第4話生死の境で
「容態はどうなっている?」
優一は横に並んで走っている救助隊員を横目で見て問いかけた。
「意識は完全になく、心拍も落ち始め、体の一部が変色し始めています……」
救急隊員は息を切らしながら優一にある患者の容態を伝えた。優一はある程度の容態を知り、顔の表情を曇らせた。
「ナノマシンの調整は?」
「調整中に異変が出て……」
隊員の情けない目を見て、優一は少し舌打ちした。
「情けない目をするんじゃねぇよ……大丈夫、俺に任せろ」
しばらくして優一はその患者がいるであろう病室の3部屋前まで辿り着いた。そして目的の病室の前には数時間前に見かけた人物2人がいた。
「お前らどけよ! 玲奈の側に居させろ!」
「玲奈ちゃん! お願い!玲奈ちゃん! 目を覚まして!」
「あの2人は……と言うことはやはり彼女か……おい、お前たち」
優一が病室の前にいる西原遼と月影詩織に声をかけた。すると声をかけられた2人はふと優一を見つめた。2人の目からは涙がボロボロと流れていた。
「……君たちがここにいて泣いていると言うことは……水澤ちゃんか?」
「なあ! 優一さん! 答えてくれよ! 玲奈は……玲奈はどうなっちまうんだ?なあ!?」
遼は優一の胸ぐらを掴んで揺すってきた。そして数秒揺すった後、遼は地面に膝をついて泣き崩れた。遼を支えるように詩織も遼の側でしゃがみこんだ。
「今、水澤玲奈ちゃんの体に起きているのは、ゴーストがこの世界に出現する時に発生する死風(しふう)と言うものを大量に浴びた時の症状だ。その風の性質は体の健康を維持しているナノマシンを壊す……ナノマシン頼りで生きてきた人間は自分の体を管理することが出来ず、死ぬ。名前の通り、死をもたらす風ってわけだ。微量なら問題はないが、彼女は死風が発生している状態で戦闘を続行し今、この状態に至るってわけだ」
優一は冷静な目で遼と詩織に今起きていることを話した。話を聞いた2人は優一の顔を見つめた。
「死風ってことは……玲奈は死んでしまうのか?」
遼が重い口を開けて優一に尋ねた。優一は病室の中のカーテンの奥を見つめる。そして自分の特徴ある紫色の瞳で状況を改めて確認した。
「……俺の目で見えるかぎり、一番重症のレベル5の一つ下、レベル4であることが確認できる。だが、もう……」
優一が言葉を呟いた瞬間、部屋の中に置いてある心電図が心停止状態を無情にも伝えていた。
「大変だ!! 心停止! 誰かショック持ってきてくれ!」
病室の奥からホープ専属の医師やナース達が慌ただしく動き始めた。
「……今でレベル5。医学的措置はもう不可能。……残念だ」
優一がぼそりと呟いた瞬間、遼と詩織は同時に声を上げることもなく、気を失った。倒れ込んだ2人を優一は抱え、通路の端にある長椅子に寝かせ、ため息をついた。
「さて、医学措置が不可能になったことだし……そろそろ」
すると優一はゆっくりと病室の中に入っていき、未だに諦めていない医師に話しかけた。
「先生、もう手遅れです。レベル5に到達しました」
「いや、この娘(こ)はさっきまで元気だった。レベル5なんて私は信じない! 優一さん、悪いが出て行ってくれ! まだこの娘は消える時ではない!」
一生懸命玲奈の心肺蘇生を行なっている若い男性医師が優一に向かって言葉を返した。優一は医師の言葉を聞いて頭をガリガリと掻いた。
「……誰がこの娘を消すって?」
優一は医師を鋭い目つきで睨みつけ、心肺蘇生をやめさせた。
「な! 優一さん!」
「悪いが出て行ってくれ。安心しろこの娘は助かる。あまり使いたくはないが、あれを使えばこの娘は助かる」
「まさか優一さん! 本部長にそれは使うなと」
「安心しろ。もう降格食らっているからどんだけ使おうと俺の勝手だよ……さあ出ていけ」
優一の鋭い目つきに押し通され、医師は納得し難い表情で部屋の外に出て行った。優一は扉が閉まったことを確認すると一つ大きく深呼吸を行い、横たわる玲奈を静かに見つめた。
「さて……始めるか……ナノマシンシステム通常運転より移行」
優一はナノマシンシステムのあるプログラムを発動させた。
「終世プログラム……スタンバイ」
『了解しました。システム移行。終世プログラム作動準備。システム点検。本部にプログラム作動申請。……異常なし。本部の承認が完了していませんが強制的に作動しますか?」
「承認なんて待てない。強制的に作動しろ」
『終世プログラムに切り替え。作動します』
ナノマシンのナビがプログラムの作動を正常に機能していることを優一に伝えると優一は静かに目を閉じた。そして次に開眼した時はいつもの紫色に染まっている瞳ではなく、右目は優しい橙色に、左目は冷たさが突き刺さるような藍色の目に変わっていた。
「……まだ散るには惜しい命を蝕むやつよ。今、この場でお前の最期を俺が見届けてやるよ」
すると優一は白色に輝く無形の剣を水澤玲奈の左胸目掛けて突き刺した。
「消えろ、〈デリート〉」
白く輝く剣を水澤玲奈の胸に突き刺した瞬間、彼女の中に巣食っていた黒い霧のようなものが体外から一気に溢れ出し、煙のように消えていった……優一は無形の剣を消し、水澤玲奈の鼓動を確認する為、左胸に手を当てた。当てた手からはトクン、トクンと静かに鼓動する心臓の音が確認でき、呼吸も安定していることを確認した。
あの世に向かって歩んでいた少女が、この世に戻ってきたのだった。
「……っふぅ~何とか成功したみたいだな……プログラム解除。通常運転に移行」
システムを解除した瞬間、優一の変色した両目はいつもの紫色の瞳に戻った。
「……そこで静かに見ていた先生。入ってきても大丈夫ですよ」
「……本当に使ってしまったんですか? 優一さん」
部屋の外から先ほど出ていった医師が再び部屋に入ってきた。
「……ああ、プログラムを少し使ったら疲れが出てきたよ。なんか疲労に効く薬ないんですか?」
「なら、そのプログラムを削除してみたらどうですか?」
「断る」
「……なぜ、なぜ! 自分の体を犠牲にしてまでそのプログラムを使うのですか!? 医師としてあなたを止める権限は私にある! 今すぐそのプログラムを外す処置を……」
医師が言葉を言い終える前に優一は目にも止まらぬ速さで医師の口を手で塞いだ。そして自らの鼻に人差し指を近づけて「静かにしろ」と言わんばかりのジェスチャーをした。
「……医師なら分かるだろ? ここは病室だってことが。俺よりも目の前にいる患者のことを気遣ったらどうだ?」
優一は静かに医師の口を塞いでいた手を自由にし、窓際に置いてある椅子に腰かけた。
「……この終世プログラムは……あいつのために付けていることは知っているよな?」
「あいつ……霧峰本部長ですか?」
優一は医師の言葉に対して静かに頷いた。
「……奴には返さなければいけない借りがある。だから俺は……俺の意思で、このプログラムを身に付けている……他の先生たちにも伝えてくれ。俺のプログラムに関して誰も触れるなと」
「……そう、ですか……医師として忠告はしました。まだしばらくここにいるのですか?」
「ああ……少し休んでから個人の部屋に行く」
「分かりました。ここにいる間は彼女の容態を見てください。何かありましたらブザーを押してください」
すると医師は優一に軽くお辞儀をすると足早に病室を去って行った。優一は軽く目を閉じて顔を天井に向けた。
(……なにはともあれ……水澤玲奈……彼女の命を救ったことは決して間違ってはいない。フフ、あの泣いていたあの2人にも無事だと伝えておかないとな……よし、少しずつやらなきゃいけないことを片付けようか)
すると優一はゆっくりと立ち上がり、隊服のコートに手を突っ込んで水澤玲奈の病室を後にした。
~おまけ~
優一「ふう……プログラム使ったら眠くなってきたな」
優一はそっと目を閉じ、数分だけ仮眠を取ろうとする。
優一「んごおおぉぉ!! すぅ~……ごおおぉぉ!!」
玲奈(……イビキがうるさくて起きてしまった……)
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