第24話 停学明け

 翌日の月曜日、俺は先輩の家にお邪魔していた。

 いつもの朝ご飯タイムである。


「心なしか、千太くんも停学明けで嬉しそうだねっ」


 そう言いながら先輩も嬉しそうに笑う。今日の先輩はいつもに増して笑顔が多かった。


「いや、また学校に行くのかと思うと気が重いですよ……。授業とか、大丈夫かなあ……?」

「数学、寝ちゃわないようにね?」


 先に先輩から笑顔でくぎを刺される。

 そういうことされると、寝るときに本当に罪悪感を感じるんだよな……。それを知っててやってるなら、先輩は策士だけど……。


「ん?」


 とそこで、携帯のバイブレーションがポケットの中で鳴る。


(こんな朝早くからライン? 誰だ?)


 そもそもラインを交換している人など鳴と勝と家族ぐらいしかいないが、一体誰だろうか。

 というか俺の「ともだち」欄、貧弱だな。


 先輩に断りを入れてメッセージを見ると、どうやら朝練に向かった勝からのものだった。


『お前、今日は学校に来るな』


 端的にその一言だけ。

 意味も意図もわからない、簡素な一文だった。


「千太くん、どうしたの?」

「いや、なんもないです。俺の停学が明けるのを喜ばない友達からのラインみたいだったようで」


 そんなふざけた理由で勝が送ってきたとは思えなかったが、先輩に言うことでもないので適当にごまかしておく。


 先輩はそっかと言ってみそ汁をずずっと吸っている。

 どうでもいいけど、目の前で先輩がみそ汁を飲んでいるこの様子は、特別感があっていいな。


「ふう」


 でもたぶん、この日常は今日までだろうなとそんな気がした。





 それから自分の家に戻ってきて、学校に行く準備をしていたころ。


 家の鍵が乱暴に開く音がした。


「はぁ、はぁ……成瀬さん――!」


 この家の鍵を持っているのは俺以外では相坂さんだけだから彼女が来訪者だということは分かっていたが、その様子は思っていたものと違った。


 息を切らしていかにも深刻と言った様子。額には嫌な汗がにじんでいた。


「これ……」


 そして持ってきたのは開封済みの白い封筒。

 中身を見ろということらしい。


 これが相坂さんをここまで動揺させているものだとはっきり確信したうえで、俺はその中から半分に折りたたまれた紙を取り出す。


 ぴらり、と丁寧に開いてみると。


『コロス』


 新聞に貼ってあった文字を切り抜いて作ったのだろう。

 フォントや文字の大きさがバラバラだったが、A4の紙に書いてあったのはそれだけだった。

 そして妙に危機感を煽る、そんな文字だった。


「どうしてこんなものがあるのか分からないんですが、これと同じような趣旨のものがほかにも何通も」


 相坂さんは理由が思い当たらないことを悔やんでいるようだった。

 唇をぐっとかみしめ。うつむいている。


「いやまあ俺にもこんなのが届く心当たりなんてないですよ。殺される動機なんかあったかな」


 そして俺はというと、あまりにも相坂さんが緊迫した様子なので逆に冷静になれていた。


 ――いや、冷静に見せようとしていたというべきか。


「と、とにかく今日は家から出ないでください。私も残りますので」


 そしてすぐさま携帯電話を取り出す相坂さん。

 もしかしたら総理かその下の人辺りに応援を要請しているのかもしれない。


 だが、その手を俺は止めた。


「成瀬……さん?」

「すみませんが相坂さん。その前に俺の実家に向かってくれませんか?」


 俺の手は多分震えていただろう。

 そのことに気づいたのか、相坂さんは余計に動揺したように見えた。


 だが、俺は不安を押し殺した声で、強く相坂さんに言う。


「ここが俺の家だってバレてるなら、個人情報が漏れてるのかもしれない。でも俺はまだ引っ越したばかりだ。実家の両親の方が危ないかもしれない」

「――――っ‼」


 相坂さんは俺の言っていることを理解すると、はっと息を呑んだ。


 俺の個人情報だとしたら実家の住所もばらされている可能性が高い。

 そしてあっちは一軒家。マンションであるこっちよりも安全度は低い。


「大丈夫です。父親がいるんで大事だいじには至らないと思います。それでも、そっちを見に行ってください」

「わかりました!」


 相坂さんは荷物を放り出してそのまま俺の家を出ていった。

 父親がいるので相坂さんに危害が加わることはないだろうが、それでも少しだけ心配だった。


 ――前の鳴のことがあったからかな。


 そして勝があんなメッセージを送ってきた理由もわかった。

 学校内でもわかりやすく俺の所有物に何かあったのだろう。机が壊されたとか。


『お前、今日は学校に来るな』

『とにかく今日は家から出ないでください』


 でもごめん、二人とも。それは守れそうにない。


 俺はさっさと必要なものだけ荷物をまとめると、相坂さんがいないのを確認してから自分の家を出た。

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