第12話 体育

 山丘高校の体育は、複数のクラスで合同で行われる。

 文系クラスと理系クラスを混ぜて行われることが通例で、高校という狭い空間において数少ないクラス間交流の場でもあった。


 そこで俺らのクラスは鳴のクラスと同じ時間割で体育がある。

 体育館で俺と勝はバスケをやっていて、鳴は隣のコートでバドミントンをやっていた。


「鳴ってソフトボール部だよな? なんであんなバドミントンもできるんだ?」

「そりゃ信楽の運動神経だろ」


 今もテニス部を相手にあっさりスマッシュを決めている。

 その身軽な動きや俊敏なラケットさばきはまるで蝶みたいだ。


 こっちのコートを見ても、鳴の動きにくぎ付けになっている男がたくさんいた。

 鳴のプレーを見ているのか、その細く白い脚を見ているのかはわからなかったが、後者だとしたらぶん殴りたい。


「って、お隣にも鳴にべた惚れの男がいましたわ」

「うっせえ。あんなゴミどもと一緒にすんな」

「お前ってホント、俺の前だと口が悪いよな」


 イケメンキャラで売っていたはずだが、歯の浮くようなセリフを女子に言ってしまえるような王子キャラでやっていたはずだが?


「お前の前で取り繕っても仕方ないだろ」

「取り繕ってるって認めちゃったよ!」

「つーか本当は一人の前以外、よく見せる必要もないんだがな」


 その一人が鳴の前であることは言うまでもない。


 それでも他の人相手にもよく見せようというのは、その評価が回りに回って鳴に届くことを考えてのことだとか。

 こいつって本当にびっくりするくらい一筋なんだよな。


「むしろ取り繕わないほうが、鳴も気に入りそうだけどな」

「そういうのは、取り繕わなくてもモテるやつが言えるセリフなんだよ」


 そういうものなのか。俺はどちらかと言うと取り繕ってもモテない男だと思うが。


「おら、俺らも試合だぞ」


 勝が俺に背番号の書かれたビブスを渡してくる。

 なんだかそういうのを着ると部活をやっていた時のことを思い出して、少しだけワクワクした。


 と言っても、ワクワクするようなこともないんだけどな。


 なんせ俺は嫌われているから。


「始めます!」


 審判の先生がボールを上に放って試合が始まる。

 だが俺にはパスが回ってこない。


 俺の前にディフェンスが誰もいなくても、パスが来る気配がない。

 俺をいないものとして試合をしているみたいだ。当然先生も口出しをしてこない。


「きゃーっ、永瀬くーん!」


 同じチームの勝は順調にプレーを決めているようだった。

 まあただ女子からの黄色い声援が飛んできているが、本人は何事もなかったかのようにディフェンスに戻っているが。


 ただただコートを往復しているだけだった。

 普段はあまり感じないが、こういう時にこそ孤独を感じる。


 ――コートにいるのが、辛くなる。


 そう思った、その時だった。


「――っ!」


 勝が俺に強烈なパスを出してきたのは。


 それで意識を試合に戻すと、時間は残りわずかで点差も開いている。

 コートにいる人間が困惑した顔で勝を見ており、その当人は嫌な顔をしながらディフェンスに戻っていた。


 誰が打っても変わらないラストショット。勝なりの気遣いだろうか。いや、単純に鳴が見ているからだろうな。


 まったく、俺を出汁に使いやがって。


 俺は現役だったころを思い出しながら、跳んだ。

 スリーポイントの外側から放つシュートは――綺麗な放物線を描いてリングの中に吸い込まれた。




 ―――――――――――――――――――




 ご飯前の授業が同じだったたちは、そのまま3人でお昼休みを共にしていた。


 センが持っているのはあたしが作ってきた弁当。勝くんは自分で持ってきた弁当をそのまま口にしている。


「やっぱ鳴の弁当は美味いなッ‼ 最高……っ!」

「やったー! ちょっと時間がなくて適当になっちゃったけど」

「マジで毎日作ってきてほしいくらいだわ」


 あたしは嬉しいと言いながらてへへっと笑っていた。だけど、センがあたしの料理を喜んでくれるのは当たり前だ。センの胃袋はあたしが長年をかけて掴んだものなのだ。そう、少しずつ少しずつ…………。

 すでにセンの好みは「あたしの作ったご飯」と言っても過言ではない。……その割には、味を聞くまでかなり緊張しちゃったけど。


「勝も食うか? うまいぞ?」

「いらん」

「え、勝くんはいらないの……?」

「…………食う」


 センが勝くんに卵焼きを渡すと、勝くんは「……うまい」と言ってくれた。

 勝くんの口にも合っているらしい。よしよし、普通にうまくできたな。


「だろ? 鳴の料理はうまいんだって」


 センが自分のことのように私の自慢をする。

 なんかちょっとくすぐったいが、とてもうれしかった。


「あ、ていうか勝、なんで最後に俺にパスしたんだよ。変に目立っちゃったじゃん、恥ずかしい」


 それからセンはさっきの体育の話をする。


「ちょっとくらいゲームに参加させてやらないとかわいそうかなってな」

「いきなりパスが来るとびっくりするからやめてほしいんだが」


 そう言いながらセンは嬉しそうにわいわい話している。


 やっぱりバスケをできたことが嬉しかったんだろう。ただ立っていただけでも、一本シュートを決めただけでも。

 それくらい、センはバスケのことが好きなんだ。


 そしてそのことが、なぜだか嬉しかった。


「あ、そうだよ、セン」


 そう言ってあたしは思い出したように会話に入る。


「なんで普段はああいうことしないくせに、みんなのいる前でかっこいいことしちゃうかなあ」


 あたしが拗ねるように言うと、センはプチトマトを口に入れながら返してくる。


「そんなことないだろ? シュート一本決めただけだし、勝のパスが良かっただけだし」

「わかってないなあ」


 あたしが文句を言っても、センはクエスチョンマークを頭に浮かべるだけで何もわかっていないようだ。

 さすが鈍感。ほんと、さすがだよ……。


「まあ気づいてないならいいんだけどさあ」


 ――あたしは見たからね、センと同じクラスの女子がセンの最後のシュートを見て吐息を漏らしてたのを! なんか惚れ直しちゃいました見たいな目で見てた眼鏡の子を見たからね! 何人かいたのを見てたからね!


「ああいうのは女子のいないところでするの! 分かった?」

「理不尽すぎる……」


 センがみんなに認められるのは嬉しいはずなのに、センの魅力を知っているのは自分だけだと思いたい自分もいる。変な気持ちだ。


「お、このハンバーグも美味いな!」


 まあ今日は、センが幸せそうにあたしのご飯を食べてくれてるから許すけど! ふにゃふにゃにほっぺが緩んでるから許すけど!

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