第10話戻る光

「あ~疲れた……1時間耐久訓練はやっぱり早すぎたかな?」


「遼くんが教官さんたちに頭を下げて頼んだんだから疲れたとか言わないでよ」


「ははは……すまん」


 訓練を終えた遼と詩織は玲奈の病室に向かうため廊下で談話しながら歩いていた。


「でも、またあいつと戦えると考えると座学ばっかりじゃ物足りなくてな。詩織も付き合わせてしまってすまないな」


「大丈夫だよ。私もそろそろ飛びたいなって思っていたし。玲奈ちゃんが復帰したらすぐに小隊を結成して小隊訓練に参加したいからね。そのためには他の人よりも訓練を多くやって、知識も多く身に着けないと玲奈ちゃんに呆れられるからね」


「そうだな。地上戦はともかく、あいつは飛ぶと水を得た魚のように生き生きするからな。1対1で勝つのが俺の目標だ」


「近距離の玲奈ちゃんと中距離の遼くんだったら、基本的には遼くんの方が有利なのにね。何で負けちゃうんだろう?」


「知らねえ……それはそうと玲奈のやつ、結構容姿が変わったんじゃないか?」


「本当に座学と一緒で人の話はあまり聞かないんだね。ナノマシンが体から消えたことによって本来成長するはずだった体になっただけだって、担当医の人が言ってたでしょ?」


「……そうだったな。本当に今度からは人の話を聞きます」


「今度からじゃなくて今からその性格治してね」


「はいはい……って詩織、それはなんだ?」


 遼は詩織の左手に持っている物に気づき尋ねた。


「ん? これ? 私から玲奈ちゃんにプレゼント」


 それはプレゼント用の包装紙に包まれた小さな袋だった。


「中身は?」


「玲奈ちゃんにプレゼントなんだから遼くんには関係ないでしょ」


「そんなこと言うなよ。気になるんだから」


 笑いありの会話が続き、疲れた精神に無理を言わせて玲奈の病室に着いた2人は、病室の扉をノックしてゆっくりと扉を開ける。


「玲奈、具合はどうだ?」


 病室の中にはベットで横になっている玲奈と、玲奈を囲うように大丈優一と小学生?の少女がいた。


「おう、2人とも訓練お疲れ様。今丁度、玲奈ちゃんに新しいナノマシンが投与されたばっかだ」


「優一さんお疲れ様です……この小学生は?」


 遼が優一の横にいる女の子に目を向けると少女は勢いよく遼の背中めがけて飛び蹴りを繰り出した。遼は声では表すことのない激痛に倒れ込むしかなかった。


「何? この失礼な男」


「穂香、彼らは水澤ちゃんの同級生で友達だ」


「人を見かけで判断するなんて……気分を少し害したわ。今日のところは帰らせてもらうわ」


「お疲れ、また頼むことがあったらよろしく」


 優一が病室を後にする少女に対し、感謝の言葉を送った。


「バカだな西原。人を見かけで判断しちゃだめだぞ」


「遼、あんたこそ具合大丈夫?」


 玲奈が遼を小バカにするようにクスクスと笑いながら心配した。玲奈の笑いにつられて、遼の横にいた詩織も口に手を当てて笑っているのも遼には見えた。


「お前ら! 笑ってんじゃねえ!」


『病室では静かにして!!』


 玲奈と詩織の正論に対して再び遼は口を閉じる。


「で、玲奈ちゃん。いつごろ復帰できそうなの?」


「正直、新しいナノマシンを入れてから体がすごく軽い。これならリハビリなしで訓練できそう」


「へぇ~、じゃあ明日からでも」


「その前に、水澤ちゃん。君は特別入隊試験を忘れてないか?」


 玲奈と詩織の会話に入り込んできた優一が玲奈に向かってウインクした。


「あ、そうだった」


「……まあ、その調子だと1週間後には試験をしても大丈夫そうだな」


「特別? 入隊試験?」


 話を聞いていない詩織と遼は首をかしげていた。事情を話そうと玲奈が2人を見つめる。


「今から入隊しようとすると半年後くらいになるから優一さんと本部長さんに無理言って期間外で入隊試験を行うことになったの」


(無理言ったのは私じゃなくて優一さんなんだけど……)


「そうだ。その特別入隊試験では限られた人間だけ観戦可能になっているが特別に君たち2人にも水澤ちゃんの試験を見学してもらおうと思う」


『是非見学させてください!!』


 詩織と遼は声を重ねて優一の提案に即答した。2人としては1か月ぶりに玲奈の戦闘、飛ぶ姿を見られるものだから目を輝かせて喜んでいた。


「そんなに私の試験が見れて嬉しいの?」


「当たり前だ!」

「当然でしょ!」


 再び重なる声。


「玲奈ちゃんの戦闘訓練教科で初めて飛んだ姿を見た時、私自然と涙が出るほど感動したんだから!」


「俺も初めて見た時は鳥肌が立って、初めて他人を越えたいと思ったんだ!」


 べた褒めされることが苦手な玲奈は、2人から目を背け、病室の外を見つめた。


「ほお~、どうやら飛行には余程の自信があるようだな」


 玲奈についての話を少し聞いた優一は少し微笑んだ。玲奈は顔を真っ赤にして3人に目を合わせなかった。


「それじゃ、久しぶりにゆっくり話せる時間を邪魔しちゃ悪いし、俺は失礼させてもらうよ」


『お疲れ様です!』


「……優一さん」


 病室から出ようとしていた優一を玲奈は目を合わせないまま呼び止めた。


「あ、ありがとうございます」


 すると優一はスッと目を閉じて玲奈に背を向けて「健闘を祈るよ」と言葉を残し、病室を後にした。



 ======



 優一は玲奈の病室を出た後、ある場所に直行した。その場所は正隊員が休憩、様々な調整を行うために、小隊ごとに用意された部屋だった。


 数多くの扉が並ぶ中、優一はとある小隊部屋の前の扉に立ち止り、インターホンを押した。ものの数秒も待たないうちに、インターホンから返事があり、部屋の扉が開いた。


「失礼する」


「あれ? 優一さん? 何の用件ですか?」


 出迎えたのは現役高校生の女の子だった。真っ黒なロングストレートな髪がサラサラと揺れ、学校終わりなのかブレザーの制服のままだった。目はぱっちりとしており、背も高いが彼女の胸は全くふくらみは無く、まさに貧乳という言葉が彼女の胸には適切な言葉だ。


「早紀ちゃん学校終わり?」


「はい、今帰って来たばかりです……って私の質問に答えてください!」


「なんだ? 騒がしいな……って優一さん」


 入り口の前騒ぎを聞きつけた男性が奥から出てきて、優一の姿を見てキョトンとした表情を浮かべた。


「よう、劫火隊長。仁はいるか?」


 優一が訪れた場所は劫火小隊の部屋だった。


「仁? 仁ならだいぶ前に訓練に行っていますよ。2時間前から行っていますからもう少ししたら戻ってくると思いますよ。忙しくなければ中で待っててもらっても大丈夫ですよ」


「そうか……じゃあ、邪魔させてもらおうか」


 優一は劫火の言葉に甘えて劫火小隊専用の部屋に入った。部屋の間取りはとても広く3LDK。4人組の小隊なら4LDKと、人数に合わせて部屋は割り振られる。設備も充実しているため入隊後、住むことも可能である。オートロックもついていて安全面的にも問題はない上に、家賃は発生しない。心身ともに休める貴重な場所だ。


 ホープの隊員になれば、そのほかにも好待遇な扱いを受けれるが、あくまでもホープの任務は命懸け。日々、生きていられることに感謝をして、力を持てない人のために命を張る。そのためには様々なオプジョンを付け、コンディションを崩さないように心掛けることも任務の1つと、ホープ設立時からの大事な約束事となっている。


「で? 優一さん。お兄ちゃんに何の用で来たんですか?」


 優一を出迎えた少女、桜井早紀は優一を蔑ませるような目で見つめた。


「コーヒーでも出してくれれば教えてあげようかな?」


「ムゥ! 相変わらず図々しいですね!」


 と早紀は言いつつも、来客用のコーヒーを淹れ始めた。部屋の真ん中にあるソファーに優一は腰を下ろして、優一の向かいに劫火が座った。


「優一さんのことでしょう。また仁に厄介事でも押し付けるんですか? いくら弟子だからってちょっと扱いが雑すぎませんか?」


「おいおい。まだ何も言ってないのに酷い言い方だな」


「部下のフォローする身にもなってくださいよ。仁は貴方の言うことなら2つ返事で了承してしまいますが、結局は仁1人では治まらない事態まで発展しちゃうじゃないですか」


「お兄ちゃんは学校に通うことができないくらい忙しくさせるし」


 テーブルの上に置かれたコーヒーを見つめる優一は余裕の表情を浮かべてコーヒーを口に含んだ。


「本当に今回は長期間の頼みじゃないんだ」


「……信じてもいいんですか?」


 不安げな表情で劫火は優一を見つめる。優一は何も言わずに真剣な眼差しを劫火に向けた。優一の鮮やかな紫色の瞳を見た劫火は、何かを感じ取り、ため息をついた。


 すると待っていた人物が小隊部屋に入ってきた。


「ただ今帰りました。……師匠! 何で師匠がここに?」


「お疲れ様。仁、お前に1つ頼みごとがある」



 ======



 玲奈の病室では久々の3人での会話が絶え間なく続いていた。眠り続けていた1ヶ月を埋めるかのように玲奈は2人の話を真剣に、そして微笑みながら聞いていた。


「あの時はいきなり崩れ倒れるんだからパニックになったよ」


「本当だ。人生で1番青ざめたぞ」


 玲奈が倒れた当時の自分たちの心境を笑いながら2人は語った。


「ごめん。2人に心配かけてしまって……」


「まあ、過ぎたことだし許してやるよ」


「遼くん上から目線だね……あ、そうだ玲奈ちゃん! 玲奈ちゃんの復帰祝いに私からのプレゼント」


「え? 何々?」


 詩織はスカートのポケットに入れていたプレゼントを取り出して玲奈に手渡した。


「わあ~! 詩織、開けてもいい?」


 詩織はコクリと頷き、中身が気になっていた遼は中身が見えるように玲奈に近づいた。プレゼントの中身は……。


「これは……リボン?」


 プレゼントの中身は純白のリボンだった。玲奈の反応を見た詩織は嬉しそうな顔をして言葉を添えた。


「玲奈ちゃんの体が変化して伸びきった髪を見た時に、まとめるために必要になるかなって思って用意したの。きっと似合うから結んであげるよ?」


「え? ……ええ!?」


 困惑している玲奈を他所に、詩織はリボンを手に取った。


「わ、私髪を切ろうかなって考えてたんだけど……」


「ええ!! 勿体無いよ!! こんなにも艶があって綺麗な髪なのに切ってしまうなんて勿体無いよ!! お願い!! 思いとどまってよ!! 玲奈ちゃん!!」


 あまり自分を強く出さない詩織が、ここぞと言わんばかりにゴネ始め、玲奈は驚きを隠せず詩織に肩を揺さぶられた。


「結んでみろよ、玲奈」


 2人の間に遼が入り、説得し始めた。


「どうしても自分に似合わないと思ったら外して髪を切ればいいし、似合ってると思ったらそのまま結んでみるのでいいんじゃないか?」


「……遼にしては出来た意見ね」


「そうだね」


「お前らは俺をバカにしているのか?」


 2人は遼の意見に従い、玲奈は詩織に背を向けて、後ろ髪をリボンで纏めてもらった。


「わあ~! やっぱり似合ってるよ! 玲奈ちゃん!」


 玲奈は自分の髪型を鏡で見て少し照れながら、


「そう? 遼、変じゃない?」


「意外と似合ってるぞ。少しは女の子らしくなったんじゃないか?」


 遼に意見を求めた玲奈だったが、すぐに聞いた相手を間違えたと感じた。


「……じ、じゃあこのままでいようかな」


 玲奈の言葉に詩織と遼は微笑んだ。


「2人ともありがとう……これからもよろしく」


 水澤玲奈の瞳に……今、光が戻る。



~おまけ~



遼「詩織、それなんだ?」


遼は詩織が持っている箱に目を向けて尋ねる。


詩織「玲奈ちゃんへのプレゼント……見ちゃダメだよ」


遼「お、おう……」


詩織(これで玲奈ちゃんの長い髪を……ウフ、フフフフ。あ~想像しただけでも楽し~)


遼(何笑ってんだ? こいつ?)

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