第22話 『独善的な愛の檻』

「今日は久しぶりに、体験型の説明にしよう。」


二人の顔が曇る。あれから何日も納屋に保管している物の説明を聞いているが、初日に見た怪獣の事が忘れられない。

イークはそれを察した様だった。


「大丈夫だ。今回も危ない事は何もない。むしろ、大事な事だ。特にお嬢ちゃんにはな。」


しっぽの先を、ひょいと美海に向けた。


「え、私?」


郁美が隣に立っている美海を見ると、驚いた顔をあしていた。

ポカンと口を開けたまま固まった美海を見て、郁美は思わず吹き出してしまった。


「例に漏れず、取りあえずやればわかる。お嬢ちゃん、目を瞑って利き手をこっちに向けてごらん。郁美はこっちで手を貸しておくれ。」


ペストは郁美の手の平に飛び移り、棚の前に行くように指示を出した。自分の身長よりも大きい戸を手で開け、中に入っている物を器用にしっぽの先に引っ掛けて取り上げた。

美海は言われた通りの姿勢で待っている。

再び美海の正面に移動して、顔をジッと見つめた。


「かわいそうに。」


郁美にも聞こえない声で呟いた。

しっぽを左上に掲げ、素早く斜めに振り下ろした。


「もういいぞ。目を開けて。」


美海が目を開けると、目の前に黒い檻があった。


「出て来な。」


檻の出入り口が開いており、美海はそこから外にでた。


「どんな気分だい?」


「何が変わったかわからないけど、今までと全然違う。凄く気持ちが楽になった。今の私は、私が何をしたいのか、完璧に理解する事が出来てる。」


美海の答えを聞いて、イークは満足気にうなずいた。

ただ一人、状況を全く理解出来ない郁美がほうけていた。


「ねえ、なんなの?」


黙りこんでいる二人に痺れを切らして、郁美が質問をした。


「郁美には見えないけどな、今美海の後ろには檻がある。これはな『独善的な愛の檻』だ。」


「私、こんな檻に入った覚えないんだけど、いつからあったの?」


美海が不安そうに聞く。


「生れた時からだな。これは、まぁ、だいたいの人は大なり小なり持っているんだ。ただ、美海の檻は余りにも大きすぎて、美海の行動に制限がかかってるから取っ払う事にしたんだ。」


「それで、その見えない檻があると、どんな問題があるの?」


郁美が檻があるであろう場所で、手を左右に振るが何かに触れる事は無かった。


「この檻はな、入っている人を守ろうとする、最高に優しいおりだ。入っている人にも周りの人にも見る事ができない。でも、入っている人の行動を著しく制限する。もちろん誰にも気付かれずにだ。例えば、入っている人が何か失敗する前に、それをしない様に仕向ける。欲しものがあっても、檻が本人にとって必要ないと判断した場合は、絶対に手に入れる事ができない。そして、本人が欲しくなくなるまで、目に入らない様にしちまうんだ。大体の人は12歳くらいで、檻の存在に気付かずに不便さだけを意識する様になる。で、自分の力で檻から抜け出す。しかし、残念な事にその時には、檻の考え方が体に染み込んでしまってるんだ。」


二人にとってイークの説明は中傷すぎて理解できないものだったが、イークもその事を理解している様だった。


「まぁ、お嬢ちゃん達も大きくなればわかるだろう。とりあえず、美海の檻は無くなったから、安心していつも通り生活していいぞ。」

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