第30話 開戦
翌日、ひとまず学校に行くことにした。
肩から腕を吊った形にはなっているが、ほかの部位はどこも問題がないと言われたので昨日のうちに病院は退院している。
『大丈夫だからっ、安心して学校に行こ!』
朝、先輩に言われたことを思い出す。
なぜあれほどまでに先輩が自信満々で言えたのか、それについてはよくわからなかったけれど、俺も先輩にそこまで言われて学校に行かない理由はない。
と、いうわけで今現在、校門をくぐったところなのだが……。
(なんか、俺に当たる視線が厳しくなってないか……?)
俺を見る人の目が前に比べて、何なら昨日に比べて冷たく、さらに怒りみたいなものも含まれているように感じる。
あれ、僕なんかしちゃいました?
などと思っていると、後ろから声を掛けられる。
「千太くーん!」
ぱたぱたとローファーを鳴らせて走ってきたのは、先ほどまで俺と一緒にいた先輩。
「あれ、先輩どうしたんですか? いつもより遅いですけど」
先輩はいつも始業時刻にかなり余裕をもって登校していたはずだ。
それがよりにもよって俺と同じ時刻で、しかも俺に話しかけてきている。
今まで学校で話しかけてくることなどなかったのに。
だが、
微妙な違和感。
「ふー、ごめんごめん」
胸に手を当ててふうっと息を整える先輩。
それから、違和感は確実になった、
「…………えいっ」
先輩が、俺の手を、握ってきたのだ。
最初は指の方を掴まれて、そこから俺の指と先輩の指が絡んでいく。
いわゆる、恋人つなぎというやつだった。
「せんぱい――っ⁉」
「えへ、えへへ」
そして先輩はというと、緊張なのか何なのか頬が緩みっぱなしである。
あの、説明は⁉
と、そこへさらなる乱入者が。
「あ、セン‼」
今度は朝練が終わったのだろう鳴がタオルを横に振ってこちらを呼んでいる。
そしてタッタッタと駆けてきて。
「よいしょ!」
「よいしょ、じゃないよ⁉」
今度は俺の空いている方の腕を、絡めとった。
大胆にも全身で俺の腕を拘束する。
「鳴⁉ いきなり何すんだ⁉」
「いいの!」
俺が聞いても、鳴は隣にいる先輩の方に睨みを利かせるだけ。
そして俺に対する周りからの視線はどんどん苛烈になっていき……。
「ちょっと、何するの信楽さん!」
「あんたこそ、勘違いしてるんじゃないの?」
さらに二人は剣呑な雰囲気になっていく。
「だあああぁぁぁぁぁぁぁああああ‼」
俺は意味も分からずただ叫ぶしかなかった。
「てなことがあってだな」
「知ってる。死ね」
朝に起きたことを勝に話すと、返ってきたのは
あれ、こいつ俺の友達じゃなかったっけ?
「それで、勝は何か理由を知ってるんじゃないかって思ったんだけど」
「知ってるがその前に殺す」
ひとまず殺意をしまおうか? しまってください。
それからはあっと勝はため息をつく。そして肩をすくめて、渋々だが事情を説明してくれた。
「あのな、もうこれは俺だけじゃなくてこの学校の生徒全員、いやたぶん世界中が知ってるんだがな」
「はあ」
「お前、嘉瀬さんと付き合ってることになってる」
「は、はあ………はあ――⁉」
ちょっと待て、今お前なんて言った?
「だから、嘉瀬さんと千太が付き合っているということになっている」
「ちょなんで俺が先輩と――付き合う⁉」
いきなり言われたことに頭が反応できていない。
なんだ? 俺が、先輩と? 付き合う?
「なんの冗談だ勝?」
「おーけー、その反応でそれが嘘だってわかった」
嘘も何も……たしかに付き合うことは一つの目標ではあるが……告白をした覚えもされた覚えもないし。先輩との仲は良くなっていると思うけど、関係性は進展していないはずだ。
「あのな、千太。俺はありのまま起こったことだけ話すぞ」
戸惑っている俺に対し、勝はそう前置きしてから昨日の学校での出来事について語り始めた。
1限目が終わるころ。つまり、あの刀傷沙汰が起きてから勝と鳴、そして真理が学校に戻ってきたころだった。
まだ授業中だが、もうすでに生徒の気は抜けている。
それは途中から合流した勝も同じだった。
朝、学校に救急車が来たことは誰もが知っている。そのことで誰かと話がしたくてしょうがないのだ。
だから、そんな彼らにとっては不意打ちのようにその出来事は起こった。
『えー、えー』
ザザというノイズが入った声。そして遅れて聞こえるピンポンパンポーンという機械的な音。
誰かが校内放送を利用しているらしい。
『おはようございます、みなさん。3年8組の嘉瀬真理です』
誰かではなく、山丘高校で一番の有名人である真理だった。
「おい」「なんだなんだ?」「嘉瀬さんって言ったよな」
途端に色めきたつ教室内。多分どのクラスも同じようなものだろう。
真理が自分たちに話しかけている。そんな気がすると、自然と浮かれてしまうものだ。
ただ、勝はそうはならない。それはこの学校で真理のことを好きではない、マイナーな人間だからだ。
しかしだからこそ、彼は次の発言に耳を傾けていた。
さっきのことがあったばかりだ。一体どんな行動を起こすのか。
『えー、皆さんに一つ言っておきたいことがあります』
真理はこっほんとひとつ咳払いをする。それだけで教室内は静まり返り、次の言葉を
そしてそれから、ゆっくりと真理は言った。
『2年3組の成瀬千太くんと、わたし嘉瀬真理は付き合っています』
「――へ?」
思わず間抜けな声を出した勝。しかし責めるものは誰もいなかった。
なぜなら、誰もが言葉を失っていたからだ。
『もう一度繰り返します。2年の成瀬千太くんとわたしは、つ、付き合っています』
さすがに2回目を言うのは恥ずかしかったのだろう。少々言葉に詰まっていた。
だが、こちらはそれどころではない。
「おい、どういうことだ」「嘉瀬さんがあのアホと」「付き合ってる⁉」
騒然とする教室。それはどこのクラスも同じようで、まったく同じタイミングで校内全体がざわつきだした。
そしてそのタイミングを見計らって、真理は次の言葉を出す。
『だから千太くんに対する暴力、
「「「――――ッ⁉」」」
私の好きな人、と真理は明言をした。
それだけで、生徒の認識は一気に逆転を必要とさせられる。
今まで自分たちは、あの嘉瀬真理の好きな相手を無視して侮辱して、そして軽蔑していたのだと。そういう認識に改めさせられる。
『この先、彼に何かしらの企てをした時には……わたし、絶対に許さないから』
そして最後の言葉。それは強烈だった。
なぜなら、あの真理が普段はめったに見せることのない「怒り」という感情をあらわにしたのだから。
もう一度ピンポンパンポーンと場違いな音が流れたとき、誰も言葉を発することはできなかった。
「――ということがあってだな」
「やばい、頭痛がする、帰らないと」
だが、踵を向けて教室の出口を目指したところ、勝に首根っこを掴まれた。
「待てコラ。ヒトの話を聞いていなかったのか?」
「聞いてた。ここにいたら命が危ない」
「だから言ってんだろ。嘉瀬さんが、お前に暴力でも振るったら許さないって言ってんだぞ」
そうは言っても……と思ったが、たしかに朝から視線は厳しいものが多いものの、実害は受けていない。
そして遅れるようにして、勝はため息をつきながら言った。
「正直、今みんなおめえのことをぶん殴りたいと思ってる」
「とんでもない告白を友人からされた時の成瀬千太の感情を20字程度で答えよ」
「だけどな。その感情はみんな『嘉瀬真理が好き』だっていう根っこから来てる」
なんか難しい話を始めたぞ、こいつ。
「要は、お前のことを殴りたいのは嘉瀬さんのことが好きだからだろ。なのに、その嘉瀬さんはお前のことを殴るなって言ってんだよ」
「はあ」
「だから、誰もお前に手を出すことができねえ。指くわえておめえらがイチャイチャしてるところを見てるしかないってことだ」
朝の光景を思い出す。なるほど、たしかにあの時のみんなの行動は勝の説明が上手く言い表しているように思える。
「さすがに嘉瀬さんも昨日のことがあったから吹っ切れたんだろ。ただお前を守るためとはいえ、まさかここまで無茶してくるとはな」
「…………」
そうか、嘉瀬先輩はずっと悩んでいたと言ってた。後悔していたと言っていた。
だから、もうこれ以上後悔することのないように、多少強引でも俺の身を守ってくれようとしてくれているんだ。
そう考えると、俺の涙腺が緩んできて。
「だが、さすがに信楽の方はカンカンみたいだ。校内放送を聞いた時からぶち切れてる」
「…………」
うーん、やっぱ頭痛がするから家に帰ろう!
「ということだから、俺もお前に一発殴りを入れさせてもらう」
「お前は八つ当たりだよなそうなんだよな⁉」
平和は戻ってきても、どうやら平穏は戻ってこないらしかった。
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