第33話 練習試合②
「えっとまず…………」
「は、はいっ!」
「……名前教えてもらってもいいかな?」
「~~~~っ!」
俺がそう聞くと、その子は顔を真っ赤にして恥ずかしがる。
なんか感情の変化が激しいというか、面白い子だな。
それから彼女が落ち着くまで待って、ゆっくり自己紹介をしてもらった。
「八事……めいです。1年生です。バスケ部のマネージャーを……やってます」
「八事めいさんね。ふーむ」
すごい小さい声だが名前と学年を言ってくれた。後輩か。
黒色のボブで身長も小さいから、なんとなく小動物っぽい。モフッとした雰囲気がある。
それでバスケ部のマネージャーとな。
「――バスケ部に戻ってきてほしい、か」
俺は視線を勝の方に向ける。
「もちろん説明はあるんだろうな勝」
「いや、俺は八事が一人じゃ恥ずかしいからって付いてきただけだ」
「お前って意外とドライなのな」
詳しい事情は本人に話させるということだろう。
「じゃあ八事さん? 八事さんはどうして俺にそんなことを?」
俺は昨年の夏にバスケ部をやめている。
理由も勝から聞いているだろうし、大した理由でもない限り戻ってほしいなどと言わないはずだ。
理由を知っていれば。
「あの……あのですね!」
八事は先輩に囲まれているこの状況に緊張していたが、やがて意を決したようにぐっと手で拳を作って俺に言った。
「実は1か月後に県大会があるのですが……」
「うん」
「今のままじゃ……勝てないと思うんです……」
「―――――え?」
八事が言い出したのは、俺にとって予想外のことだった。
思わず勝をにらむ。
「おい、そんなこと言われてるけど、いいのか?」
「それは事実だろうな。悔しいが、別に否定するつもりもない」
勝は肩をすくめてそう言う。
それがなんだか気に入らなかった。
「おい! お前そんなんでいいのかよ‼」
「せ、千太くん⁉」
思わず勝に迫ろうとするところを、嘉瀬先輩に止められる。
いけない、少し感情的になっていた。
おびえた様子の八事さんに謝ると、彼女は「いえ……」と言ってから遠慮がちに続きを話した。
「永瀬せんぱいは……もちろんすごいですけど…………。でも、ほかの4人が……」
「八事さんって意外と……辛口だね」
「やっ、そんなことはっ!」
言っていること自体はまっすぐ正直だが、八事さんの柔らかい口調で言われるとたしかに嫌な感じはしない。
「2,3年生の先輩はなんか県大会に出場して満足って感じで、1年生はまだまだえっと、へたっぴと言うか。だから、5人のレギュラーの中でも永瀬せんぱいが突き抜けちゃってるんですよね…………」
「どさくさに紛れて酷いことを言っている……」
嘉瀬先輩なんか「そんなこと言っちゃっていいの⁉」みたいな驚きの顔をしているが、俺も同じ気持ちだ。
まるで日頃の鬱憤を晴らしているかのような口ぶり。
「それでなんで俺? 俺なんてもう半年以上もバスケしてないんだから、レギュラーより下手だと思うけど」
「そ、そんなことないですっ‼」
だが俺が口を挟むと、八事は大きな声で否定してきた。
「せんぱいは、素晴らしい選手だと思います……! もともと山丘高校はせんぱいがいたときは『全国を目指せるチーム』だったと思います! 今では『県大会を目指すチーム』に変わってしまいましたが……」
熱弁をする八事だったが、俺はひとつ疑問を覚えた。
「なんかまるで俺のプレーを見たことあるみたいだけど……?」
「~~~~っ⁉」
俺がそこを指摘すると、八事は恥ずかしさから顔を隠す。
ぽっと耳が赤くなるのが見えた。
そして再起動に時間がかかる八事。
本当に面白い子だな。
「じ、実は去年の県大会の準決勝、見まして…………」
「マジか!」
「マジなのですっ。それで、永瀬せんぱいと成瀬せんぱいの1年生の二枚看板が強豪チーム相手にいっぱい得点して……私そのプレーに感動して山丘高校に来ようと思ったんですっ!」
その言葉には純粋に驚いた。
まさかあの試合を見てて、この高校に来ようと思ったとは。結果としてはうちのチームが負けた試合だし、そんな志しでこの進学校に来たいと思って来るのは大変だと思うが。
それだけ、俺たちのプレーを見て何かを思ってくれたということだ。
それが、すごくうれしかった。
だが、それはそれだ。
「でも俺はもうバスケ部に戻る気はないんだ。……申し訳ないけど」
勝にも言っていた通り、俺はもうあのバスケ部に戻る気はなかった。
「理由を……聞いてもいいですか?」
「単純にあそこでバスケをしても楽しくないから。かな」
「そうですか…………」
俺がそう言うと、八事はしゅんとした顔でうつむいてしまった。
それを勝が引き連れて、帰っていく。
「悪かったな、デート中に」
「で、デートじゃねえし!」
「じゃあな」
勝は最初からあきらめていたのだろう。
悲しそうな顔をしている八事をなんとか慰めようとしているようだった。
「で、デート……」
そして隣の先輩は通常運転。
だが、なぜだかもやっとした感情が胸に渦巻くのを感じた。
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