第31話 エピローグにはならない

「でもまさかお二人が付き合っていたとは」

「どこまでやったんスか! キスっスか、おっぱい揉んだっスか、それともセッ〇スっスか?」

「服部はマジで黙っとけ」


 文学部に来てからも、話題は俺と先輩のことでもちきりだった。


 というか、クラスの中でも「成瀬くんってあの嘉瀬さんと付き合ってるってほんと~?」とか聞かれたし。

 みんなの野次馬根性たるや、恐れ入る。


「でも気になってしまうものですよ。なんせ学校一の有名人が交際しているという話ですから」


 一ノ瀬が勉強道具を整えながらしみじみとそんなことを口にした。


「しかも相手が、あの成瀬くん、ときたものですから」

「それは一体どういう意味だよ一ノ瀬」

「さあ? どういう意味でしょうね」


 まあ言わずともわかるけど。あの問題児の成瀬千太が嘉瀬さんと付き合っているというのだから、話のタネには困らんだろうな。


「けどもっぱらの話題は先輩たちがどこまでしたかっスね。さあ、どこまでいったんでしょうか主殿‼」

「え、えっ。そんな、わたしは千太くんとは、そういうことは…………」

「じゃあ処女ということっスね‼ 妄想がはかどる~にんにん!」

「このエロガキ、マジでしばいたろか」


 服部マコは平常運転で、俺たちが付き合っているということも自分の妄想の足しにしようとしているらしい。

 あと本当にそういう話題を先輩に振るな。見ろ、顔を真っ赤にしちゃってるじゃないか。


「まあとにかく、俺と先輩でそういう妄想はしないでくれ。そんな関係じゃないから……」


 俺はトーンを一つ落とすと、そう口にした。

 そもそも、俺たちは付き合っているという事実すら本当はないのだ。


 しかし、それを否定することしなかった。俺の言葉になんてそもそも誰も聞き入れやしないだろうし、先輩との言い分が異なったところで良いことは何一つない。余計なトラブルが生まれて、せっかく先輩が体を張って守ってくれているのに、それをないがしろにしてしまうだけだ。


 ――というのは建前で、実際は俺もどうしていいか分からないだけなんだけど。


「プラトニックな関係、というやつですかね。たしかに、成瀬くんも部長もそういうことを好んでするタイプではなさそうですしね」


 一ノ瀬が俺の言葉を都合よく解釈してくれた。

 いいやつだな、お前やっぱり。


「でも、せんせん? この豊満で魅惑的なbodyを前にして、獣になったりしないんスか?」

「きゃっ、ちょっとマコちゃんっ⁉」

「なっ――⁉」


 そんなことを考えていたら、服部が急に先輩の胸を揉みしだきだした。


 俺に見せつけるように先輩の背後に回って、胸を揉んで揉んで揉みまくっている。


「んっ、ちょっとやめ、んっ……!」

「ほらほら、主殿は感度良好っスね~!」


 声を抑えようとして、だけど抑えきれずに喘いでしまう。そんな先輩。

 たしかに、エロすぎる。嬌声が部室内に広がってしまい、はたから見たら多分「やってる」部活になってしまっていた。


「おい、服部! い・い・か・げ・ん、にしろー‼」

「きゃーせんせんが怒ったっスー!」

「こらまて今度こそ引っ叩いて逆さづりにしてやる!」

「きゃーきみどりボーイ助けるっスー!」

「僕はいま複素数平面と真摯に向き合っているのでご無礼します」

「あ、そこわたしも教えてほしいなっ」


 なんだかんだで、平和な日常だ。






 放課後、俺と先輩は二人並んで家に向かって歩いていた。


 もちろん恋人ということで手をつないで。


「あ、あの、俺の手、汗とかついてるかも」

「だだだ大丈夫。せせせ千太くんのおててきれいだよ」

「あ、あ、あ、ありがとうございます……」


 誰かに見られたら恋人じゃないって絶対に気づかれてしまうほどのぎこちない俺たち。

 先輩も一回目は大丈夫だったが、2回目となるとかえって緊張するらしい。


 夕焼けが俺たちの影を伸ばしていく中、黙々と歩く。


 建物の影で俺たちが隠れたとき、先輩がふと口を開いた。


「ごめんね、千太くん。わたしのせいでこんなことに巻き込んじゃって」


 こんなこと、というのは今のこの状況だろう。

 先輩が俺を守るためとはいえ、恋人のふりをすることになったこの出来事だ。


「いえ……先輩と嘘の関係でも付き合ってるっていうのは本当に嬉しい……です」


 俺たちは、やっぱり付き合ってなどいないのだ。先輩が一方的に言い出したことで、俺が一方的に甘えているだけの関係。

 中身はない。


 だけど、それでも先輩と付き合えていると思ったら、それだけでうれしかった。

 あの時、俺が先輩の告白を受け入れていたら、俺が自分かわいさに先輩を拒絶していなかったら、もっと早くこの関係になっていたのかもしれない。


 いや、それはないか。


 だって、こうして友達として、学校の先輩後輩として話す機会がなかったら、きっと今のこの仲にはなれなかった。

 なんとなくだけど、そんな気がした。


「ほ、ほんとっ? よかったー、わたし勝手なことしちゃったから、また千太くんに迷惑をかけてたんじゃないかって」

「迷惑はかけられてますけどね」

「えっ⁉」


 ガビーンと音がしそうなほど落ち込む先輩。そんな先輩に、俺は続けて声をかける。


「――でも、嫌じゃないです。先輩に迷惑をかけられるのは、全然嫌じゃないです」


 先輩のせいで何かが起きたとしても、それは俺にとって嫌なことではなかった。

 それだけ俺と先輩が密接に関わることができているという証のような気がするし、一番怖いのは先輩が俺と距離を取ってしまうことだから。


「千太くん……」

「だから、いっぱい迷惑かけてください。俺もたぶん……迷惑かけちゃうだろうけど」


 先輩の顔を見るのは恥ずかしくて、どうしても下を向いてしまう。


 その瞬間を、先輩に捕まえられた。


「せんぱい?」

「千太くんっ!」


 ぎゅっと抱きしめられる。強く、強く。


「千太くん……ありがとう」


 先輩から感謝を言われる覚えはないけど、たぶん先輩なりに気持ちをまとめた結果出てきた言葉なのだろう。

 先輩の顔は夕日と重なって見えなかったけど、たぶんいつぞやの時のようにくしゃくしゃになってるんだろうな。


 先輩はこう見えて不器用だから。


「俺こそ……これからもよろしくお願いします」


 だから俺も、先輩の体をきつく抱きしめ返した。





 成瀬千太は何かしらの物語の主人公になるような人間じゃないし、成瀬千太という人間にフォーカスを当てたところで何かしらの物語になるわけでもない。


 なぜなら、あんなエピローグとしてバッチリの締め方をしても、俺の冗長な人生は終わらないからだ。


「ひとまず、目標達成。ですかね」

「先輩本人に助けられる形になって、完全に棚からぼた餅だけど」


 その日の夜、俺と相坂さんは激闘の二日間を振り返りながら、そんなことを話していた。


「ただ、ひとまず嘉瀬真理の心は安定を迎えたようです。ほら」


 相坂さんは俺のスマートフォンの画面を見せてくる。

 そこには。


『自分の大好きな人が傷つけられた。絶対に許さない(一日前)』

『うふふ、うふふふふっ。今日の運勢は1位だー(*゚▽゚)ノ(二時間前)』


「…………」


 気持ちの切り替え方‼ なにこの人情緒不安定なのか⁉


「ま、まあ、よかった……ですかね」

「任務達成です。一応」


 だから、こういう反応にもなる。


 もともとは先輩の心理状態を安定させるため、万が一にも日本に大打撃が来るような発言をさせないために、先輩のことを落としてくれと言われた。

 だから、任務自体は一応達成ということになるが。


「結局、先輩が自分で起こした問題を自分で解決しただけですね……」

「そうとも言いますね」


 というわけで、突然降ってきたミッションコンプリートの通知に、俺たちは戸惑っているというわけだった。


「そういえば、任務は完了したわけですが、これで相坂さんはもうそのサポート役というのも引退ですか?」


 ばちーん。どこからともなく出てきたハリセンで頭をたたかれる。


「――いってえぇッ⁉」

「すみません、叩けばその能天気な脳みそが治るかなと思いまして」

「この一か月の間に3回も叩かれた⁉」


 ていうか今どこに叩かれる理由があったんだ。ゴールデンウィークを前にして、たんこぶでも出来たらどうすんだ。

 とかそんなことを思っている俺をよそに、相坂さんはため息をつく。


「付き合ってはいおしまいって、あなたヤリチンですか」

「ヤリ――⁉」

「童貞なんだから、童貞らしくしていてください」


 ぼろくそに次ぐぼろくそだった。

 俺じゃなかったら、メンタルが崩壊しちゃうね!


「そんなに言われることもないと思うんですが……」

「いいですか」


 俺が反論をしようとすると、相坂さんが念を押すように言ってくる。


「あくまで目標は『嘉瀬真理の継続的な心理的安定』です。これからもサポートするに決まってるじゃないですか」

「なるほど……」


 そういえばそうだった。


「まったく、あなた一人じゃ無理だと思ってるからこうして手助けをしてあげているというのに……」

「全くもってその通りでございます。すみません」


 俺が謝ると、相坂さんは「でも」と続けた。


「いずれは、一人でもやっていけると思いますけどね。いずれは」


 相坂さんは、遠い目をしてそんなことを言った。

 その言葉に思わず勇気づけられてしまう。


「あの、相坂さんも。本当にありがとうございます」


 まっすぐ相坂さんの方を見てお礼を言うと、なぜだか彼女は目をそらした。


「ま、まあ? 別に当然ですよ」

「でも、何かお礼がしたいです」


 俺がそう言うと、相坂さんは恥ずかしそうに一言、口にした。


「じゃあひとまず……連絡先…………交換しませんか?」

「は? 連絡先?」

「え、ええ……」


 そういえば、これだけサポートをしてもらっているのに、相坂さんのラインを俺は持っていない。

 確かに必要だろう。


「いいですよ」

「では……はいっ!」

「速っ⁉」


 一瞬ラインのQRコードを出して、すぐに引っ込めてしまう相坂さん。


 慣れてないのかな、こういうの?


「あの、もう一回お願いします」

「え、ええ……? わ、わかりました、はいっ」

「あ、失敗した。もう少しゆっくりお願いします」

「えっと、はい」

「あーまた」

「下手くそなんですかあなたは⁉」


 そんなこんなで、俺たちは無事に108回目の試行で成功し(無事に?)ラインを交換することに成功した。

 これで、また俺たちの関係自体も少しは進展したのだろうか。


 だが、相坂さんの顔がほんのり赤くなっていることには、当然気が付かなかった。





―――――――――――――――――――



ひとまず一章はここで区切りとなります。


次からは鳴が参戦してきたり、先輩とお泊り旅行に行ったり、あの例の女の子がさらに大胆な行動をしてきたり、あの女の子のフラグが立ち始めたりとラブコメ要素が強くなってくると思います。


よろしければ、続きを読んでくださると嬉しいです。


……評価やフォローもいただけると嬉しいです(小声) 作者

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