第25話 SIDE GIRLS①
「いやー今日も疲れたぁ」
「
「仕方ないじゃん! 疲れたんだもん!」
朝練を終えた女子ソフトボール部の部員が部室に戻っていく。
その中には鳴の姿もあった。
「うわ、鳴あいかわらず貧乳」
「うわとはなんだうわとは‼」
本人としても胸が育たないのはコンプレックスだ、ぷりぷりと怒っている。
「鳴もねえ、少なくともCくらいはあれば嘉瀬先輩に負けず劣らずの人気だったと思うんだけどねえ」
「余計なお世話じゃ!」
そう言いながら制汗剤を白い肌に振り撒き、全員片づけを済ませていく。このあとは普通に授業だ。
しかも4限は体育。鳴としては久しぶりに学校で千太に会うチャンスだし、なんならそのまま昼ご飯を食べることができる時間割だ。
友人の軽口に怒りながらも、気分は悪くない。
「あ、そうそう、嘉瀬先輩と言えばさあ」
だが、ソフトボール部の一人、奏子と呼ばれた女子が思い出したように言った。
「今日の朝見たんだけど、おたくの千太くん大丈夫?」
「へ?」
鳴はまさかそこで千太の名前が出るとは思わず、動揺する。
どういう文脈で千太の名前が出たのかと、ドキリとしてしまう。鳴と千太が仲がいいのは、ソフト部の間では有名な話だ。
だが、そんな楽観的にとらえることのできるものではなかった。
「ほら」
奏子が見せたスマホの画面には、ネットの掲示板と思われる書き込みがあった。
「え?」
そしてそこに書いてあったのは、鳴が知っている千太の個人情報だった。
「勝くん、いる⁉」
「ああ、
朝練から走ってきたのだろう、それでも運動部の鳴は息を少しだけ整えるとすぐに勝のところにスタスタと歩いていく。
「これ、見た⁉」
「ああ、見た」
鳴の掲げるスマホの画面を見ることもなく勝はそう言い返した。
そして同時に、千太の机を指さす。
「あんな感じになってる」
「―――――――⁉」
そこにあったのは、およそ生徒が使えるものではないほどのボロボロな机。
木製の机は表面が傷まみれになっていて、そこには文字が書いてあるようだった。
『死ね』『来んな』『社会のゴミ』
そんな文字の羅列を見て、鳴が思わず息を呑む。
「なんで……こんなことに」
「『成瀬千太は嘉瀬真理に暴力を振ったことがある』この文言だろうな」
動揺している鳴の横で、これがこのような事態を招いているのだと勝は冷静に分析する。
いや、勝とて冷静ではなかった。
「そんな、ひどい……っ」
自分の大好きな人が、目の前で涙を見せている。それなのに冷静でいられるわけがなかった。
ただ、焦燥感や怒りや情けなさで感情がぐちゃぐちゃにつぶされて、自分の感情を一つにまとめて出せないでいるだけだった。
「誰がこんなことを……!」
「探しても無駄だと思う。候補が多すぎる」
その言葉にまたもや鳴は痛切な顔をする。
単独犯ではないだろう。
何人、何十人いるかも分からないし、それすらも大した問題ではない。
それは全員がこの状況を見て、それでも何も言ってきていないからだ。
誰も何も言わない、ということは誰もこの状況を打開したいとは思っていないということだ。そう思っているのは鳴と勝だけである。
「そうだ、センには!」
「朝一で俺がラインを送っといた。今日は学校に来ないと思う」
「そっか……」
安心するような、悲しむような顔をする鳴。
その顔に、勝もずきりと心が痛んだ。
だが、勝は自分が悲しんでいる場合ではないと奮起する。辛いのは、鳴の方なのだ。
「ひとまず様子を見よう。どれだけこの状態が広まっているのかもわからないし、それより千太の方が心配だ」
「…………」
「信楽?」
だが、勝の言葉に対して鳴は神妙な顔をしているだけ。
何か思考を巡らせている。
そして考えること数秒、鳴は思いもしない選択をはじき出した。
「嘉瀬真理に会いに行こう」
その顔は真剣そのもので、勝も簡単に口を出すことは
だが、それを承知で、勝は鳴に質問をした。
「会って、何をするつもりだ?」
勝も真剣だ。ここで真理に変なことをしでかして、今の千太と同じような立場に鳴が陥ることは看過できない。
自分にも会いに行く理由くらい知る権利があると思った。
「わからない」
だが、それに対して鳴が返したのはわからないという言葉だった。
「わからない。よくもセンをこんな目にって文句言いに行くのか、センを助けてって泣いて縋りに行くのか、自分でも分からない」
鳴は自分の考えを隠さなかった。
鳴は鳴で、不安でいっぱいいっぱいになっていた。
「本人を前にして冷静でいられるか。正直なところ、自信ないや……」
困った顔で笑う鳴。幼馴染のピンチで相当に追い込まれている。
「それでも、アタシがなんとかしなきゃ、なんだよ。今までずっと助けてもらってたんだから」
だからこそ、鳴は恩を返すチャンスだと考えているのかもしれない。
ピンチをチャンスに、それは鳴らしい考え方だった。
「――じゃあ俺も付いて行っていいか?」
そこで勝も決意を固める。
何があっても鳴を助ける。何人たりとも鳴に手を出させるような真似はしない。
鳴が何をしても、自分が守る。そう自分に言い聞かせた。
「ありがと! 勝くんならそう言ってくれると思ったっ!」
笑顔で駆け出す鳴に、勝は腹をくくった。
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