閑話 カラオケ

「成瀬さん。真理を誘ってデートしてください」

「なんですか藪から棒に」


 ゴールデンウィークの始まりの日、今年は五月一日からの5連休になっているのでその始まりの五月一日。その前日の夜にふと相坂さんがそんなことを言ってきた。


 ちなみに今は日課の筋トレ中で、プランクと呼ばれる体幹を鍛えるトレーニングのさなかなのだが。


「何の意味もなく、ではありません。彼氏彼女の関係になったのですから、デートひとつくらいしないとおかしいです」

「一理くらいはあります、けど……」


 おかしいです、と言われてもなあ。そんなほいほいデートできるわけじゃないと思うし、いやでもまあ誘ったら喜んでくれそうな先輩ではあるが。


「というかぶっちゃけデートじゃなくてもいいです。二人きりじゃなくていいので」

「そういうものなんですか?」

「ちょっとでも親密性を見せてください。そうすれば、大衆があなたたち二人の交際を認めざるを得ません」

「はあ」





 というわけで。


「きたでござるな~、KA☆RA☆O☆KE! にんにん!」

「友達とこういう場に来るのは初めてですね」

「嘘つくな一ノ瀬、お前友達いないだろ」


 文学部のメンバーでカラオケに来ることになりました。


 とはいっても、先輩を誘っただけのはずなのに、いつの間にか服部と一ノ瀬がついてきていただけなんだが。まあさしずめ先輩が誘ったのだろう。


「ご、ごめんね千太くん……。わたし歌下手で、二人きりじゃ千太くんが大変そうだと思ったから」

「いえ、全然! カラオケは人数が多い方が楽しいですから!」


 不安そうな顔をしている先輩に、俺は努めてはきはきした声で励ます。

 大丈夫だ、音痴なんて俺もそうだし、なにより女子の音痴はかわいい‼


 男の音痴なんて言ったらマジでどうしようもないんだけど、女子は音痴がかわいいから許される! あと、失礼だけど俺にとっても音痴仲間が増えて嬉しい! というか先輩とカラオケというだけで楽しい‼


 そういうことで、4人でビルの地下にあるカラオケに入っていく。

 ちなみに相坂さんは「見たいテレビがあるので」とお休みです。


 さっそく部屋に案内される。途中で服部がマラカスやタンバリンを借りていたのもナイスな選択だと思う。


「じゃあまずは誰から歌います?」

「はいはーい、拙者から歌う~!」


 すっかりはしゃいでいる服部が名乗りを上げる。


 手際よくカラオケの機械を動かして、得点が出るように設定する。やめてほしい。


「よーし、じゃあ行くっスよ~!」


 服部が歌うのは金爆発の「雄々しくて」である。パンクな感じの曲調に、服部がそのツインテを縦に振りながら熱唱していた。

 服部は意外と歌が上手くてちょっと裏切られた気持ちになったが、大盛り上がりになったので良しとしよう。


「じゃあ次は僕が歌いましょう」


 そして次は一ノ瀬。たぶん一番目立たないように2番というポジションを選んだのだろう。さすが一ノ瀬、ボッチの心得をマスターしている。


 その一ノ瀬が歌ったのはレモンロマンの「豪雪」。しっとりとしたバラードで、高音域の曲だったのだが、一ノ瀬はそれを完璧に歌い上げてしまった。ぐぬぬ。こいつ、イケメン属性だけは持ち合わせやがって。


「ふう、緊張しました」


 そう言って正面に座る一ノ瀬。こいつは今度しばく。


 そして次に選曲したのは、お待ちかねの先輩だ。


「お、次は主殿っスか~? いやあ、楽しみっスねえ~」

「僕も部長の歌は初めて聞きますから、楽しみにさせていただきます」

「あの、ほんと、下手だから、そんな期待しないで……?」


 マイクを両手に握りしめている先輩はたしかに初心者そのもので、カラオケはもちろん歌に慣れているような気がしない。

 本当に歌が苦手らしいな。


「大丈夫ですよ先輩。僕は先輩の歌がどれだけ酷かろうと、耳の穴をかっぽじって最後まで聞きますから!」


 俺がそう言うと、先輩は緊張しながらも「うんっ!」と返してくれた。

 よし、あとは持ってくれ俺の精神力!





「嘘つき……先輩、歌下手だって言ってたのに…………嘘つきぃ」

「あの、えっと、ごめんねっ? わたし、そんなつもりじゃ」


 画面に表示される「100.00点」という数字を見て、絶望をする俺。


 先輩が選んだ曲はちょっと前に流行った巽美麗たつみみれいさんという人の「beauty」という曲だったのだが、これがまたえらく難しい曲で。

 初心者が選ぶ曲じゃないんじゃないかって思ってたんだけど。


 ――めちゃくちゃ上手く歌い切ったんですよぉ、この人。


「うえっ、ゔぇぇえええん!」


 服部があまりの感動に涙している。その隣で一ノ瀬も眼鏡を取ってハンカチで拭いている。


 つまりまあ、それくらいの完璧な出来だったというわけだ。


「せっかく仲間だと思ってたのにぃ……めちゃくちゃ上手いじゃないですか先輩‼」

「えっと、これ喜んでいいやつなのかな……? 悲しむべきなのかな……」


 先輩が困惑した様子で俺の頭をなでなでしてくれる。

 いやそれはめちゃくちゃ恥ずかしいんですがめちゃくちゃ優しくて気持ちいいんですが! っていけない、先輩にまた騙されるところだった。


「先輩はひどいです……マラソン大会で『一緒に走ろう』って言われたのに抜け駆けされたような気分です」

「わたしそんなこと言ってないし、千太くんどっちかって言ったら運動神経良いから抜け駆けするタイプだよね⁉」

「知らないですよそんなの‼」


 俺が拗ねた様子を見せると、先輩は慌ててあたふたする。

 これくらい仕返ししても文句は言われないだろう。


 と、そこへいつの間にか立ち直った服部がふと考え事をする。


「拙者が96点、黄緑ボーイが95点、主殿が100点……」


 そして俺の方を見てニヤリと笑う。あ、こいつまたろくでもないことを考えてる。


 勢いよく手を上げて。


「はいはい! じゃあ一番点数低かった人は罰ゲームをするっス~!」

「おいてめえ、いま俺の方見て決めやがったな‼」


 こいつ、俺が最下位になると思って……‼ つーか自分が安全圏内に入ったからか⁉


「ちょっと、そういうのは良くないよマコちゃんっ!」


 そして俺の策略によって負い目を負わされた先輩は、服部に叱りを入れる。

 ……さ、さすが先輩! 見直しました!


「罰ゲームは、『ドベの人が一位に愛の告白をする』っス~!」


 だがしかし。


 服部が言った罰ゲームの内容に、先輩が食いついてしまう。


 俺の方をちらりと見て……。


「えっ、えっと、まあそれくらいなら……いいの、かな?」

「せんぱいィィィイイイイ⁉」


 あっさり裏切られたんだが⁉ てかいま絶対頭の中で俺が最下位になる図を想像しただろ!


「大丈夫よ、千太くん! ファイト!」

「『ファイト!』じゃなくて!  俺音痴なんですって!」

「よーし、ミュージックスタートっス!」


 結果は……まあ、言うまでもないだろう。


 52点。罰ゲームをしました。



 まあ先輩が喜んでくれていたような気がするから、よしとするか………………ってしないからな覚えとけよ先輩も服部も‼






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