第27話 解決……?

 さかのぼること数分、俺は始業時刻ギリギリに学校の正門をくぐっていた。


「ちっ、今まで遅刻なんかしたことなかったのに」


 遅刻はしたことがないが停学になったことがある時点でもはや失うものなど何もないけどね。とか思いつつ、俺は急いで校舎の中に入った。

 目指すのはまずは自分の教室。


 廊下を走ったので他の生徒の注目を多く受けてしまったが、そんなことを気にしている暇もない。

 全速力で駆け抜けて、教室に向かった。


 ガラッと扉を開けると、そこには驚いた顔をしたクラスメイトが視界に映る。


「これは……なかなか、だな」


 そして自分の机の惨状にすぐさま気が付く。

 その様子は、さすがにメンタルの強い俺でもすぐに逃げ出したくなるようなものだった。


 ――そしてこれを見た鳴が起こす行動など一つに決まっている。


「はあ、どこ行ったんだか……」


 次は先輩の場所を探さなければ。




 それから3年の教室に向かったが、どこにも先輩の姿は見えなかった。


「マジでいねえな……」


 ここで一発で見つけることができれば俺も主人公だな~とか思いながら探してはみたものの、まさかの全部はずれ。

 どうやらやっぱり俺は主人公ではないらしい。残念ながら。


 そして次に来たのは校庭だった。

 うちの校庭は校舎から見ると体育館で隠れてしまうので、わざわざ見に来ないと人の存在が分からないのだ。


 ざくざくと生きのいい草を踏んで進む。


 するとそこには、思いがけない存在がいた。


清香さやか……さん?」


 そこにいたのは、自称、山丘高校生の仁科にしな清香さんだった。


「やっほ~って、何その幽霊を見るような目は」

「いや……」


 本当にうちの高校にいるとは思わなかった。

 いや、もう始業時間も過ぎているのに校庭にいるというのは、うちの高校の生徒じゃないからだろうか。

 ただそれでも山丘高校の敷地内に彼女がいるというのは意外でしかなかった。


 そしてもう一つ分からないのは、まるで彼女が俺のことを待っていたような気がすることだ。


「どうしてここに……?」

「まあ、見たらわかる通り。君がここに来ると思ったからだよね」


 手を後ろで組んで、にこっと笑う清香さん。

 RPGゲームで飄々ひょうひょうと現れるラスボスみたいだった。


「でも、成瀬くんはどうして学校に来たのかな?」

「どうしてって」

「あの幼馴染がかわいかったから? それとも、大好きな嘉瀬真理の様子でも見にきたのかな?」


 ふふっと笑う清香さん。試すような視線。

 この人相手に腹の探り合いで勝てる気はしなかった。


「大好きな二人が争うのを見たくないからです」


 俺は本心をあっさりと打ち明ける。


 すると清香さんは俺の言葉を「ほー……」と神妙そうにうなずくと、もう一度けらけらと笑った。


「二人とも大好きとは、これまたハーレム主人公っぽくていいね。最後に誰も選ばず曖昧に終わらせるパターンだ」


 清香さんが何を言っているのかは分からなかったが、それでも軽蔑するようなニュアンスはなかった。

 単に面白がっている、という感じか。


「ちなみに、その二人はいま屋上で言い争ってるところだよ」

「なっ――てか屋上かよ‼」


 屋上なんてこの学校いけるんかい。っていうか、なんで清香さんがそのことを知っているんだよ。


「じゃあ失礼します」


 だが、そんなことはどうでもいい。今は二人のもとへ向かうのが先決だ。


「ねえ、待って」


 だが俺が踵を返した瞬間に、清香さんの言葉で俺の体は止まった。


 その声が、すぐ後ろで聞こえたからだ。


 そして。


「ちょっ、何してるんですか――っ⁉」

「ふふ、おっきいねえ」


 いきなり後ろから清香さんが抱き着いてきた。


 いろんなところが当たっていてまずい感じになっている。でかくてやわらかいやつとか、むちむちとしたところとか。

 でもたぶん、わざとだ。


「ふふ、成瀬くんかわいーっ」

「からかわないで……ください――っ!」

「大好き、だよ」

「~~~~っ⁉」


 耳元でささやかれる。

 ふうっと耳に風を送り込まれ、吐息が鼓膜から直接脳に響く。


 蠱惑的こわくてき扇情的せんじょうで、思わず意識がくらっと落ちそうになる。

 やっぱり清香さんは何かが違う。普通の高校生ではない。


 だけど。


「離れて――くださいっ!」


 その抱擁を振り切る。


 首に絡みついている腕を優しく剥がし、彼女と距離を取った。


「……?」


 清香さんは不思議そうな顔をしていたが、やがてにやりと笑った。


「ふーん、さすがだね。さすが成瀬くん」

「一体何が目的なんですか……?」

「まあ今日のところはあの女のところに行っていいよ。じゃあね♪」


 そして意味深な言葉を残して、彼女は去っていった。

 俺は高鳴る動悸を抑えて、屋上に走っていった。


 ――くそう、下半身が清香さんのせいで元気になってて走りにくいじゃねえか‼



 ――――――――――――――――




 それから間もなく、屋上に着いた。

 屋上に行く直前、相坂さんとも合流することができ両親の安否を確認することができた。二人とも当たり前のように無事らしい。ひとまずよかった。


 そして俺が着いたころには、二人はすっかりヒートアップして言い争いをしていた。


「――二人とも、熱くなりすぎ」


 俺が言葉を発すると、そこで二人が俺がいることに気が付く。


「千太くん……」「セン……」


 二人は俺の顔を見て、辛そうな顔をする。

 たぶん、今の俺の状況を知っているのだろう。どうしてここに、というのも含意されている。


 だが俺はあえて自分のことを棚に上げて、二人のことを言及した。


「二人とも、何してるんだよ」


 俺はできるだけ強い口調で言う。


 するとまず鳴が反論してきた。


「だって、この女のせいでまたセンが……!」


 そしてそれに反応するように先輩も。


「違うの、わたしだって千太くんのこと考えて……なのにこの子が」


 ふむふむ、二人の言い分は分かった。


 ならば。


「失礼ですけど……。――二人とも馬鹿か」

「あでっ⁉」

「いたぁっ⁉」


 二人の頭にチョップを入れる。

 すると二人は頭を押さえて、うう……と唸っている。


 その間にすかさず説教。


「二人ともくだらないことで喧嘩しちゃダメでしょ」

「くだらないことって、だってセンが……!」

「だから、今回のこともだけど先輩が悪いわけじゃないでしょ。鳴はただ八つ当たりしてるだけ」


 そう口にすると、鳴は言葉に詰まる。

 多分、本人にも八つ当たりをしているという自覚はあったのだろう。


「そして先輩も一緒。先輩こそ冷静でいるべきなのにどうして一緒に盛り上がっちゃってるんですか」

「だって、だってっ」

「だってじゃないです。ご心配おかけしたのは申し訳なかったですが、もうちょっと大人の対応をしてください」


 先輩も先輩で、口にしてもどうしようもないことばかり口にしていた。

 もう少し大人になって何をするべきなのか冷静に考えないといけないときなのに。


「ともかく、今の二人は嫌いです」

「きらっ――⁉」「いぃ……?」


 泣きそうになっている二人。

 そこに、俺は言葉を付け加える。


「俺は鳴のまっすぐなところが好きだ。だから、そうやって八つ当たりして優越感に浸ろうとする鳴は嫌いだ」


「俺は先輩の素直なところが好きだ。だから、そうやって他人を貶めるような先輩は嫌いだ」


 それを聞いて落ち込んでいる二人に、だけど、とつなげる。


「これで過去のことは全部清算しましょう。僕は二人のおかげでここまで進めてこれたんだから、その二人が争ってたら僕も悲しい」


 そう伝えると、二人は顔を上げてお互いの顔を見合った。


「だから、今は協力して何ができるか考えてくれると僕も心強いです」


 そこまで言うと、二人はお互いに目線こそ合わせないものの。


「……うん、たしかにそうだ。ごめんなさい……熱くなりすぎてた」

「わたしこそごめん。もうちょっと冷静になるべきだったね……」


 二人がもう一度顔を見合わせて照れるように笑う。

 それから二人で謝って、一件落着。


 のはずだった。


「なるせェェェエ‼」


 そこに一人の闖入者ちんにゅうしゃがいなければ。


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