第11話 二人きりの帰り道と我が家
「にぎやかな部活でしたね……」
「…………もう心理テストはやらないっ」
唇を尖らせている先輩と歩いているのは校門の外。部活後、服部と一ノ瀬とは別れて二人で帰っている。
頬を膨らませてぷいっとそっぽを向く先輩もかわいい。
最初は二人で夕暮れの道を歩くのは緊張したが、先ほどまで部活でずっと話していたからかうまく会話を続けることができていた。
「そういえば、あの部活は先輩が作ったって聞いたんですけど、どうしてあのメンバーなんですか?」
学校から駅までの下り坂の中で、俺はそんなことを聞いていた。
「どうして、かあ」
「部員を選んだのは先輩だって聞きましたけど」
事前に相坂さんから聞いていた話だ。
「うーん、まあ……居場所を作ってあげるっていうニュアンスが強かったかな」
「居場所?」
俺が問い返すとうん、と返す先輩。
先輩の顔はまっすぐ前を向いていた。
「ほら、あの二人って個性が強いじゃん?」
「それに関しては否定する要素がないですが」
「今の時代って……そういう人はとても生きづらい……のかなって思ってるの」
先輩は顔をゆがませてそんなことを言った。
「生きづらい、ですか?」
「強烈な何かを持っているひと――強烈な正義感や絶対に折れないな自我、卓越した才能……みたいなものを持っているひとはすぐに疎まれたり妬まれたり……」
「…………」
たしかに、個性というのは時折、生きるのを邪魔している。
個性が大事だと叫ばれていながらも、同じ列に並ばない人間はすぐに叱られ、
個性の強い人間は、他人から奇異の目で見られて、あたかもそちらが変であるかのように言われる。
「一ノ瀬くんは1年生の時に友達ができてなくて、マコちゃんもああいうキャラだから中学で馴染めてなかったの」
相坂さんは一ノ瀬のことをボッチだと呼んでいたが、多分去年の段階ではそれを冗談でも言えない状況だったのだろう。
服部も似たようなものか。
「だから、学校に居場所があると楽かなって思って作ったの。…………まあ、あとは私が友達ほしかったっていうのもあるんだけどね?」
そう言って先輩は恥ずかしそうに笑う。
その笑顔は慈愛に満ちていて、見る人を落ち着かせる笑顔だった。
……二人ともこの笑顔に助けられたのだろう。
二人ともあれだけの自由奔放な性格だったのに、先輩のことは尊敬のまなざしで見ていた。
「先輩はほんとに、すごいですね」
「すごい?」
思わず出てしまった感想を、先輩が問い返してくる。
「すごいですよ。僕はそんな他人のことを考えられないし……今だって自分のことで精いっぱいです」
先輩を振ってしまったことも自分のために、だった。
今だって、先輩と一緒に歩いている姿を見られて裏で陰口をたたかれていやしないか、そんなことばかり考えている。
『彼女と釣り合う男になってください』
相坂さんが言っていたことがどれだけ難しいことか、今更になって気が付く。
何もかも――身体能力や学力、それに伴う他人からの評価だけでなく、そもそもの度量でさえも――俺には足りていない。
もっと根っこのところが足りていないことに、先輩と話しているときこの時が一番実感させられた。
「――そんなことないよ」
だが、先輩は俺の顔を下からのぞき込んで、自信にあふれた顔でそう言った。
「千太くんが自分のことばっか、なんてことはないよ。少なくとも、千太くんに助けられたひとをひとり、知ってるから」
「そんな人……いませんよ」
「わたしだよ」
えっと言って顔を上げる。
そこには、自分のことを指さしている先輩が、にっこりと笑っていた。
「去年のわたしはずっと自分が特別だと思ってた。有頂天になってた」
「…………」
「でも千太くんに叱られて、わたしも普通の女の子なんだなって気が付くことができたの。馬鹿だったわたしは、千太くんに気づかされた」
それから先輩は、内緒を教えるように俺の顔に近づく。
ふわりと先輩の黒髪が頬をなでた。
「実はね、あの部活を作ったのはそのあとなんだ。この部活は、あの馬鹿なままの嘉瀬真理じゃ作ることができなかったんだよ?」
不思議なものだ、と俺は思った。
あれだけ心に刺さっていたとげが、先輩にかかればあっさり一本残らず抜かれていた。
心に日影が差していたはずなのに、すぐに先輩が太陽となって照らしてくれた。
さっきまで黒色のもやもやが胸にたまっていたが、それもあっという間にどこかにいってしまった。
「だからね、千太くんもそんなに
「ありがとう……ございます」
お礼を言うと、先輩はよかったと屈託のない表情で笑った。
ほんとに、この人にはかなわない。
「――って、やばいっ! 今日体育があったんだった!」
臭くなかったよね……? とおずおずと聞いてくる先輩。
いやまさか。普通にめちゃくちゃいい匂いでした、
と言うわけにもいかないので、大丈夫ですよ、俺の方が臭いですと返しておいた。いや、大丈夫じゃないなこれ?
――――――――――――――――――
「――どうでした、真理との下校は」
「いや、その前に一つ言わせてください」
帰ってくると、また相坂さんが家にいた。
今度はソファに体を預けながら、テレビのチャンネルをいじっている。
「さすがにくつろぎすぎじゃないですか⁉」
ほんとうに、人の家にいるとは思えないほどのくつろぎようである。
別にくつろぐなと言っているわけじゃないんだけどさ。てか、まだ夜の7時なのにもうスーツをやめて薄着になってるし。
「そろそろこちらに布団を持ってくるか検討中です」
「やめてくださいね⁉ 本気じゃないですよね⁉」
もちろん冗談ですよ、と言う相坂さんだが正直に言って信用ならなかった。
いつの間にかここ、相坂さんちになってないよな……?
「それより、二人きりの下校はどうでした? 楽しかったですか?」
「まあもちろん楽しかったですけど……」
「おーそれはいいですね」
そう言う相坂さんの言葉に心はこもっていない。
どうやら俺のテレビで録画したドラマがいいところみたいだった。なんで俺のテレビで録画してんのこの人?
「何を見てるんですか?」
「殴るは恥だが役に立つっていうヤクザのドラマです」
「ずいぶん物騒なタイトルですね……」
制服から部屋着に変えて、勉強用具を一通り持って相坂さんの座るリビングのローテーブルに置く。
すると相坂さんはあっさりテレビを切って眼鏡をかける。
いつも刺すような視線を向けられているためか、眼鏡だとそれが緩和されていつもよりかわいく見える。
と、いうのはさておき。
「そういえば、一つ聞いていいですか?」
「……なんですか?」
相坂さんが困惑したのを隠さず俺に目を向けてくる。
「今日、先輩から文学部ができた理由を聞きました」
「ああ、そうなんですね」
「学校に居場所がない人間に居場所を作るためって言ってました」
そして、相坂さんはその部員である。
「なんで相坂さんは、文学部に所属しているんですか?」
その質問に返ってきたのは沈黙。
相坂さんの顔を見ると、そこから表情という色が落ちていた。
「相坂さんも……学校で生きづらい思いをしてたんですか?」
言いたくない部分かもしれないが、恐る恐る聞いた。そうだとするならば、相坂さんも相坂さんなりの悩みを持っていた、あるいは今も持っている可能性がある。
「…………はい?」
だが、今度返ってきたのは、意味が分からないという相坂さんの声だった。
「え? だって先輩が部員に選ぶのって」
「みんなそうだっていう証拠はないじゃないですか。私は単純に仲がいいから入れてもらっただけですよ」
「あれ? それだけ?」
「何を勝手に深読みしてセンチな感情になってるんですか。気持ち悪いですよ」
「うぐ――っ⁉」
気持ち悪いという言葉を撃たれて俺の心はズタボロだった。
たしかにそうだよなあ……。
――それでも、相坂さんがそうじゃないっていう証拠もないと思うんだけどなあ。
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