第10話 文学部

 翌日の放課後、俺は相坂さんに言われたとおりの場所で待ち合わせをしていた。


 場所は北棟の4階。生徒が普段使う教室がある南棟に対し、こっちの北棟は音楽室や美術室などの実習科目の教室が多く入っている。


 あちらこちらでコーラス部の練習する声が聞こえた。授業時間とはすっかり変貌を遂げている。


「すみません、お待たせしました」


 そう言って階段から現れた相坂さんは当然ながら制服姿。

 スカートを人並みに短くしており、リップやネイルも目立たないように塗られている。


 どうやら人並みの高校生を演じようとしているみたいだ。残念ながら美少女すぎて目立っているけど。


「いえ、俺の方はホームルームが早く終わっただけなんで」


 だが俺には彼女が美少女ではなく鬼教官にしか見えていないので何の問題はない。問題ない……のか?


「それで、どうして待ち合わせがここなんですか?」

「真理の所属する文学部がここにあるからです」


 そう言って廊下を右手に折れ曲がると、そこには『多目的室』と書かれた教室が存在した。


「ここは3年生になると進路指導でよく使う場所なんですが、放課後は文学部の部室になっています」


 相坂さんはそう説明をしながら扉をコンコンと叩く。

 中から「どうぞー」という声が聞こえると、相坂さんは扉をガラッと開けて遠慮することなく敷居をまたいだ。


 俺もあわてて後をついていく。


「お邪魔しまーす。お、真理。いたいた」


 相坂さんがフランクに話す先に、嘉瀬先輩は存在していた。


 長机の短辺、窓側の席で陽光を浴びながら先輩はそこに座っている。


「どうしたの、梨花?」

「前に言っていた文学部に興味のある子を連れてきたのよ」


 先輩の問いに、相坂さんは後ろに隠れていた俺を突き出す。


「――っ⁉ せ、千太くん⁉」

「お、お邪魔しまぁす……」


 突然現れた俺に驚く先輩。

 先輩が目の前にいることに緊張する俺。


 それから先輩は突如出現した俺ではなく相坂さんの方に顔を向けた。


「ちょっ、ちょっと⁉ 聞いてないんだけど、梨花!」

「そりゃ文学部に入ろうと思ってるのが彼だって言ったら、真理は断るでしょうが」

「そ、そんなことない……と、思う」

「自信ないんだね」


 だって! と抗議している先輩に、けど相坂さんは話をすり替える。


「ほら、ほかの部員を紹介してあげないと」


 相坂さんが周りに目を向ける。


 すると、先ほどまで先輩に気を取られ気が付かなかったが、この部室には先輩以外に二人の人間が存在していた。


 ひとりは小柄な女の子。パーカーを制服の下に来ていて、何やらまじめな様子で本とにらめっこをしている。口元には鋭い八重歯が光っていて、小動物という感じがする。


 そしてもう一人はすらりと細身の男。机に勉強用具をならべて勉強をしていたみたいだが、今は穏やかな顔でこちらを眼鏡越しから注視している。こっちは面の皮の厚そうなタイプ。


「あ、そうだね。ご、ごめん……」

「ほーら、すぐ謝らないの。さっさと紹介しなさい」


 先輩は相坂さんに慰められうん、と背筋を正すとこちらに向き直った。


「じゃあ紹介するね」


 ある程度落ち着きを取り戻した先輩は、まずと言って先ほどの八重歯の子を示した。


「こちらは服部はっとりマコちゃん。彼女いわく、忍者の家系みたい。私とは中学からの知り合いで、2つ下の1年生。新入生です」

「ちなみに中身はただのバカですね。今だって難しい本を読んでいるように見えて、中身はカバーを変えただけのエロ本。彼女は小学生低学年の男子だと思ってもらえればいいかなと思います」

「うっス! よろしくでござるっス! 服部でもマコでも好きな方でよいでござるっス! にんにん!」


 ……一人目からとてつもないキャラがやって来た。なんだこの地雷原をはだしで歩いてるみたいな危険度マックスの女の子は……。

 語尾もござるなのか~っスなのか分からないし。しかも極め付けはにんにん。両の人差し指を立てて笑っても、いまいちわからんぞ。


 あと、相坂さんの説明が辛辣すぎる。もうあとちょっとだけでいいからオブラートに包めないかな?


「そしてこっちは一ノ瀬いちのせ黄緑きみどりくん。彼は2年生で、みんなから優等生だって尊敬されている子だね」

「すごく努力家ですが、冗談が言えず正論しか言わないので友達がいません。あと、優等生ではありますが実のところ家では勉強をしておらず、ネットコンテンツの海に飛び込んでいるオタクです」

「どうも一ノ瀬です。黄緑っていう名前は紛らわしいので一ノ瀬って呼んでくださいね」

「お、おう……」


 こちらも相坂さんに随分な説明をされていたが、まったく気にした様子もなく握手を求めてくる。

 思わず手を出すと、しっかりとした握手をされた。


 なんかこっちも癖の強いキャラだな……。大丈夫かこの部活。


「じゃあ私は帰るね。用事があるから」

「うん、梨花っ。ありがとうね~!」


 そして幽霊部員の相坂さんはさっさと帰ってしまう。


 というわけで俺は、個性の塊の文学部に所属することになった。





「ぐふ、ぐふふふっ」


 部室内にひとつ、下品な笑いが響き渡っている。


 が、誰も気にした様子はない。


 一ノ瀬は集中してペンを走らせているし、嘉瀬先輩はこちらをちらちら見ながら本を読むという忙しい作業のせいで多分気にする余裕がない。


「あはははははははっ!」


 そんな静かな部室で服部は大笑いをして。ひーひーと涙を拭きながら笑っている。

 いや、エロ本ってそんなに面白いんすか……。


「――あ、そうだ」


 そして急に何かをひらめいたかと思うと、バッと顔を上げた。急に真面目な顔をして、それから嘉瀬先輩の顔を見る。


「むひひっ」


 ああ、これは悪いことを考えている顔だ。彼女は分かりやすい顔をしている。

 

 服部は椅子の上に立つと、一本指を立てた。


「心理テストをするでござる~‼ にんにん!」


 案の定、ろくでもないことを言い出した。


「心理テスト? なにそれ、面白そう~」


 だが意外なことに乗り気だったのは先輩。本を閉じて顔を乗り出す。


「お、主殿あるじどのは参加するでござるか~? じゃあ全員参加でござるな!」

「僕も参加しましょう。心理テストはあながち馬鹿にできないですから」


 服部は主殿と呼んだ嘉瀬先輩、そして一ノ瀬の参加を確認すると、俺の方にも視線を向けてきた。


「お、おれ?」

「もちろんやるでござるな‼」

「わ、わかった」


 裸足で長机の上に乗ってからハイハイで俺の方に近づいてくる。

 その圧に押されて俺も参加することになった。


「じゃあ質問でござる。みんなは家から出ると水の中にいました」

「すげえ状況だな」

「ふんふん」

「それは次のうちどれ? 1,水たまり。2,池。3,湖」

「ほー」


 よくわからない質問だったが、想像してみる。

 湖だとでかすぎるし、水たまりって小さすぎるな。


「池、だな」

「わたしは湖かな~。広いし!」

「僕は水たまりですね」


 俺、先輩、一ノ瀬の順でこたえる。綺麗に意見が分かれた。


「むふ、そうですかそうですか!」

「おい、結果を教えてくれよ」


 ひとりで納得している服部に対し俺がそう言うと、おお失敬っ! と言ってから服部は反応を楽しむように言った。


「今のはあなたの『エロ度』がわかります、でござる!」

「「――――ッ⁉」」


 おいちょっとまて、なんだその質問は‼ どんな質問だよっていうかそもそもそんな質問を……。


「…………」


 案の定、すでに先輩の顔が真っ赤になってる。この手の話には見るからに弱そうだ。


「ちなみにまず、池という選んだせんせんのエロ度は50% 普通くらいのエッチですね」

「普通くらいのエッチってなんだ‼」


 あとどうやら「せんせん」と呼ばれたのは俺のようだ。

 まあそれでもとりあえず一安心。そっか、俺普通のエロさなんだ……。


「そしてきみどりボーイのエロ度は20% あんまりですね~」

「ありがとうございます」


 あんまりですね~って退屈そうに言う服部。そしてなぜかお礼を言うきみどりボーイ一ノ瀬。

 きみどりボーイってなんだ顔色悪いぞそいつ。


 ――というかちょっと待てよ。俺の選択肢が普通くらいで、一ノ瀬の選択肢が少なめだとするなら……。


「そしてそして! 3を選んだ主! 主殿のエロ度は100%、相手が精魂果てても盛り上がっちゃうので注意です‼」

「「――――――っ‼」」


 思った以上の数字と、そのあとの具体的なアドバイスに俺も先輩も言葉を失ってしまう。


 ――へ、へえ……先輩って積極的、なんだぁ……。


「ち、違うよっ⁉ わ、わたしはそんなえっちじゃ……ないよ……?」

「わ、わかってますよ? わかってますわかってます‼ 大丈夫ですから!」

「ほ、ほんとにぃ…………?」

「ほんとですほんとです!」


 これだけ清々しく嘘をつけるともはやクズなんじゃないかって思う。あと涙目になってる先輩は男を卒倒させるほどのかわいさだった。


 いたたまれない雰囲気になってしまったので、慌てて話題を振る。


「ほかの‼ もっと健全な心理テストをしましょう!」

「そ、そうねっ」


 服部はだめだ。こいつは本当に小学生男子だ。そもそも心理テストってこんな暴露をさせられる場所じゃない。


「では僕からも一つ。この前見つけたものなんですが」

「ナイス一ノ瀬‼」


 思わず大きな声を出すと、一ノ瀬は一度驚いたがすぐに微笑みを返してくる。


「それでは、頭に浮かんだ異性の名前を3人、口にしてください」

「3人?」


 3人か。とりあえず思い浮かべてみるか。


「じゃあまずは部長から」

「わたし? そうだなあ、パパ、一ノ瀬くん、あとは……千太くん……かな?」


 部長と呼ばれた先輩は少し考えてから3人の名前を口にした。

 先輩の口から俺の名前が呼ばれただけで嬉しくなってしまう。一ノ瀬がいなかったらもっと完璧だった。


「では、成瀬くんは」

「鳴、相坂さん。……先輩」


 俺も先輩にならって思い浮かんだ3人を適当な順に並べて口にする。


「ふむ、これは興味深い結果ですね」


 そして一ノ瀬は眼鏡のふちをちょっと上げると、結果を教えてくれる。


「今あげた3人はあなたが特別な感情を抱いている異性ということになります」

「特別な感情?」

「はい。一人目は親愛を、二人目は友情を、そして三人目は――恋愛感情を。あなたがその異性に対して強く抱いている感情です」

「…………え?」


 思わず固まってしまう俺と先輩。え、3人目って。

 俺は先輩を挙げたし、先輩は俺を挙げていた。……ということは、もしかして。


「お、じゃあ主殿とせんせんは両想いっスか! ご結婚おめでとうございま~す!」

「結婚式は勉強が忙しくていけませんが、末永くお幸せに」

「「…………」」


 やばい、先輩の顔が見れない。

 嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちがないまぜになっている。ドキドキと鼓動が高鳴っている。


 ちらっと先輩の顔を見た。


「……………………え?」


 だが先輩は、いまだに状況を理解できていないようだった。

 そしてそれから10分後くらいに一人で悶絶していた。


 この部活、意外と悪くないな‼

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