わたしは厄災

MukuRo

前編 はじまりの味

わたしは厄災。


この世界を壊す存在。


こんな脆い世界なんて、1日で壊せる。


奪って、壊して、果てていく。


人が死んで、街が崩れて、暗闇に埋まる。


そんな光景が脳裏をよぎる、12月の午後。


冷たい空気と真白な雪が降りしきる日の、わたしの記憶のほんの一部だ。



世の中は結局のところ、上部だけが全て。


内面なんて見てやくれない。


どうせ心の中なんてみんな醜い。


綺麗な心なんて漫画の世界にしかありえない。


結局それが現実で。


それが全てだと思い込んで。


わたしはひとり、10代の冬を過ごす。


人気者って、みんな可愛い。


可愛いから人が寄ってくる。


可愛ければ、嫌なことも許される。


わたしは可愛い人じゃないから、許してなんてもらえない。


存在なんてしなくてもいい。


わたしはこの世にいらない女。


そんな思想に耽りながら、教室の隅で頬杖をつく。



それはある日の放課後だった。


たいしたことない、何気ない日のこと。


明日の課題に行き詰まってると、彼は唐突に話しかけてくれた。


おどおどしながら、丁寧に教えてくれる彼。


ただの気まぐれなのかと思った。


何か企んでるのかと疑った。


それでも彼の教える声は、どこか優しさがこもっていて。


気付けばわたしは教室で、課題をするようになった。


知らないうちに、彼を待つわたしがいた。



時は流れて、数週間後。


テスト期間が訪れて、過ぎ去りそうな日。


いつも通りの放課後に、彼と一緒に課題を終わす。


彼にお返しがしたいと思った。


学校近くの自販機に呼び、缶コーヒーを手渡した。


彼は「別にいいよ」と慌ててしまった。


わたしは彼にお礼がしたい。


謙遜なんて必要ない。


そう告げても、彼はおどおど、そわそわ。


じゃあ一緒に飲もうか?


そう言って、わたしは缶コーヒーをもう一本買った。


外は暗くて寒い午後六時。


苦くて甘いコーヒーの味。


それは白い息に混ざった声だ。


「もうテスト終わっちゃうけど、また一緒に勉強がしたいな」


彼は顔を赤らめて言った。


それを見つめていると、顔を逸らした。


わたしも思わず、自分の足へと視線を逸らす。


恥ずかしい気持ちが伝染したんだ。


彼と一緒に飲んだコーヒーの味。


暖かくて、安らぐ時間。


わたしはいつも通り、独りで帰る。


彼の声が脳裏に響く。


彼の笑顔が頭に登る。


彼のことで心がいっぱい。


憎悪も疑念も全て無くなる。


確信する。わたしは、彼に恋をした。


人が誰かを好きになるのは、莫大な時間と絶対的な理由が要るはずだった。


そんなの違う。


わたしはこの気持ちに至る条件も理論も説明出来ない。


そうか、わたしは何も知らなかった。


これが、恋に落ちるという感覚なのか。


君に心を奪われたわたし。


この感情こそが、始まりだった。



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