第7話 ミステリアスな美少女との邂逅①
翌日の学校、お昼休み。
「たはー…………っ」
「なんだ急に疲れたようなふりして」
「ふりじゃないんだが……疲れたふりでは決してないんだが」
予想通りというか案の定というか、昨日の筋トレが響いて今日は1日中筋肉痛だった。
腕を上げるのも辛いし、授業中に背筋を正すのも難しい。背筋がめちゃくちゃ痛くて背筋が伸ばせないって、字面だけ見たらマジで何言ってるのかわからないな。
「実は昨日筋トレをめちゃくちゃやってさあ……」
「てめえが筋トレ? 思いつくならもっと面白い冗談を考えるんだな」
「まあぶっちゃけ俺もそう思う」
バスケ部に所属していた時には、筋トレは大の苦手で大嫌いだった。
走るとかは別に嫌いじゃなかったんだけど、筋トレはなぜか嫌い。本当に原因不明。
だから、勝が嘘だと思うのも仕方なかった。まあそりゃそうよ。
てか、そんなことより。
「勝、頼みがある」
「なんだいきなり改まって」
「……授業のノートを写させてください」
「死ね」
切実に頼んだつもりだったが即刻断られた。いや、死ねというのが拒否を示すのか嫌悪を示すのかわからないけど。
「いや、そこをどうにか」
「絶対に嫌だ。授業中に寝てるやつにかける情けはない」
「いやマジで疲れてたんだよおぉ……」
当然それが言い訳にならないことは知っている。疲れたことを理由にするなら、部活をやっている勝のほうがよほど疲れている。
それでも俺は、どうしてもお願いしなくてはならない理由があった。
(毎日ノートチェックされるって言われてるんだよなあ…………)
昨日、相坂さんと一緒に方針を固めたときに、彼女に毎日ノートをチェックすると言われたのだ。
その中で分からないところがあったら質問をしてくださいという話で、まあ要するに相坂さんが勉強についても俺の面倒を見てくれるという話だったのだが。
「頼む、2限の数学だけなんだ。頼む」
「一回死んでから島流しされてもう一回死ね」
「ねえそれ最初に死ぬ意味ある?」
取り付く島もない、といった状態だ。やっぱりこいつは俺のことが嫌いらしい。いや、さすがに俺の方が図々しいのだが。
まあ友達に断られたら仕方ない。そうしたら、もう一人の友達に頼ればいいのだ!
「鳴に頼むしか……」
「信楽にそんなことさせたらもっと殺す」
「デスヨネー」
大体、鳴に言っても『自分のためにならないからだめ!』と言って断られるだろう。あとそもそも彼女は理系だから、やっている内容がけた違いに難しいに違いない。
諦めて相坂さんに言う言い訳でも考えるか…………。
「あ、そういえば千太。なんかお前、新しく塾に行くんだって?」
俺が考えている隙に卵焼きを俺の弁当箱から取って口に入れた勝は、思い出したようにそんなことを聞いてきた。
「うん。母親に入れられた」
ちなみにここだけの話だが、その塾代は政府が払っている。
「どこの塾だ?」
「なんでそんなこと……。駅前のT塾だけど」
「ふーん」
聞いてきておきながら、勝は興味のなさそうな声だ。
だけど中途半端に聞かれると興味を持ってしまうのが人間というもの。
俺は勝に質問をしていた。
「なんかあるのか?」
「いやな、ただの噂話なんだが」
勝も話すこと自体はまんざらでもないらしく、前置きをしたうえであまり信じていない様子で話した。
「なんでもその塾に、とんでもなく綺麗な人がいるらしい」
「へー、そうなのか」
そして勝の話を聞いて、どうしてこいつが興味がなさそうなのかすぐに合点がいく。勝は鳴一筋だから、ほかの女に興味がないのだろう。
「しかも、どうやらうちの学校の生徒らしいんだと」
「……それって嘉瀬先輩じゃないのか?」
「いや、似てるらしいが違うみたいだ」
うちの学校の美少女として名前が挙がるのは嘉瀬先輩か鳴くらいだろうと思ったが、どうやら違うらしかった。
「……というか、俺の友達が校内を探したみたいだが、それらしい人はいなかったらしい」
「いなかった? そんなに綺麗だって言われてるのに、見つけられなかったのか?」
「友達もそう思ってかなり時間をかけて探しまわったみたいだが、本当に見つからなかったらしい」
お前の友達の執念もすごいなと感心しながら、妙に腑に落ちないところがあった。
「じゃあなんでうちの高校だって分かったんだ?」
「山丘高校の制服を着てたから、らしいぞ」
「わざわざうちの制服に着替えた……ってこともないよな」
「さすがに」
そこで俺たちの会話は終わった。これ以上は真偽も定かではないし、考えても特に意味のあることではない。
そもそもこの時の俺は、自分には関係のない話だと思っていた。
――――――――――――――――――――――
放課後、帰宅部の俺は寄り道をすることなくそのまま塾に直行した。
山丘高校の生徒がよく使う駅から一駅、俺の引っ越し先の家の最寄り駅だ。
塾の中に入って入塾説明を受ける。
あらかじめ申し込んでいた授業のテキストをもらって、そのまま2階へ。
2階にはパソコンの置かれた席がずらっと並んでおり、その間を木製のパーテーションで区切っているというシンプルな配置だった。
俺の通う塾は映像授業が主体の塾になっており、基本的には自習がメインとなる。
「じゃあ、説明は以上になりますので、あとは他の塾生と同じようにやってください」
パソコンの使い方を一通り習った俺は、言われたとおりに起動をし、自分のアカウントで専用のサイトにログインする。
すると授業閲覧のところに自分がとった授業が入っていることが分かった。
ちなみに俺は相坂さんの命令によってひとまず数学と英語の1年生の内容を勉強することになったので、それらに類する授業内容になっている。
「はあ……やるしかないか……」
渋々ではあるが、これも自分のため、そして先輩のため。いい加減、勉強から逃げ続けるわけにもいかない。あと、相坂さんの期待にも応えたい。
その思いで奮起した俺が最初に選んだのは苦手な数学。俺が挫折をしたのは関数が動き出してからだから、とりあえずそこまでは頑張れるはずだ。
と言っていたわずか10分後に、意識がなくなっていた。
「――――ねえ」
「…………?」
あれ、何してたんだっけ。
ん? なんか肩に感触が……。
「――ねえねえ」
「うぉっ⁉」
やべっ、寝ちゃった‼ やばいやばい、殺される殺されるなぜか分からないけど起きてすぐに相坂さんの顔が思い浮かぶ‼ もう病気かもなこれ。体が痛みの感触を覚えてるわ。
って。
――ん?
「あの、となりいい?」
肩が叩かれていることに気が付き、後ろを振り返る。
するとそこには、名前も知らない美少女がこちらを見ていた。
「せん……ぱい……?」
一瞬、嘉瀬先輩かと思った。
目鼻立ちやらその長い黒髪が似ていて、そして先輩に負けないほどの美少女だったから。まつ毛も長いし、形のいい唇も似ているような気がする。
だけど、目の下にある泣きぼくろ。どこか色っぽさを出しているその目元を見たところで、ようやく彼女が嘉瀬先輩ではないことが分かった。
「同級生だよ、成瀬文太くん」
「な、なんで俺の名前を⁉」
思わず大声を出してしまう。すると目の前にいる美少女は笑顔を作りながらしーっと俺の口に人差し指を当てた。柔らかい感触があり爪が少しばかり俺の口の中に入ってしまう。それだけで微妙に後ろめたいことをしてしまった気分になるのは俺が変態だからだ……ってそうじゃなくて!
ただ幸運なことにこちらの様子に気づいた生徒はいない。みんな映像授業のため耳にイヤホンやヘッドホンをしていた。
「ねえ、隣いいかしら?」
見ると彼女は教科書の詰まったスクールバッグを肩にかけている。
さすがに他のところに行ってくださいと言える雰囲気でもなかったので、どうぞと言って俺の足元に置いてあったカバンを自分の椅子の下にしまう。
「ありがとね」
そう言うと彼女は丁寧な所作で荷物を下ろし、椅子に座って背中にかかっていた髪を直した。
どことなく先輩に似ている雰囲気、そして山丘高校の制服。とんでもなく綺麗な美少女。
――彼女が勝の言っていた、噂の人間であることは想像に難くなかった。
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