第11話準備期間
水澤玲奈の身体の回復期間を医療チームは2週間と判断し、その判断に合わせて大丈優一とホープ本部長の霧峰暁美は水澤玲奈の特別入隊試験の準備に取り掛かっていた。2人は本部長室で試験内容の確認と改めて水澤玲奈に関する資料に目を通していた。
「一度ナノマシンが崩壊して命の危機に陥ったって言うのに、たった2週間で回復するなんて……穂香の新型ナノマシンの作用か分からないけど回復速度は異常ね」
「暁美、本当に水澤ちゃんに関して俺に隠していることはないのか?」
資料に目を通していた暁美が優一に目を向けて溜息をついた。
「まだあの時の話を続けるつもりか? お前には関係ないと私は言ったはずだぞ。これ以上の詮索はお前とて許さないぞ」
「……分かった。それでもいつかは話してもらうぞ。手遅れになる前に……」
「おしゃべりが過ぎるぞ。そろそろ準備に取り掛かるぞ」
優一の言葉を聞き流した暁美は再び資料に目を通して、優一に確認を取り始めた。
「特別入隊試験と言うこともあって観戦者はレジェンドランクの7人と優一と私。一部のAAAランク隊……このことに関して追記事項はないか?」
「問題はないが追記するとしたら玲奈ちゃんの友人2人にも観戦してもらいたい」
「構わないが理由は?」
優一はニッコリと笑って暁美に理由を述べた。
「あの2人は、かなり水澤ちゃんに信頼を置いていると思います。現に水澤ちゃんが死風の最終段階になった時に、2人は気を失うほどのショックを受けている。信頼、心配をしていなければ、そんな状態にはならないと思う……そしてもう1つの理由は2人はまだ戦闘経験が浅く、実戦経験を積む前に見ることも大事だと思う」
「見ることが大事となると他の隊員にも見せなくちゃならない。極秘にする意味がなくなる」
「いずれ水澤ちゃんの戦う姿を他の隊員が見ることになるのから、良いだろう?」
優一の言葉に暁美は目を細めて睨みつけた。
「まるで入隊確実みたいな言い方だな。お前のそのご自慢の『全てを見る目』で、彼女はどんな存在に見えたのか気になるな……まあいい、2人の観戦を許可しよう」
「感謝します」
暁美は軽く頭を下げた優一を鼻で笑い飛ばした。そして再び話は戻る。
「続いて試験内容の確認だが、1対1の1時間制約戦で銃弾は通常の銃弾のみ。近接は制約なし。飛行は自由。ハンデとして水澤玲奈は1時間の間は何回ダウンしても負けなし。正規隊員はダウン1回で負け。戦う舞台の設定は異次元電脳チャンネル1の訓練用市街地……見たところハンデ以外は想像以上に水澤にとっては過酷に見えるが大丈夫なのか? 優一」
優一の決めた試験内容に暁美は思わず水澤の合格が危ういと感じた。しかし優一は表情を変えずに言葉を返した。
「ぶっちゃけハンデ以外は正規のランク戦と同じルールでもよかったが、霊力の使用方法は流石に知識不足だと思って、通常弾使用に妥協させてもらった。これくらいで勝てないようじゃホープには必要ない」
「しかし優一、水澤の対戦相手は少しやり過ぎだと私は思うが……」
再び優一が不敵な笑みを浮かべて暁美を見つめた。そして胸ポケットに入れている煙草を取り出し、火をつけた。
「この特別試験の相手はそいつじゃなきゃならない。これは暁美の命令で変更させられないぞ」
「しかし……AAAランクの最強ブレーダー……桜井仁を相手にさせてお前は何がしたいんだ?」
数日前に優一が劫火小隊のブースに向かったのは、桜井仁に水澤玲奈の試験相手になってもらうように頼むためだった。当然、格下相手だと伝えられると仁は断り、仁の妹、桜井早紀も反対していた。しかし、2人の隊長である劫火が、仁を説得して試験相手になったのだった。
「1ダウンどころか、精神的に追い詰められて壊れて終わるぞ。入隊を目指している人間を潰す気か?」
「いや、俺は新しい希望に賭けてみることにした」
優一の自信に満ち溢れた表情に暁美は折れて、再び溜息をついた。
「……他人を見ることに関してはお前は間違えないからな……分かった。対戦相手は桜井仁のまま進めよう」
優一の『全てを見る目』を熟知している暁美は少し呆れた表情で了承した。その返答に優一は少し微笑み「ありがとうございます」と感謝の言葉を述べた。
暁美は手に持っていた資料をデスクの上に置き、本部長室に常備されているコーヒーメーカーからコーヒーを淹れた。
「あ、俺にもコーヒー」
「ここは喫茶じゃない。飲みたければ自分の分は自分で用意しろ」
冷たく突っぱねる暁美に優一は少し不満そうな顔をして煙草の煙を吐いた。
「水澤玲奈には試験内容を伝えたのか?」
コーヒーを片手に自分の椅子に戻る暁美は玲奈に状況を理解できているのかを尋ねた。優一は表情を変えずに、「何も話していないよ」とあっさりとした口調で答えた。
暁美は頭痛がしたのか、頭を抱えて目を閉じた。
「お前な……対戦相手を伏せるのはともかく、試験の内容くらいはちゃんと伝えておけよ。そうじゃないと何が何だか分からない状態で、緊張が解けない2週間を彼女は過ごすんだぞ? もう少しは機転を利かしたらどうだ?」
「穂香に武器装備を頼んでるから試験内容は自然と話してくれるはずだから問題ないはず。基本的に穂香に頼みごとしておけば俺が話さなかったことを話してくれるし大丈夫。彼女は結構しっかりしているから、面倒な説明もちゃんとしてくれるし」
「お前がドSで面倒くさがりだということがよく分かったよ……あとの準備はこっちでしておく。今日はお疲れ様」
「今日はじゃない。いつも疲れているよ。それじゃあ、失礼します」
2人の会話は意外にも呆気なく終わり、優一は足早に本部長室から退出した。暁美は本部長室から一望できる町の背景を見て、再び玲奈の個人資料に目をやった。
「……水澤……まさかとは思うが…………考えすぎか」
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本部長室で玲奈の特別入隊の打ち合わせをしている間、水澤玲奈は急激に成長してしまった体に慣れるため、軽い運動をリハビリ施設で行っていた。体の柔らかさを試すために柔軟。脚力、足の速さを確かめるランニングと全力ダッシュ。その他、様々なトレーニングを行って、新しい体の感覚を確認した。
「ふぅ……スタミナ以外は問題なさそう。1ヶ月間眠っていた割には全然体がなまってない」
「眠っている間も1時間ごとに筋肉をマッサージして刺激を与えていましたから本調子になるのも短い時間で戻れますよ」
玲奈のリハビリを担当する療法士が体がなまっていないなかった理由を説明した。玲奈は少し微笑んで療法士に「ありがとうございます」と頭を下げた。
「とは言え少し体を動かし過ぎです。今日のところはここまでにしておきましょうか」
「分かりました」
明るく返事をし、心も体も調子を取り戻し始める玲奈。タオルで汗を拭き取っている玲奈の首筋に冷たい感覚が襲いかかった。
「ひゃ!!」
「お疲れ。玲奈」
「遼。それに詩織も」
背後を振り向いたところには、訓練終わりの遼と詩織がスポーツドリンクを持参して、玲奈の様子を見に来たのだった。
「大分、体がスムーズに動かせるようになったね」
ニッコリと詩織は微笑みながら玲奈の動きの感想を述べた。玲奈は首筋に押しつけられていたスポーツドリンクを遼から受け取って一口飲んだ。
「そうだね。本当に2週間でピークに戻せるかも」
「そう。本当によかった」
「詩織、最近『本当によかった』しか言ってないんじゃないか?」
「本当によかったって言って何が悪いの? 遼くんだって最近落ち着きがないじゃない」
「うっ! うるさい! 俺はいつだって平常心を保っている!」
「どうだか。ここ数日、心ここにあらずって感じだったよ。玲奈ちゃんの事が気になって気になって仕方ないんじゃないの?」
様子を見に来た2人だったが、玲奈をそっちのけで言い争いを始めた。言い争いを続ける2人を見て玲奈は思わず声を出して笑った。
「あ~可笑し……ありがとう、2人とも。私、絶対に復活するから」
玲奈の感謝の言葉に2人は照れくさそうに視線をそらして、
「おう……」
「うん……」
と答えた。3人が談笑している一時に、ある人物が玲奈に声をかけ、話に割って入った。
「3人とも楽しそうにしているところ邪魔させてもらうわ」
声のする方向に目を向けるとその場所には小さな女の子が腕を組んで玲奈達を優しく見つめていた。
「さ、坂本さん?」
「ゲッ!?」
話しかけてきた穂香を見た途端、遼は顔を青ざめ、少し萎縮してしまった。
「ムッ!?」
「じゃなくて、穂香さん」
穂香から一瞬放たれた威圧を玲奈は感じ取ったのか、彼女の名前を呼び直した。名前で呼ばれた穂香は優しく微笑み、軽く頷いた。
「元気そうで何より。好調そうね」
「あ、はい……。穂香さん、今日は何の用事でここに?」
「優一くんから頼まれて、あんたたち3人のバトルサポートに武器装備プログラムを追加しに来たんだよ」
「武器装備?」
玲奈は首を傾げながら返事をし、遼と詩織は目を丸くして固まっていた。
「武器装備プログラムって、研修講義が終了している隊員でやっと追加できるプログラムじゃないんですか?」
詩織が穂香に対して質問を投げかけたが、穂香は微笑む表情を変えず、話を進めた。
「なんか分からないけど、水澤ちゃんたちに追加してやってくれって頼み込んできたのよ。人が忙しいって言ったのに聞かなくて」
「どうなってんだ?」
「まあ、2人は正式に研修や講義が終わるまで追加しないって言うのであれば追加はしないけど、玲奈ちゃん。あなたは追加しないと先には進めないよ?」
「なんで私だけ?」
微笑んでいた穂香がキョトンとした表情で玲奈見つめる。遼と詩織も疑問を抱きながら会話を静かに聞いた。
「優一くんから何も聞かされていないの?」
「何の話ですか?」
「……場所を変えましょう。どうせ隊員になる以上、絶対に知らなければならない知識だから」
玲奈たちはリハビリ施設から出て行った穂香の後を追った。目覚めてから展開が急すぎて、玲奈の頭の中はすでにショート寸前だった。
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穂香の後について行った玲奈達は「ナノマシン開発部・課長代理室」に入室した。真っ暗な部屋にライトがつき、部屋の中が一気に明るみに出る。パソコン機器がズラッと横並び、本棚には様々な資料をまとめたファイルが並べられ、部屋の中にあるただ一つのデスクにはお菓子の空箱が散乱していた。
「この部屋は……」
「掃除されてないな……」
玲奈と遼が部屋の第一印象を思わず口に出してしまった。失礼なことを言った2人に、詩織は人差し指を鼻頭に当てて「シーッ!」と小さく叫んだ。
「汚い部屋でごめんね。ようこそ私の研究室へ!」
「穂香さんの研究室……」
「来てもらって早速話の続きだけど、玲奈ちゃん。あなたの特別入隊試験内容が仮だけど決まったの」
固唾をのんで玲奈達は試験内容を穂香の口から聞いた。
「試験内容至ってシンプル。正規隊員相手に制限時間1時間のハンデ戦。中、遠距離で使用する弾の種類制限以外は何でもありの基本ルール」
大まかな内容を話した穂香に対して玲奈が言葉をこぼした。
「1対1の戦い……なるほど、だから私にだけはさっきのプログラムを追加しなければならなかったんだね」
「そういうこと。訓練用の武器は扱ったことがあるかもしれないけど、訓練用と違って実践武器。仕様も少し違っていて、人に合わせたカスタマイズも可能な武器を用意してあげようと思っているの」
穂香がパソコンを操作した後、部屋が暗転し、武器装備の一覧が立体映像で玲奈達の前に映し出された。様々な種類の武器を目の前にして玲奈は興奮を抑えられなかった。
「わぁ~! 訓練用の武器の種類とは雲泥の差ね! 本当にこの中から選んでいんですか?」
玲奈は輝きを放つ目で穂香を見つめる。穂香は得意げな顔で玲奈に言葉を返す。
「もちろん。ただし色々と説明しなければならないことがあるからちゃんと聞いてね」
「はい!!」
元気な玲奈の返事を聞いて穂香は「よし」と言って軽く頷く。そして呆気にとられている遼と詩織に微笑みながら話しかける。
「あなたたちも他人事じゃないんだから、ちゃんと聞いてね」
『あ、はい!』
返答に詰まりながらも2人は声を重ねて返事をする。
「ところで……」
穂香は少し言いにくそうな表情を浮かべて、右手の人差し指で右の頬を軽く掻いた。
「2人の名前、分からないんだけど」
『ええ~~……』
今更感のある穂香の言葉に玲奈達は気の抜けた言葉を吐いて、遼と詩織は穂香に自己紹介をした。
~おまけ~
穂香「分かったわ。西原詩織と、月影遼ね」
遼「逆だ」
詩織「逆です」
2人は素速く間違いを指摘する。
穂香「え? そうだった? なんかしっくりきそうな名前だったんだけどな~」
詩織は顔を少し赤くして妄想が暴走する。
詩織(西原詩織……しっくりくる……西原を名乗っても問題ない。不自然じゃない。西原詩織……良い響きね)
穂香「なんてね……あ、聞いてない」
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