後編 おわりの朝

わたしは嫌われ者。


誰とも関わらないし、誰の肩も持たない。


耳を澄ませば陰口を叩かれ、指を差される。


別にわたしがどうなろうと構わない。


所詮わたしは要らない存在。


居ても居なくても構わない。


だけど、彼だけは。


彼だけは幸せになってほしい。


彼が生きてくれることがわたしの幸せ。


わたしの心がボロボロになったって、彼さえ居てくれれば幸せなんだ。


それだけで十分だから。


それ以上何も望まないから。



現実は残酷。


いつもの彼は、気弱で自己主張が少ない。


だから、いつもからかわれたり苛められたりする。


そんな日は、いつも彼のもとへと行った。


大丈夫、わたしがいるよ。


そんな安っぽい言葉でも、どうにか彼を支えたかった。


そう言うと、彼はいつも困ったように微笑んでいる。


決まっていつも「ありがとう」「僕は大丈夫だよ」と返してくる。


人は傷つきやすい生物。


だから、癒していかなきゃいけない。


わたしの大切な人が、明日も生きていけるように。


一緒に勉強して。


コーヒーを奢って。


連絡先を交換して。


カフェオレを奢られて。


明日になるまで電話して。


ドキドキするくらい近付いて。


花を渡して、渡されて。


白雪が舞う季節を、彼と一緒に歩いた。



彼が学校に来なくなった。


彼の元へ、問い詰めるように電話した。


彼は相変わらず、笑って誤魔化そうとする。


聞かない方がいいのかもしれない。


でも彼の心が普通じゃないのは、鈍感なわたしでも察することが出来た。


彼のいない学校はどうしようもなく退屈で。


彼のことが気になり過ぎて、頭が回らない。


そんな時間のループが、何十周も繰り返されては戻される。


ある日の朝、彼からのメッセージが届く。


「今までありがとう」


たった一文だけ、それだけなのに酷く悪寒がして。


紺青の空の下、格好悪い姿で彼のもとへ向かった。


鍵はかかっておらず、中に誰もいない。


彼の部屋を開けた途端、全てを理解した。


彼の首に巻き付けられた黒のコード。


生気のない眼球と、力のない四肢。


彼は首を吊って死んでいた。


理解なんてしたくなかった。


妄想の中に逃げてしまいたかった。


何度話しかけても返事はない。


馬鹿みたいに揺さぶって、冷たくなった身体を何度も叩く。


どうしよう、まだ伝えたいことがあるのに。


好きも愛してるも、何も言えてないのに。


彼は遠い世界へと逝ってしまった。


わたしは彼を救えなかった。


その後、彼の鞄から遺書が見つかったという話を聞いた。


中身は、自身が苛められていた事への悲痛と怨嗟。


家庭内で感じた孤独。


そして、わたしへの感謝。


あいつらが、彼を奪った。


誰も彼を救おうとしなかった。


わたしは彼を奪った人々を、彼を奪った世界を許さない。


人が、環境が、何もかもが、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い。


わたしは人間なんてとっくに辞めていた。


わたしは厄災そのものだった。



わたしは世界を壊すもの。


苛めていた者達を引き裂き、燃やし、大地に沈める。


―――わたしはもう、この怒りを抑えることなど出来なかった。


街が崩れ、校舎が砕け、ヒトが弾ける。


―――誰かの死も哀情も、所詮は他人事で済まされる世界。


川、陸、大空に広がる無数の亀裂。


―――この世界に存在する価値などない。


空が漆黒に染まり、大地は紅に埋もれる。


―――彼のいない世界なんて、死んでしまえ。


泣き叫ぶ声声声声声声声声声声。


彼の声が脳内を駆け巡る中で。


わたしは、この世界のすべてを破壊していた。



気付けば陽が訪れていて。


もう夜が明けようとしている。


血液1滴残らない、すべてが瓦礫と粉塵で満たされた世界。


川と海の区別が付かず、元々どこが陸だったのかさえ。


そんな風景が映る頃、ふと彼を思い出す。


彼といた時間のすべてが、わたしのすべてだった。


彼と初めてあった場所は、原型を留めていない。


仕方ない、この辺りにしよう。


わたしは瓦礫の中の小さな隙間に降りる。


そして、いつしか彼がくれた花を手に取る。


グチャグチャに壊れた世界の一部、そこに出来た僅かな安らぎの中で。


わたしは彼を想い、その場に花を置いた。


いつか彼に言おうとしていた言葉は、わたしの身体と共に、風に流れて逝った。




███君。


あなたのことが大好きです。


あなたを愛しています。


これからも、ずっと一緒に。

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わたしは厄災 MukuRo @kenzaki_shimon

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