第2話 タイムスリップ

2018年 12月 25日

7時30分

ガタンゴトン ガタン


通勤通学ラッシュの時間。俺は電車に揺られながら一生懸命頭を回している。もう完全にお目目すっきり覚醒状態のはずなんだが、驚き過ぎているせいか何だかイマイチといった感覚が抜けない。


勢いに任せてとりあえず高校の制服に着替え、家を出てきたはいいものの、これはそもそもなんなんだろうか。


現実?夢?


俺は間違いなく、昨日まで大学生だった。俺の覚えている昨日は2020年12月24日木曜日 令和2年のクリスマスイブだ。


だが今日は、新聞を見てもテレビを見ても妹に聞いても、日付は2018年12月25日火曜日。綺麗に二年前だ。


明晰夢、夢の中で、これは夢だと気づくことが出来る現象。俺には経験がないが、きっとそれだ、とも考えたのだが……


最後に見た時よりも幼い妹、2年前に敷いていたはずの洗面台の前のマット。そういえばテレビ買い替えなかったっけ?


そういえば、家の近くのビルの解体工事、もう終わったどころか新しくホテルがたって建ってたような気がするんだが、さっき見たらまた解体工事してたな。


全部、記憶と一致する二年前だ。不味いな


「マジでタイムスリップしたのか」

まさか、そんな馬鹿な事がある訳

「なぁに独り言言ってんの?」

「日向!?」

「え、そんな驚いた?」

後ろから声をかけられて、振り向くとそこに居たのは日向だった。だったのだが、


「お、おはよう日向」

「おっは〜乾くん」


昨日見た時は、髪も染めてて若干大人っぽくて、正直ドキッとしたのだが、今日は黒髪で田舎の女子高生感満載だ。別に悪く言ってるわけじゃない。

「なぁ日向、昨日会ったよな?」

「ん?そりゃ昨日も学校だったんだし当たり前でしょ」

「いやほら、街中でたまたま会ったろ」

「え?私昨日はどこも行ってないよ」


「そ、そうか、悪い」

やっぱり、覚えてないよな。というか、ここは過去なのだから、昨日のことは未来の事、なのか。


「どうしたのほんと、今日の乾くん変だよ?なんか変なものでも食べた?それとも寝ぼけてるのかなぁ?」


「いやマジで、寝ぼけてるんだと思う」

「あ、もしかしてクリスマスイブになんの予定もなかった私の事馬鹿にしてるでしょ、ひっどいなぁ乾くん」

「違ぇよ。すまん、ちょっと寝不足だから寝るわ、着いたら起こしてくれ」

「あいよ〜りょうかーい」


今一度状況を把握し直そうと空いた席に座る。


ここは間違いなく過去。だが、本当に現実なのだろうか。可能性は幾つかある。まず真っ先に考えるべき可能性は夢の中。明晰夢の可能性は高い。タイムスリップなんてそんな非科学的な現象が起きてたまるか。


だが夢を見ているにしては、感覚が鮮明すぎる。水で顔を洗ったら冷たかったし、外は寒いし人の多い電車は心地がいいものでは無い。頬を抓ってみたがちゃんと痛い。夢から目覚めないということは、現実の俺は今現在、昏睡状態にあるという事になる。その状態から一生目覚めることがない可能性を考えると、身の毛もよだつ程に恐ろしい。


夢でない方がマシな可能性がでてきた。幸いな事に実際、夢ではないっぽい。


家の中の風景。街の景色。歩く人々、日向の姿や持ち物、バッグに着いた装飾品まで、夢だとしたらこれは全て俺の頭が作り出したものだ。


こんな綺麗に思い描ける訳が無い。


夢では無いのなら、現実しかあるまい、

もしかしたら何かの間違えで、寝てる間に誘拐されて、VR,SR技術により仮想空間に送り込まれた可能性はあるが……いやないな


絶対にないので、もっと絶対に無いはずのタイムスリップが現実的となってきた。


「もうすぐ駅だよ」

「おう、ありがとう日向」




電車をおりて直ぐに、日向は御手洗に行きたいから先に行ってと駆けていった。


待っていてもいいのだが、今はお言葉に甘えてさっさと学校に向かうとする。データ収集をしなければならない。これが夢でなく現実だという確証を得たい。覚めない夢だと言うのなら、俺になす術はないのだろうが、現実だと言うのなら、現状を打破する手がかりくらいは掴めるかもしれない。



若干小走りで学校へ急ぐ。ついこの間まで、高校生だった。10ヶ月ほど前まで、高校生だったのに。なんだか全てがもう、懐かしい。


懐かしい制服に身を包み。懐かしい顔を横目に走っていく。


懐かしい景色が通り過ぎ、橋を渡り、坂を登り、久方ぶりに見る校門の前の体育教師に挨拶をして、もう一度だけ、登校した。


「ここは2年前なんだから、俺は二年生だよな」


つい癖で3年の下駄箱に行きかけていた。


これが夢でないと確信する方法は1つ、俺が絶対に想像できない現実を目のあたりにする事だ。


正直今の時点で、夢かと言われれば相当怪しいが、見慣れた風景ならば、脳みそが勝手に記憶している可能性はある。大体細かいからといって、それが実際のものと一致するかどうかは確かめるすべが無い。


だから、俺が知らないもので、それが絶対に正しいと言えることを、今知る。今見る。


夢の中だとよく、何やかんやで有耶無耶に出来るが、ここまで頭が冴えてれば大丈夫だろ。



階段を駆け上がり、2年時代の教室へ入る。今の俺は2年8組出席番号2番 この時期の席は窓側後方二番目


この教室にがいる。

ドアを開けると、俺の席の後ろこ席に、ソイツが見えた。


「よお相棒、久しぶりだな」

「何言ってんだお前」

「こっちの話だよ」


花宮 紳助はなみや しんすけ、コイツ以上に頭がキレるやつを知らない。実際地元一の進学校で1番頭いいのがこいつな訳で、今最も頼れるのが悔しいけどコイツだ。


「なぁ相棒、一つだけ、いや2つだけ質問いいか。今日の朝コーヒー飲んだ?てか飯食った?俺の成績どう思う?」


「3つ聞いてるだろ。コーヒーは苦すぎる、あれは人間の飲み物ではない。朝飯は食べたら吐く。お前の成績は常に悪い。ゴミ以下、黙って早く勉強しろ、次の模試で結果出さんと厳しいぞ」


中学の時から聞き慣れた声が、久しぶりに聴くと泣きそうだ。


「んじゃ勉強ついでに、お前の机の中の本開いてから、何でもいいから載ってる証明問題を説明してくれよ」


「まぁいいが、昼になったらな、もう課外が始まる」

「了解」

そういえばそうだった。学校に来たんだからそりゃ授業あるわな。クリスマスだからもう二学期は終わってんのか、まぁどちらにせよこんな感じで休みは無いんだが。


12時50分

「はぁ、ようやく昼か」

長い、ダルい、面倒い。そしてなんだか、授業の内容に覚えがあった。問題の答えを知ってるとかやり方がわかるとかそういう意味ではなく、終始デジャヴ、教師の発言からサボってる生徒まで全て見覚えがあった。


「てな訳で説明よろしく花宮」

「じゃゆっくり説明するぞ」

〜10分後〜

「よし、分からない。」

「何も良くねぇよ、俺の時間返せ」


「いいんだよ。授業の内容はまだ何とか覚えてたが、お前のソレはやっぱ無理だ。というかどの時間軸の俺でも無理だけど。その無理難題を俺が、想像して創造するのは不可能だ」


「お前、朝から何言ってんだ本当に」

「購買行くついでにツラ貸せよ相棒、世界一面白い話してやるから」


「えぇ、ダルい、コロッケパン奢るならいいよ」


「はいはいそんくらい奢ってやるから」


パンを購入後、真新しい第二体育館の裏に来た。


「ここなら誰も来ないだろ」

「で、面白い話ってなんだ?内密に話すことなのか?つまらんかったらすぐ帰るからな」


「急かすなって、いいかよく聞け、俺はタイムスリップしてきた」


「は?」

「マジだよ、俺は昨日まで2020年に居た。高校も卒業してるし大学生だし、一人暮らししてる」


「まて、お前、本当に言ってるのか、目が本気だぞ、頭でも打った、訳でもなさそうなのが厄介だ」


「あぁ非常に厄介だ。俺も確信したのはさっきだしな。正直今でも夢だと信じたいがどうやらガチだ」

「はぁ……そういう事か、自分では理解不能の数式を、俺に説明させれば、お前の脳内でないことは確かなわけだ」


「流石相棒、その通りだよ」

「まぁ、俺は俺だからな、お前の夢の登場人物でないことも確かだ」


にしても流石としか言いようがない。予想はしていたが、相棒は全く驚かない。そりゃ少しは動揺しているが、他の人間ならこうはいかないだろう。

「ヤバいな、今になって鳥肌立ってきた」

「で、どうする気だ」

「そりゃ元の時間に戻るに決まってんだろ、力貸してくれよ相棒」

「人をドラえもん扱いするな。まだ納得した訳じゃない。放課後まで待て」



5時30分

キーンコーンカーンコーン

終礼と共にチャイムが鳴り響く。

「よし、相棒、いつものマック行くぞ、今日くらい自習しなくてもいいだろ」


「あれ、侑斗と花宮今日は帰んの?」

「おう、ちょっとな」

友達の東田だ。2年の時は遠藤と小鳥遊も同じクラスだったから、とても楽しかった記憶がある。




6時15分

「135番でお待ちの顧客様」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます」


「俺のバーガーとお前のバーガーよこせ」

「俺のはよこさねぇよ」


「よっこらしょっと」

奥の2人席に座る。

さて何から話そうか、というか何から考えようか

「ポテト」

「はいはい。で、どうしよう」

「まずは状況生理だ。授業中にいくつかの可能性を考えた」

そう言うと相棒はノートを取りだし、俺に数学や物理を教える時のように説明し始めた。


「まず、これがお前の夢ではなく現実だというのは確実だ。だが元々お前のいた世界の二年前である可能性と、パラレルワールドの可能性がある」


「多分普通に二年前だ。デジャヴも多いし、多分全部見た事がある。人間関係とか細かいところまでどうやら一致してるしな」


「その程度なら別世界であってもおかしくないだろ、まぁどの道これに関しては、どの世界線であっても問題は無いだろうが」


「そうだよな」

「問題なのはもう一つの可能性。昨日までお前がいた世界が一夜にして創り変えられた可能性だ。これに関しては、明らかに何者かの意思が介在する。まぁ時間旅行したのであっても人為的な可能性はあるが、大切なのはそこだ。誰かが意図的にお前をこの世界に送り込んだのなら、救いようがある」


「確かに自然現象じゃ太刀打ちできないわな。とりま大きく分ければ、タイムスリップしたか世界が創り変えられたかだな」


「まぁもう一つだけ、可能性というか、似たような説があるが、これに関しては自然現象よりタチが悪い」


「なんだよ、教えろよ」

「人類五分前仮説みたいなもんだ。タイムスリップしてなくてもだが、否定できないから常にこの可能性が付きまとう。世界改変でなく、この世界自体が何者かによって創り出された物だとしたら、お前も俺も作り物を見させられている可能性がある。なんなら多分その場合、異変に気づけていない俺は、人格を持ったAIか何かだろう」


若干、気の所為かもしれないが、相棒の顔が暗く見えた。


「俺も似たようなの考えたけど、ラノベの読み過ぎだろうな」


「そうであって欲しいけどな」

そう言った相棒の顔は、やはり何処か自信なさげで暗く見えた。




とりあえず心当たりを探れと、相棒と店の前で別れた、のはいいが、心当たりってなんだよ。


「俺タイムスリップさせられるようなことしたか?」


そういえばさっき、優香から洗剤買って来いってLINE入ってたな。


駅前の複合施設にはスーパーも入っており、いつもそこで買い物をしていた。


本当に、懐かしいなあ









「あ、」





一瞬だけ思考がフリーズした後、凄まじい速度で、脳裏に記憶が蘇った。


当然といえば当然だがそりゃそうだよな、お前もいるよな。タイムスリップに驚きすぎて忘れていた、否、多分考えないようにしていた。そういえばそうだった、この日の俺は同じ景色を見た。見て同じように固まった。2回目でも固まるのかよ。最も、あの時は大量の疑問とか自己嫌悪とか様々な感情が駆け巡ったが、今はまた別のことで精一杯だってのに


知ってた事なのに、見た事のある景色なのに、意表をつかれた。


結衣……




忘れていた

もうここ数年、ろくなクリスマスを過ごしてないんだったな。

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