もう戻れない平成に

@Sakurai133

第1話 新時代

これは主観的な意見だと言われるかもしれないが、人間は後悔の中に生きる存在だと思う。あの時こうしていれば、それを選んでいなければと、考えてもどうしようもない事ばかりが頭に浮かぶ。俺は一体、何を見ているのだろうか、どこを向いているのだろうか、その自問への答えは未だ見つからない。



2020年12月24日木曜日


「ハァ」

ふと吐いてみた息は空気中の塵を核にして水滴となり、光を散乱させ白く見える。


特に用事があった訳でもない。だが1人家で憂鬱なニュースを聞いていていてはせっかくのクリスマスもつまらない。軽くお菓子とケーキを買いに出てきた帰りである。


街はどこもかしこもイルミネーションで飾られて、大きなツリーの下にはカップルが集う。


それなりに盛り上がりを見せてはいるが、やはり何処か澱んで見えるのは、俺が悪いのか世界が悪いのか。


もっとも、街に人が歩いていなかった5月頃と比べると、かなりマシにはなったのだが。


見ていて微笑ましい。皆マスクをしているが、それでも嬉しそうな子供の笑顔なんかは、見ているだけで癒される。


やっぱり、この世界は美しいな。そんな事実を、生きているとすぐに忘れてしまう。


さてと、帰るか


いぬいくん?」

後ろから急に声をかけられた。聞き覚えのある声だった。

日向ひなた?」

分からないという訳では無いのだが、見た目が変わっているので残り1%の確信が持てない。一応疑問形で聞いてみる。

「やっぱり乾くんだ!お久〜なにやってんの?」


日向だったらしい。やはり、女子というのは高校を卒業すると一気に変わる。分かってはいたが、今初めて実感する。


「買い物して帰るとこ、日向は?なにやってんの?」

「私もケーキ買いに来てたんだ」


最後にあったのは卒業式の日だったと思う。他愛もない会話を9ヶ月ぶりにかわす。




「んじゃ、またな」

「ねぇ乾くんはさ、平成に戻れるんなら戻りたい?」

10分程の会話を終えて、そろそろ帰ろうかとすると、最後に変な質問をされた。


「あ?いやまぁそりゃ、そうだな、今よりはマシだったと思うし、戻れるなら戻りたいな」


ネガティブ、と言うべきかどうか、変としか言えないが、気持ちは分かる。この時代になって、ろくな事がない。




ピンポーン

家に帰ってしばらくすると、馬鹿が1人尋ねてきた。

侑斗ゆうとじゅーす」

「自分でとれ阿呆」


瀧下 冬弥たきした とうや は、高校時代からの、まぁ腐れ縁だ。2人とも同じ大学に進学したせいで、一人暮らしを始めた俺のアパートまで押しかけてくる。

「ほれ、じゃがバタスナック買ってきたぞ」

「おぉ、あざす」


コロナ禍だというのに、呑気に人の部屋に入り浸りやがって。

「侑斗はどう思うよ、変異種。直ぐに渡航を禁じるべきだよな」


「厄介なもんだ。イギリスが最初といってるがそもそもシークエンスの数が違う。変異種ってのは塩基配列の複製時に起こる若干のバグだ。少しでも違えば変異種。世界中に闊歩しててもおかしくは無い。その細かな違いを見つけてんのがイギリス様だったってことだろ」


「ん?それってヤバくね、マジで鎖国すべき説あるか」

「まぁあるだろうけど、既に遅いだろ。世界中に広がってるさ、日本にも近いうち出るんじゃね」


「マジかよ」

「安心しろ。基本的には変異種っていってもそこまで違いはない。偶に感染力とか諸々違うやつが出てくるって話だ。それを見つけるための研究機関だ」


「はぁ、よく知ってんなそんなこと」

「知るか、殆どニュースの受け売りだ。もう少し世間に目を配れ」


「まぁ、とにかくなら大丈夫ってことか」

「あぁ、どっかのバカみたいに密室に遊びに来るやつが居ない限りな」


たかが、大学一年生の情報量だ。何も知らない無知と同じだ。本当は、不安だ。妄想の域かもしれないが、このままコロナが収束しなければ、一生マスクをして、なんの祭りもないつまらない世の中を生きていかなければならないのだろうか。コロナ以上に厄介なウイルスが、今後でてきたとしたら、人類は太刀打ち出来るのだろうか…なんて、誰かをさらに不安にさせるだけか


「いいだろ、俺ら2人ともオンラインで大学にすら行けてない哀れな実質ニートだぜ」


「ほんと、不幸中の幸いというか、中途半端な都会に出てきたおかげで、大都市圏ほど酷くはないがな」

「それな」

と、冬弥は笑いながら同意してきた。


明るい笑顔を見ると、心が落ち着く。どんな時代でも、傍にいようと離れていようと、笑い合える仲間がいる。そんなこともまた、ふとした瞬間に思い出す。


「そういえば、日向に会ったんだよ。あいつもこの街に来てたんだな」


少しでも明るい話題を、と思って、話題を変えてみる。


「ん?あぁ、2組の日向 美桜みお?お前謎に仲良かったもんなぁ」

「謎ってなんだ謎って」


「だってあの子、友達多くなかったろ」

「は?そんなことは無いだろ、普通のやつだったし友達も普通にいたぞ」


記憶の中の彼女は、常に笑っていて楽しげだ。同じクラスのやつや、先輩や後輩とも仲良く会話していた。


「そうなのか?あんまし関わりがないからさ」

「それはお前の交友関係が狭かったんだろ」


「いやそんなことねぇよ!じゃなくてさ、なんか変な噂があったんだよ」

「噂?」

「日向さん、魔女説!?みたいな」


「……馬鹿か」

「いや噂だって、俺に言うなし」

「いや馬鹿だろ、どういうことだよ訳分からん。大体そんな噂聞いたことないぞ」

「えぇ、結構有名だったんだけどなぁ」


噂というのだから、男関係か、裏では腹黒いとかそういう話かと思えば、もっと突拍子もないものだった。


そんなわけないだろ






冬弥が帰ったあと、机の上を片付けて、シャワーを浴びてベッドに横たわると、すぐに意識が薄れ始めた。


明日はクリスマスか……やけに今日は眠りにつくのが早いな。あれだけの行動で疲れたのだろうか、運動不足だな。


シャットダウンする瞬間、最後の最後にふと思い出した。日向の笑顔は、確かに稀に、妙に透き通っているというか、、魔女、か









ダヨ


イチャン


キテ


お兄ちゃん


声がする。久しぶりに聴く、妹の声


「お兄ちゃん、朝だってば、遅刻するよ!」


「おはよう優香、なにやってんの?」

眠い

「お兄ちゃんが起きてこないから起こしに来たの!早くご飯食べて!」


朝起きると、妹が俺の部屋まで起こしに来ていた。俺を起こすと優香はそそくさ部屋を出ていった。


あ?

「あ?」


なんで優香が居るんだ?どうやって俺の部屋に?あれ?ん?

「俺の部屋だ」


周囲を見渡すと、いや、天井を見ただけでわかる

知ってる天井だ


ここは、実家にある、俺の部屋だ。


夢か?

とりあえず部屋を出るか


パジャマ姿のまま、部屋を出て階段をおりると、母がいた。


「あら侑斗おはよう。お母さんもう行くから、あんたも学校遅れないようにね」


「あぁ、行ってらっしゃい」


現代家庭の定めだろうか。

両親共働きで、父は既に出勤済み。母も今こうして、大変忙しそうに家を出ていった。


俺も学校に行かなければ行けない?


いや、だからなんで実家にいるんだ、というか学校ってなんの?


リビングの方に行くと、制服姿の優香が居た。まぁさっきも制服姿だったのだが


「お兄ちゃん寝ぼけてる?」

「は?いや、分からん」

「ボケっとして変だよ?」


あれ

「なんで中学の制服着てんだ?」

「なんでって、今から学校だからでしょ。お兄ちゃんも早くご飯食べて着替えて高校行きなよ」

「高校?やっぱ夢か」

「はぁ?何言ってんの?お兄ちゃん?本当に寝ぼけてるでしょ、顔洗ってきなよ」



シャアアアアア


勢いよく蛇口から流れる水を顔にかける。

「冷ッ」

はぁ、目が覚めた。

が、未だ夢の中。という事は


ダッダッダッダッダッダ


急いでリビングへ戻る。

「優香!今日は何年何月何日!?」

「え!?どうしたのいきなり」

「いいから教えて」

「2018年12月25日だけど」


「にせん、じゅうはち……」



男子フリーでは、4年ぶりに復帰した


テレビに流れるニュースを、いちいち覚えてはいないが、アイススケートの会場に、マスクもしていない観客が詰め寄せるのは、どう考えてもおかしかった。

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