれ。だからお前はいつまで経っても未熟なままなんだよ」
優一は仁を勢いよく壁にぶつけた。
「知ってたんですね……俺が奴と話したことを」
「水澤ちゃんが思い詰めなきゃ黙っていようと思っていたが、お前のためにもならないからな。断言してやろう。ハンデがあるとはいえ、お前は水澤玲奈に負ける。どんなに油断していなくても必ず負ける。師匠の口から弟子の敗北を吐かせるのは恥だと思え!」
優一の冷たい言葉に仁は目を閉じて「はい」と静かに答えた。
「肝に銘じます」
優一はそれ以上何も言わずに立ち去った。仁は泣いている玲奈たちを見て「フン」と鼻を飛ばして去った。
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優一から説教を受けた玲奈は病室に戻り、落ち着きを取り戻しベッドに横になっていた。疲労は一時的なものらしく、医師の判断は2日間安静にすれば運動を再開しても良いとのことだった。
「良かったね、玲奈ちゃん。これで少しは懲りたでしょ?2日間はちゃんと休んでてね」
「はい……」
詩織に説教されている玲奈は不甲斐なさで一杯だった。
「しかし、あれだけ無茶してたった2日で運動解禁なんて……お前の体はどうなってんだよ」
「あはは……でも優一さんがいなかったら私は終わっていたかも」
遼と詩織が懸命に玲奈を止めようとしたが、止まらなかった玲奈をビンタ1つで抑止させた優一には2人も頭が上がらなかった。
「だよな~、感謝したまえよ~」
突如病室の入り口から声がし、3人は一斉に目を向けた。
『ゆ、優一さん!?』
「良かったな。大事に至らなくて」
「優一さん、ありがとうございます。私、イラついてしまうと周りが見えなくなってしまって……」
玲奈が視線を落としながらポツリと言葉を並べるが、優一は笑いながら玲奈の言葉を遮った。
「よせよせ。本当に感謝の言葉を貰いに来たんじゃないよ。今日のオーバーワークを見てやっぱり俺の目には狂いはなかったって思ったよ。大したもんだよ。ただ、君一人じゃないんだ。チームとしてやっていくなら頼るときは頼って、体張るときは前に出る。玲奈ちゃんだけじゃないぞ。2人もちゃんと覚えておいてくれよ」
『はい!』
遼と詩織の重なる声を聞いて優一は満足そうに微笑んだ。2人も軽く微笑んで優一を見つめるが、玲奈は笑うことなく優一を見つめる。
「で? 私たちに今回は何の用で来たんですか?」
玲奈の言葉に優一の表情が真剣モードになる。空気が変わったことに気づいた遼と詩織の表情も強ばる。
「優一さんが来るときは何かくれるか、頼み事ですよね?」
「まあ、あながち間違っちゃいないね。実は謝罪に来たんだ」
優一の一言に3人は驚く。優一は深く頭を下げて玲奈に内容を話す。
「君がオーバーワークした原因は、間違いなく仁だってことは知っている。奴が5歳の頃から俺が師匠となって戦いの全てを教え込んできた。実力は確かに身につけていったが、人間的にまだ成長していないところがある。ただ悪い奴でないことは理解してくれ。多少不器用なところがあるだけで根は真っ直ぐしている。だからあいつを悪く思わないでくれ。今回は本当に申し訳なかった」
「そ、そんな優一さん! 頭を上げてください」
弟子を思っての謝罪に玲奈は焦って頭を上げさせようとする。しかし、優一は深々と頭を下げたまま一向に上げようとしなかった。
「ここからは一戦士として聞こう。水澤玲奈」
申し訳なさそうな声から一変、重圧感がある声が響く。
「仁に勝てると思うか?」
リハビリ室で見せた優一の真剣な眼差しが玲奈の瞳を貫く。玲奈は臆することなく、優一の問いを返す。
「……一目見ただけで彼は強いと思いました。だけど私の目の前にいる男性の方が彼より強い」
「……続けて」
「優一さんは自分の目に狂いはなかったと言った。私の何を見て言ったのかは分かりませんが、少なくとも彼と太刀打ちできると分かっているんじゃないですか?」
優一は黙って玲奈の見解を聞き続けた。遼と詩織は冷静に見解を述べる玲奈を見て鳥肌が立ち始めていた。
「人間的に成長していないところがある……そこが彼の弱点。私がその弱点を的確に突けば勝てる。ただ一筋縄ではいかないことは分かっています。でも私は勝ちます」
勝利を言い切り、玲奈は不敵に笑う。その笑みを見た優一は真面目な顔から一変、いつもの柔らかい表情に戻った。
「良い目つきだ。案外冷静に考えることが出来るじゃないか。ちょっとヒントを出し過ぎていたみたいだな。期待しているよ、君が勝つところを」
「はい!」
「それじゃあ、2週間後に迎えに来るから。当日の詳細は君の仲間に後日伝えておくから今日は休んでくれ」
去って行く優一の背中を3人は見て、改めて大丈優一という人間は掴めない男だと再認識した。
「言い切ったんだぞ? 俺たちも見てるからな」
「応援してるからね。玲奈ちゃん」
「待っててね。遼、詩織」
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2週間があっという間に経ち、穂香に委託していた武器のセッティングも滞りなく終わり、玲奈も万全とまではいかなかったが体の調子を取り戻し、運命の特別入隊試験を迎えた。
~おまけ~
「オーバーワークです!」
玲奈「大丈夫です……まだやれます」
フラついた足取りで、玲奈は走り込みを行う。
リハビリ担当者が止めようとしたその時。
玲奈「あ、すっごい気分良くなった」
玲奈は軽快に走り、担当者を突き放す。
「あれ?」
玲奈「ごめんなさい~、ランナーズハイみたいです~」
遼・詩織「止まれ!!」
作者「当然カットだよ~」
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