第32話 練習試合①

 ゴールデンウィークだからといって、すべてが休みになるわけではない。

 学校の授業は休みだが、何かしらの部活動に所属している生徒はその休みを大体部活に費やす。


 まあそういう性質から、帰宅部の俺にはあまり関係ない話だったが。


 それでも俺は今日、学校にやってきていた。


なるー! ファイト―! 打てるぞ打てるぞ‼」


 バッターボックスに立つ鳴に大声で応援をする。


 今日は鳴の、つまり女子ソフトボール部の練習試合だった。

 鳴の所属するソフトボール部はいつも県大会のいいところまで行くらしく、全国出場を目標にしているチームだ。


 相手は県内の強豪ということもあり、鳴はいつも以上に気合が入っているように見えた。


「ワンストラーイクっ‼」

「ドンマイドンマイ! いいスイングできてるぞー!」


 審判が声を出すたびに俺も声を出す。

 鳴の試合はほぼ全て見に来ていて、こうやって応援するのが普段のことだった。


 しかし、いつもと違うのは俺の隣にいる人物。


「千太くん、すごい気合入ってるね」


 大人びた笑いだが実際の中身はポンコツと話題の、嘉瀬真理かせまり先輩である。

 俺はわけあってこの先輩と現在付き合っている、ということになっている。


 真っ黒の絹のように滑らかな長髪は腰ほどまであり、顔立ちは美人から少しかわいい系。出るとこが出てて、引っ込むところは引っ込むという抜群のプロポーションとその人当たりの良さ、顔の良さから絶大な人気を誇っている。


「いやなんか、こう熱中してる人を見るとこっちも熱くなるって言うか」

「ふふ、千太くんはスポーツ気質だからね」


 何故だか嬉しそうな先輩。先輩はいつも通りの制服だが、今日は観戦モードなのか野球帽を被って応援している。

 こういう先輩もかわいいという気付きを得ました。


「あ、打った!」


 と、そんな会話をしているうちに、かきーんという音とともに鳴はボールを飛ばした。

 放物線を描くようにしてフェンスを越える。ホームランだ。


「鳴すげえぞおおおおおお‼」


 俺が歓声を上げると、鳴はこっちの方を見てにこりと笑って、グラウンドを一周しながらVサインを向けてきた。

 本当に、ソフトボールをやっているときの鳴は楽しそうだ。


信楽しがらきさんって、よく知らないけどすごく上手いの?」

「鳴は、ああ見えて県選抜に選ばれるような奴ですよ。昔っから身体能力と運動センスがバケモンなんですよ」


 昔はなんでもできるからいろんなスポーツを触ってたっけ。


「なんか誇らしそうだね?」

「まあ、幼馴染が活躍してるっていうのは、なんかやっぱ嬉しいですね」


 栗色のポニーテールを揺らしてホームに帰る鳴は、見ている他の観客からも注目されている。良くは知らないが、実業団の人にスカウトされたこともあるらしい。

 細身の体に細い脚。それでいてあれで学年1番という頭の良さで、さすがに嘉瀬先輩ほどではなくても人気十分みたいだ。


 うーむ、俺の幼馴染にしてはスペックが高すぎる。俺の幼馴染にしてはってなんだよ。


「あ、あの!」


 と、そんなことを考えていたら後ろから声が聞こえた。


 振り返ると、見知った顔が一つと見知らぬ顔が一つ。


 ひとつは俺の数少ない友達――永瀬勝ながせまさるで、もうひとつは知らない女の子だった。


 そして俺に声をかけたのは、どうやらその知らない女の子らしい。


「うん? どうしたの?」

「えっと、あの…………」


 もじもじして、なかなか話さない女の子。

 俺も先輩もきょとんとしてしまい、思わず顔を見合わせる。


 そこに呆れるようにして勝がフォローを入れる。


「おい、八事やごと。練習もあるんだから早く言わないと」


 八事、と呼ばれた彼女は勝にそう言われるとふーっと深呼吸をした。

 それからゆっくりと。


「成瀬せんぱい。せんぱいに、バスケ部に戻ってきてほしいんです」


 という言葉を口にしたのだった。

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