第13話 お泊り大作戦①
「ふむ、明日の天気は雷……。絶好のお泊り
梨花はスマホに出ている雷のマークを見て、笑みを浮かべる。
普通は明日の天気が雷だと言われるとテンションは下がるものだが……。
「じゃあちゃっちゃと準備をしますか」
もう日付は金曜日から土曜日に変わろうとしている。
すでに隣に住む千太の瞼も閉じているころだ。
梨花は静かにドアを開けて、そして静かに千太の部屋に侵入した。
――――――――――――――――――――
朝起きたときは、何も気が付かなかった。
ただいつも通りの土曜日で、愛すべき土曜日だった。
だが。
「あれ、飯のストック、もうなくなったっけ?」
朝ご飯を食べようとしてカップ麺やレトルトカレーが入っている棚を開けたが、何も残っていなかった。
どうやら食べきってしまったらしい。
「仕方ない、買いに行くか」
そう言って財布を探す。
だが。
「財布が……ない?」
いつも置いてあるはずのところに財布がなくなっていた。
ここでさすがに慌てだす。
たしか昨日ここに財布を置いたはず。よくよく思い返せば、ご飯も残っていたはずだ。インスタントに頼るのは梨花がご飯を作ってくれない土日だけ。なくなるにしては早すぎる。
つーっと背筋に冷や汗が落ちる。
――盗難。その言葉が俺の頭をよぎった。
「は、マジで言ってんの⁉」
誰も何も言っていないのに、俺はそんなことを言っていた。
頭が混乱している。ひとまず警察に、あれ警察って110番だっけ119番だっけ……。
などと考えていると、ダイニングのテーブルの上に一枚紙きれが置いてあることに気づいた。
なぜか今回のことと無関係の気がせず、手にとって読む。
『成瀬さんへ。この家の食料、金品の類はすべて預からせていただきました。明日の朝には返しますので、それまでは頑張ってください。ちなみに鍵も預からせていただきましたのでマンションの外には一人で出ないほうがいいですよ 相坂』
「は、マジで言ってんの⁉」
今度は確実に相手を決めて言っていた。
いやマジで、相坂さん何をやってんの⁉
しかもちょっと『相坂』の文字がかっこつけてるし。さも盗みに入った大怪盗のような感じでサインみたいに書いてあるし。
絶対途中からノリノリだっただろ。
「……………………はあ」
超ド級のため息をこぼす。
相坂さんの狙いはわかっている。
「先輩を頼れ、ってことだよな」
おそらくは俺と先輩の距離を縮めるため、だと思われる。さすがに嫌がらせでそこまでのことをする相坂さんではない。
だからこそ、どでかいため息が出た。
「はあ……先輩に申し訳ないな」
こんな乱暴な計画を立てた相坂さんにはあとで文句を言うことを決心しつつ、俺はだまって家を出た。
―――――――――――――――――
朝の9時。先輩も確実に起きている時間だ。
しっかりと言い訳を考えてからインターホンを鳴らす。
すると遠くから先輩のはーいと言う声が聞こえる。寝ているところを起こす羽目にならなくてよかったとまずは一安心。
「はーい、どなたですかー……って千太くん⁉」
「お、おはようございます」
先輩は黄緑色のエプロンに身を包んでいた。
髪の毛も今は上げていてポニーテールになっている。ちらちらと魅惑的なうなじが見えていた。
その先輩は目を大きく開けて驚いていた。
「こ、こんな朝にどうしたの⁉」
「その、説明しづらいんですけど……」
と言って俺は起きたことを説明する。
もちろん相坂さんの名前は出さずに。
財布と鍵をなくしてどうしようもないという状況を。
先輩は俺の話を大きなリアクションとともに聞いていた。
「――と言う感じで」
「え、それって大事件じゃん‼」
「大丈夫です。なくした場所の目星はついているので……」
「じゃあ今からそこに探しに行く? わたしもついていけば、マンションにも入れるでしょ?」
「いや、それが目星はついているのですが、明日にならないといけないという感じで……」
苦しい言い訳だったが、先輩はあっさりと納得した様子を見せて。
「それは大変だね……」
と同情をしてくれた。先輩はやっぱ優しいや。
そういうわけでひとまず先輩に現状を理解してもらえた。
あとは食事の問題だ。さすがに先輩にそこまで厄介になるわけにもいかないので、今日は一食の覚悟を決める。
となれば、先輩には一食分のごはん代を借りれないかと交渉するだけなのだが……。
「じゃあ、朝ご飯、うちで……食べてく?」
「え」
思ってもいない方向からの提案に、一瞬固まってしまう。
「いや、あの、ほら! いまちょうど作ってるから、ついでに……みたいなっ」
手をパタパタと振って言い訳のように言う先輩。
だが俺からしたらそれは願ってもない魅力的な提案で。
「すみません……ご
図々しくお願いしていた。
―――――――――――――――
先輩の家に上がると、すでにキッチンの方から香ばしい香りがしていた。
左手の扉からダイニングに入ると、そこからは先輩のテリトリーになっている。
女の子らしくアレンジが加えられている部屋。テーブルの端には小さなキャラクターグッズが置かれており、テレビやソファのところにも大きな熊やパンダのぬいぐるみが配置されている。
「ご、ごめんね……ちょっと散らかってるけど」
「いや、全然。うちの方が何倍も汚いですよ」
整理整頓はちゃんとされている。少しばかり小物が多いだけで、それらも無造作に置かれているわけではない。
先輩の家は、お手本のような女の子の部屋だった。
「じゃあ……そこの椅子に座っててね。もう少しで出来上がるから」
「ほんとにすみません……」
恐縮していると、大丈夫だよと返してくれた。
先輩の手つきは慣れていて、慌てている様子もなく淡々と作業をしている。
ジューっと焼く音も、トーストが焼けてチーンと鳴る素っ頓狂な音も、先輩の部屋と言うだけで新鮮だ。ちょっと緊張してしまう。
「はい、ひとまず千太くんの分できたよ~」
それから間もなくして先輩がさらに盛りつけた朝ごはんを持ってきた。
チーズが敷かれたその上にベーコンの乗ったトースト、ゆで卵とヨーグルト。サラダは先輩がいつも食べる量なのか少なく盛られている。
「うわっ、美味しそう……」
「え、そう? とりあえず先に食べてていいよ!」
「先輩の分は?」
「いま千太くんの前にあります!」
どうやら先輩は自分用に作っていた朝食を俺に出してくれたらしい。
もう涙で前が見えない。トーストが塩味になってしまう……。
「じゃああ、お先にすみません。いただきます」
「はい、どーぞ!」
トーストにかじりつく。ベーコンを巻き込みながら食べる。
「ん! 美味い!」
「え、ほんとっ? よかったあ~」
キッチンからぴょこっと顔を出して笑顔を見せる先輩。
ウサギみたいでかわいかった。あとめちゃくちゃうまい。
「人生で食べたトーストの中で1,2を争うくらいうまいですよ」
トーストと言えばものによってそんなに味が変わるとは思われないが、俺は鳴に食べさせてもらったトーストを食べて以来そんなことは思わなくなっていた。
焼き加減、トッピングするものの味加減など、俺にはよくわからないがそういったもので差は出るみたいだ。
そして先輩の作ってくれたトーストは鳴のものと同じくらい美味い。ということは相当美味い。
「サラダもしゃきしゃきだし、というかそもそもこんなバランスのいい朝ご飯を食べたこと自体が久しぶりで……めちゃくちゃ体にしみわたります」
「そうなの? いつもはどんなの食べてるの?」
「朝ご飯は適当にレンジでチンしたご飯に納豆かけるくらいで……何品も作れるほど時間がないんですよね……」
朝ご飯をそもそも食べない日もある。それは大体、俺が起きる時間がバラバラなのが原因なのだが。
「じゃ、じゃあさっ」
俺が幸せをかみしめながら先輩の料理にありついていると、先輩は突然、大胆なことを言ってきた。
「どうせお隣さんなんだし……これから一緒に朝ご飯、どう……ですか?」
おずおずと両手を前で絡めるようにして、聞いてくる。
キッチンからだから少し距離はあるはずなのに、そのしぐさに胸が掴まれるような感覚がした。
「いいん……ですか?」
「うん……」
先輩にそう言われて、断る理由がどこにもなかった。
好きな先輩と長くいられるし、先輩のおいしい朝ごはんが食べられる。考えただけでも幸せでしかない。
「じゃあ……お願い……します」
「うん、おっけーっ!」
俺がそう言うと、パッと顔に花を咲かせて笑う先輩。
俺の方が嬉しいはずなのに先輩が笑顔なのはおかしいはずだが、俺もつられて笑ってしまう。
「食費は僕が払わせていただきますので……よろしくお願いします……!」
先輩は俺の言葉に少し困惑していたが、それでも笑って「こちらこそっ」と言ってくれた。
――これだけでも十分な進展、そう思っていたのだが。
この日はそれだけでは終わらなかった。
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