第34話 修羅場の聖地、帰り道

「ふふふーん♪」

「どうした鳴、いつにもまして上機嫌だけど」

「えへーそうかなー?」


 俺の右に位置する鳴は、頬を緩めながらスキップで歩いている。

 いや、それで上機嫌じゃないって言うほうがおかしいと思いますが。


「まあ、上機嫌っちゃ上機嫌だねえ」


 それを認めたのか、鳴もそんなことを言う。

 そして俺の右腕にぱっと抱き着く。「うぉっ⁉」とか言っている俺を前にして、だが鳴は一気に顔を険しくした。

 そしてぶっすーっと音が出そうなほどの不満顔で俺の左側に対し一言。


「あんたがいなければ、もっと良かったんだけどね‼」


 それは俺の左手に自分の手を重ねている超美少女、嘉瀬先輩に対して言っている言葉だった。


「わ、わたしだって、二人きりだったはずなのに! なんで信楽さんがいるの」

「あんたが図々しく『センの彼女だー』みたいな面をするからでしょうが‼」

「だ、だってわたし、千太くんの……彼女だもん…………」


 その言い方には全人類の半分、つまり男を滅ぼすだけの魅力があって俺も正直に言えばクラっと来たが、相手は鳴だ。


「はっ、出たな女狐‼ そうやって色目を使ってたくさんの男を落としてきたんだろ!」

「ち、ちがっ、そんなことない! だってまずわたしが好きなのは……」


 ちらっと上目遣いをしてこちらを見てくる先輩。


 あの、俺も鳴じゃないけど、そういうのですよ先輩。そういうので世の男子は勘違いさせられるんです。良くないですよ?


「こら、セン! 惑わされるな、こいつはそういうやつだぞ‼」

「おい鳴、先輩をこいつ呼ばわりはよくないぞ」

「お前は一体どっちの味方だーっ‼」


 ばこーんと頭をたたかれる俺。

 鳴、お前の力強すぎるんだが痛いんだが。


「というか!」


 鳴はそんな俺を無視して、先輩の方を指さす。


「あんた、別にセンの彼女じゃないでしょうが‼」


 どかーんと大砲のように口撃を打ち込む鳴。

 先輩も「うっ」と不味そうな顔をする。


「ふ、ふんっ」


 そして先輩から出たのは、まさかの「拗ねる」という技だった。


「た、たしかに彼女じゃないけど、ふんっ。でも、信楽さんよりは距離近いもん、ふんっ」


「ふんっ」を語尾にする先輩の戦法。いや、もうそれ戦法って言っていいのか?


 そして仕返しとばかりに先輩は逆に鳴に攻撃を仕掛ける。


「信楽さん、知ってるかしら? 幼馴染って、大体の作品で『負けヒロイン』なのよね」

「――⁉」


 苦し紛れに出した反撃だったが、それは何故か鳴の急所に刺さったらしい。

「あいたたたたた」と言って胸を押さえている鳴。本当に痛いのかお前は。


「と、年上ヒロインだって大体が主人公を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して最後は身を引くけど? 『わたしは○○くんにはふさわしくない』って引き際を分かってるはずなんだけどなあ?」

「わ、わたしは正妻ポジションなの‼ わかんないけど!」


 分かんないんかい。

 あと二人とも、ラブコメのテンプレについて詳しすぎない?


 ただ、そろそろ喧嘩の仲裁に入らないと不味そうだ。


「二人とも! いい加減喧嘩はやめないか‼ 喧嘩からは何も生まれないよ?」

「千太くんは黙ってて」「センは黙ってて‼」

「あ、はい、すみません……」


 というわけで、喧嘩は俺が家に着くまで続くのでした。

 俺弱すぎる……。




 

 結局のところ、俺が刺されるまでの一連の事件は丸く収まった。


 俺と嘉瀬先輩が付き合っているということが嘘なのは、鳴と勝だけが知っている。だからこそ鳴はあれだけアクティブに動いていたりする。


 だからというかなんというか。


「なあ、鳴。家に来る必要はなかったんじゃあ……」

「いいの! いつまでもあの女の思い通りにさせないから‼」

「そういうもんなのか……」


 むしろ鳴はなにかが吹っ切れたように、頻繁にアタックするようになってきた。

 そして今は、俺の家のキッチンに立って夕ご飯の準備をしてくれている。


 制服の上から自前のエプロンを着ており、ポニーテールからはうなじが見えているという。

 なんとも言えない人妻感。


「てか、全然料理してないでしょセン」

「いやあ、まあしてない……ですけど」

「ちゃんと料理しなきゃダメでしょー!」


 なんだこいつ姑か。と思ったが、違う。こういうことを言ってくるのは姑じゃなくて母親だ。


「まあでもさあ、いつも鳴の料理を食べていた俺からするとさ、自分の作るもんなんて不味くて仕方ないわけよ。食えたもんじゃないんだよな」

「そ、そう言ってもらえるのは、まあ、幼馴染冥利につきますけど‼」

「いやほんとほんと。なんか味付けが足りないのか過剰なのかわかんないけど、ああもういっそのこと鳴が一生ご飯作ってくれねえかなあなんて」


 冗談言いながらテレビを見て鳴の料理を待っている俺。


 だが、鳴の様子がおかしい。


「え、それってもう……ぷ、プロポーズ…………」

「なんか言ったか?」

「ううん、だいじょぶ!」

「そうか? ならよかったけど」


 鼻歌交じりに料理をする鳴をはた目に、俺は今日起きた出来事について振り返る。


 今日の……八事さんだっけ、あのバスケ部のマネージャーの子が言っていたことを思い出す。


『成瀬せんぱい。せんぱいに、バスケ部に戻ってきてほしいんです』


 こう言われたこと自体、前の事件に収拾がついて学校での俺の社会的地位みたいなのが戻ってきたことを意味している。

 以前のままだったらこんな声はかけられるはずはない。つまり八事さんは俺に対する誤解が解けていて、それでいてある程度はチームメイトも俺の復帰に寛容になっているだろうという見立てのもと言ってきたのだろう。


 だが……やっぱり戻る気にはなれない。

 勝つことよりも優先するものがある奴らなんかと、チームにはなれない。あいつらも俺とプレーするのは抵抗あるだろうしな。


 まあ、一年生のたわごとだと思っておくか。


「センーご飯できたよ」

「おっけ、行くわ」


 タイミングよく、鳴に呼び出される。


 今日のご飯は炊き込みご飯に魚の煮物。うん、季節は違うが美味そうだ。


「そういえば、セン。試合の時に勝くんと誰か見かけない子と話してなかった?」

「ん? ああちょっとな、バスケ部に戻ってこないかって言われた」

「バスケ部に?」


 そう言うと、急に不機嫌な顔をする鳴。


「なに、また戻って来いって、あいつらが言ったの?」


 普段は温和(?)な鳴が嫌悪感をむき出しにして言う。

 あかんあかん、怖い怖い。


「違う違う。あの勝の隣にいたマネージャーが、去年の県大見てて。勝利のために戻ってきてほしいとかなんとか。まあ俺はもうお半年以上もやってないし、戦力にならないからって断ったけどな」


 と、口にすると、今度はまた鳴の機嫌が悪くなる。

 今度は俺に対して、だ。


「何言ってんのさ。センならそこらのバスケ部になんか負けないくせに」

「それはさすがにないだろー」

「そんなことなくないもん! センが誰よりも上手いのは、アタシが保証するから」


 どーんと胸を張る鳴。ここまで言われて悪い気はしない。


 まあそれでも、過大評価だけどな。


「まあ部活に戻ることはないから。万年帰宅部ということで、また鳴もご飯作りに来てくれよ」


 俺がそう言うと、鳴は少し寂しそうな顔をしながら、


「うん、分かった!」


 と無い胸を張るのだった。

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