第8話 ミステリアスな美少女との邂逅②
隣に美少女がいる、という状況は緊張するものである。
別に好かれようとかそんな大胆な気持ちになるわけじゃないけど、なんとなく襟が正されるというか背筋が伸びるというか、そんな気持ちになる。
これは男子にとっては普遍の真理である――――とか馬鹿なことはともかくとして。
俺は今、隣にいる美少女に意識を奪われてしまっていた。
「んー」
ちらと横を見ると、彼女は黄緑色の有線のイヤホンを耳に差してシャーペンを唇に当てながら考え事をしていた。
まじめに勉強をしているだけなのだが、ふと髪を耳にかける仕草にはドキリとさせられるし、こちらの方を見ていなくてもこっちに意識があるのではないかと思わされるほどである。
桜よりは少し赤く染まった唇、ちらりと見える形の良い耳、すらりと伸びる細い指。
どれも嘉瀬先輩より色気があるように感じる。
嘉瀬先輩がかわいい系の美少女だとするならば、この隣に座っている彼女は大人の魅力がいささか多い、といった感じ。
全身から色っぽさが出ていてとにかく
現にただ彼女が隣に座っているだけなのに、本能が直接くすぐられてしまっているような感覚に陥ってしまっている。
「ふぅ……」
いかん、勉強に集中できてない。寝てしまった分を取り戻さないといけないはずなんだけど。
というか大体、この人はどうして俺の名前を知っているのだろうか。俺は間違っても有名人ではないはずだが。
それに、たくさん席が空いているはずなのに、どうして彼女はわざわざ俺の隣に座ったのだろう。
考えれば考えるほど自分にとって都合のいい想像――有り体に言って自分のことが好きなのではないか――という考えに行きついてしまう。
だが、そういった考えに導かれるのも、彼女のその暴力的なまでの魅力が原因なのかもしれない。
「?」
「――っ!」
思わずずっと彼女のことを見てしまっていたのか、彼女と目が合ってしまう。
すると彼女は不思議そうに見た後、にこりと自然な笑顔を返してくる。その笑顔も反則的だった。
「なに、私の顔に何かついてるの?」
「いや……そんなことはない、けど……」
変な人だね、と言って彼女はまた笑って自分の席のパソコンに向き直る。そして何事もなかったかのように。
さっきから彼女に振り回されてばかりだな。勝手に振り回されてるだけのような気もするが。
完全に集中が切れてしまい時計を見る。
すると時計の針は午後7時を指していた。
やべ、寝すぎたせいか、1時間の授業に3時間くらいかけてる。
(いったん休憩して気分転換するか)
ちょうどお腹も空いてきたことだし、コンビニに行ってついでに少し歩いてそれからあと1時間頑張ろう。
たしか、相坂さんに言われた今日の反省会は9時からだったしまだ時間もあるはず。
――しかし、結論から言ってしまえば、気分転換はできなかった。
―――――――――――――――――――――
「で、どうしてあなたまで付いてくるんですか……」
「私もお腹すいちゃったから。いけない?」
「いや、別にそういうわけじゃないんですけど……」
彼女から逃げたようなものなのに、彼女に追いかけられてしまうとは。
「ていうか、成瀬くんはお眠り屋さんなんだね」
「それに関しては……面目次第もない……」
彼女に言われると、なんだか恥ずかしい。鳴に言ってもたぶん「疲れてるなら気合で乗り切れー!」とか言われるだけだから何ともないんだけど、こうしてただただ事実を言われると本当に恥ずかしい。
日が落ちてあたりも暗くなってきているが、依然として電気の明かりがそこかしこに付いている。
ただなんとなく、こうして彼女と二人にいるのはいけない関係になっているような気がして、気が気ではなかった。
「僕はコンビニ行きますけど……どうするんですか?」
「私? 私はそうだなあ、まあ成瀬くんがコンビニなら私もコンビニでいいかな」
それから道中で話すこともなく、コンビニで各々腹を満たせるものを買う。
俺はおにぎりを買い、彼女はレタスサンドイッチを買っていた。
二人してコンビニの袋をぶら下げながら歩いていると、まるで彼氏彼女の関係みたいだが、俺は彼女の名前すら知らない。
「あの……」
「ん? どうかした?」
「名前をお聞きしても……? 僕、まだあなたのことを知らないので」
彼女の顔を伺いながら質問をする。
それでもやっぱり彼女の感情は読み取れなかった。
「
「えっと、じゃあ、清香さん……?」
「うーん、呼び捨てが良いなあ」
「それは無理です諦めてくださいごめんなさい」
こちらとしては女子の名前を下の名前で呼ぶことすら抵抗があるのだ。
それこそ鳴みたいな昔からの知り合いで名前で呼んでいるような関係じゃなければ名前で呼ぶのはかなりこそばゆい。
とか、そんなことを話しているうちに、あたりは真っ暗になっていた。
「ここどこですか。僕の知らないところなんですけど」
「あーバレちゃった?」
塾への道ではないことが明らかだし、近くにある俺の家からも遠い場所に来ていた。
清香さんは俺が指摘すると、手を後ろに組んで悪戯がバレた子供のような顔をする。
「バレちゃったもなにも、さすがにここまであかりのないところまで来たら分かりますよ……」
「あはは、間違いない」
そう言って彼女は――俺の手を取った。
えっ。え⁉
「ほら、もうちょっとだからさ♪」
彼女はそう言うと、恋人繋ぎした手を胸の高さまでもって来る。
俺の指と彼女の指が絡み合っているのが、俺にもはっきり見えた。
「ちょっ、ちょっと」
「それ、あと少しっ!」
俺の言うことも聞かず、彼女はそのまま走り出す。ひんやりと長い指が絡んで、爪がところどころ俺の指をくすぐる。
だがそのことに動揺する暇はなく、思ったよりも早く駆ける彼女に俺もあわててついていくしかなかった。
「はい、じゃーん。とうちゃーく」
「ちょっといきなり、ほんとになんなんですか⁉︎」
「いやね? どうせなら景色のいいところでご飯食べたいじゃん?」
彼女はそう言って手を思いきり広げる。
じゃーんっと種明かしをするように。
「ここは……?」
周りの景色に目を向ける。見たところ、何のオブジェクトもない普通の公園だけど……。なんのためにこんなところへ?
もうすこし注意深く観察してみたが、どうやら住宅街の中の公園らしいということまでしかわからなかった。
「ほら、あそこに桜が咲いてるでしょ? あれ見ながらご飯食べよーよ」
彼女は率先して近くにあったベンチに座り、隣をポンポンと叩く。
ここに座れ、という意味らしい。
「じゃあ……失礼します」
結局流されるがまま彼女に連れられてきてしまった。
こんなところを相坂さんに見られたらどんな目に遭ってしまうのだろう。
「〜〜♪」
ただ、こちらのそんな思惑には関与することもなく、清香さんは軽く足をバタバタさせている。
「ふう」
ぱんぱんと、自分のお尻についた砂を払って座りなおす清香さん。
スカートを直すときにその雪のように白い太ももが見えてしまったが、彼女は気にする様子もないようでサンドイッチのパッケージを開けている。
「ねえ、成瀬くん。成瀬くんは友達がいないことで有名だよね?」
「なんですかそれ、知らないんですけど」
すると突然、彼女は思い出したようにそう言う。
いやまてそれが事実なら俺はすごく不名誉な覚えられ方をされていることになるんだが!
「なんでも、あの嘉瀬真理に喧嘩を売っただとかなんだとか」
「……それは本当に間違ってますね」
「じゃあ友達がいないのは合ってるんだ」
「お恥ずかしながら」
俺は正直に答えると、清香さんはなにそれと笑う。笑い方まで先輩に似ている。
「じゃあ、嘉瀬真理のことを恨んでる?」
「いやだから先輩は関係ないって……」
「じゃあ好き?」
「まあ――――って、清香さんには関係ないでしょう⁉︎」
「ふーん」
危うく言いそうになったわ。危なっ。
「そんなことよりも……」
俺のことなんて話すようなことはないが、彼女の話に関しては山のように聞きたいことがある。
清香さんにちらと目配せをしたうえで、俺は聞いた。
「清香さんはうちの、山丘高校の人なんですか?」
「うん、そうだよ」
彼女は秘密でも何でもないといった様子で、あっさりと頷いた。
肩透かしを食らったような気分になり、俺は慌てて次の質問をする。
「でも、清香さんのことを探したっていう俺の友達の……友達がいるんですけど」
「正直に自分の友達と言わないところが偉いような寂しいような」
「そいつが、清香さんのことを探したけど見つけられなかったって言うんですが」
「そりゃあれだね、探した日はちょうど私が欠席をしていたんじゃない? 偶然、だねえ」
「だけど」
軽く受け流そうとする清香さんに、それでも俺はしつこく尋ねる。
「僕だって、清香さんを学校で見た記憶はないですよ」
「そりゃ学校で会う人全員の顔を覚えるのは無理だからね。会ったことはあると思うけど、忘れちゃったんじゃない?」
「でもぶっちゃけ……清香さんほど綺麗な人は忘れないと思います」
俺がそう言うと、ようやく先ほどまで感情ひとつ出さずににへらと質問を流していた、清香さんの目が丸くなる。
「これは……びっくり、だな……」
口もぽかんとあいて、本当に予想外だったと言う。
「まさかそんなことを言われるとは」
「いや、でも実際すごくかわいいですし…………」
「ねえねえまってまって、相手の心を揺さぶる役は私のはずなんだけど……?」
彼女は胸のあたりに手を当てて、ふう、ふう、と分かりやすく深呼吸をしている。
顔を赤らめているし、たしかに恥ずかしいといった様子だった。
それ以外に変わった様子は特になかったけど、そこだけは、彼女の素の部分だと直感的に思った。
そしてその姿はあろうことか……とてもかわいかった。
「そっか……なんであの女までもが彼に、と思ったけど……ふーん、そういうこと」
彼女はそこで何かひとりでに納得すると、なぜだかちょっと怒った顔でこちらに顔をグイっと近づけた。
「ふむ……顔もたしかに好みっぽい、し?」
じーっと俺の顔を舐めまわすように覗き込んで、そのたびに何かを納得する。
その間、俺は急接近した彼女の顔から目をそらせなくなっていた。
息遣い、におい、そういったのまで感じ取れて、ドキドキさせられてしまう。
「よし、成瀬くん」
やがて彼女は俺を解放すると、はっきりと聞こえるようにこう言った。
「明日、デートしよう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます