第28話 殺意

「なるせェェェエ‼」


明らかに尋常ではない様子のその男は、突如として俺たちの前に現れた。


憎悪や怒りを隠そうともせず、そこに立っていた。仁王立ちで、こちらを刺すような視線で見ている。

そしてその対象は、俺だ。


「お前は誰だ」


顔に見覚えはない。だがネクタイの色からするに俺と同じ2年生らしい。


「君は……赤田あきおくん? たしかアタシと一緒のクラスの」

「鳴と同じクラスなのか?」

「うん、たぶん……」


たぶん、というのはおそらく鳴の知っている普段の彼とは違うということなのだろう。


「俺のことなんかいいからよォ、早く嘉瀬さんから離れろやァッ‼」


力任せな叫びに、俺の後ろで鳴がびくっと肩を震わせている。

たぶん過去のいじめの経験がフラッシュバックしてしまっているんだ。


「鳴、大丈夫だ。俺の後ろにいろ」

「う、うん……」


それから、今さっき名前が出た先輩の方を見る。


先輩も俺の隣で恐怖して相坂さんの服の裾をつまみながら、それでも赤田と名乗った男のことをじっと見ていた。


「赤田君……? あなたは、千太くんを憎んでいるの…………?」


先輩がおずおずと聞く。

すると赤田は毒気を抜かれたように「ハイ」と言って。


「こいつァ嘉瀬さんに悪影響を与えるクソ野郎っす、だから死ねばいいと思ってます」


そして右手をポケットに突っ込んだと思うと、そこから銀色のものが出てきた。


「な、ナイフ――⁉」


思わず叫んだのは相坂さんだ。

驚愕を目をにじませている。


――こいつはやばいな。


前のリンチしてきた連中とは違う、本気で狂ってる類のやつだ。


ナイフを見た俺は、できるだけおどけた声で赤田に言葉をかける。


「おいおい、一体そんなものを持ってどうするつもりなんだよ。まさかそれを人に向けるわけじゃないだろうな」

「てめえに使うに決まってんだろォ‼」


怒りの声を上げる赤田。


目論見もくろみ通り、きちんと彼の意識は俺一人に向いている。


俺は続けた。


「おいおい、大好きな嘉瀬先輩の前でそんなことしていいのか?」

「う、うっせえ‼ むしろ嘉瀬さんのまえでお前を殺せるならちょうどいいじゃねえか!」


そう言ってナイフの先を俺の方に向ける。

その刃先は震えていて、こいつ自身が震えているのだとわかる。


しかしそうはいうものの、その光を集めて反射する銀の鋭利な物が俺の方に向けられているという状況は、俺もさすがに恐ろしい。

だからこそなおさら、それを他の人に向けさせるわけにはいかなかった。


「一体俺が何をしたっていうのかわからんが、勘違いだぞそれ」

「うっせえ! 知ってんだよ俺は、お前が嘉瀬さんをうまく言いくるめて二人で遊んだのを‼」


そんなことを口にする赤田はやはり正気ではない。

なにか妄執のようなものに取りつかれているとしか思えなかった。


最近俺がそんなことをした覚えは――いや、昨日3人で行ったやつか。あれをどこかで見ていて、俺たち二人でいた場面を見た、ってところか。


「それなら勘違いだ。俺は先輩と二人で遊んでなどいない。俺の言うことが信じられなければ、先輩に直接聞けばいい」

「わ、わたしは千太くんと二人では遊んでないよっ!」


先輩が慌ててフォローを入れてくる。

ここでフォローするのが、この場を平和にまとめる一番いい方法だと思ったのだろう。


だが、それは間違いだった。


「そ、そんなはずはない――っ‼ 違う、嘉瀬さんはこの男と遊んでた! 遊んでたんだ‼」


赤田からしたら、自分の味方だと思っている先輩までもが自分の敵になってしまったと錯覚したのだろう。

「先輩のため」という根幹になっている部分が、揺らぎ始めている。


そして、こういうやつが俺の経験上――1番危ない。


「違う、嘉瀬さんがこんな男と遊ぶはずないんだ! そうに決まってる、あ、あぁぁぁぁぁああああああっっっっっ‼」

「危ないっ‼」


そして赤田はナイフをそのままこちらを目がけて投げてきた。


とっさに鳴を後ろに弾き飛ばして――――だがその刃先が向かったのは俺のところではなかった。


怒りに狂った赤田の放ったナイフは手元が狂ったのか、向かった先は――相坂さんだった。


「あぶない――ッ‼」


横にいた相坂さんに向かって、俺は反射的に飛び込んでいた。


そして遅れてきた感触。


「うが――――っ‼⁉」

「成瀬さん⁉」「セン⁉」「千太くん‼」


俺の右肩――そこに肉がえぐられる感覚があった。

繊維がプチプチと切られて、突き刺さる。


それから痛みが遅れて襲ってくる。

痛みが肩全体を覆い、それから耐えがたき痛みに足の方から電撃が走ってきた。

そしてついでとばかりに押し寄せてくる嘔吐感、頭の痛み、血が足りなくなる感覚。


「成瀬さん、成瀬さん‼‼」


おぼろげになっていく意識の中で、唯一見えたのはこちらを心配している相坂さんの姿だった。


「よか……た、ぶじ………………で」


そしてそこから俺の意識はぷつんと切れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る