第23話 夏休み

夏休みになったある日、郁美がおばあちゃんの家に遊びに行くのに、美海も一緒にと誘った。


郁美におばあちゃんの家は、電車で4時間くらい離れた所にあった。

その間乗り換えも数回あり、子供だけで行くには不安があったが、慣れているのか入念にした調べをしたのか、郁美は冷静に美海と純平を先導した。

一人でバスに乗った事もない美海は郁美が余りにも落ち着いているので感心した。


おばあちゃんの家の最寄りの駅に、おじいちゃんが車で迎えに来てくれた。

挨拶をする時、凄く緊張してガチガチになっている美海を見て、純平がクスリと笑ったのを、郁美がたしなめた。

駅から車で20分走り、ようやく家に着いた。

東京と聞いていので凄く都会を想像していたが、おばあちゃんの家は、美海の住んでいる町と同じくらい山の中にあり驚いた。

気温は35度あるはずなのに、家の周りは風邪通しが良いのか凄く涼しく感じられた。


夕食を済ませて、客間に敷いてくれた布団の上でトランプをしながら、明日からの予定を相談した。

おばあちゃんの家に行くと言っても、それ以上の予定は特に考えていなかった。


「取あえず、挨拶でもしたらいいんじゃないかな?」


純平が二人に提案した。


「何に挨拶するの?」


純平の言った事の意味がわからず、美海が聞き返す。


「気付いてないの?この山にもいるよ。僕と同じ様なのが。」


全く気が付かなかった。そもそも今二人が淳平と一緒に居ることが出来るのは、彼がそうしたいと考えたからであり、こちらからその意思のない者を見る事が出来るほどまだ成長していなかった。


翌朝、純平に案内されて二人は山の中を歩いていた。

獣道も無いような所を木々を分けながら歩くが、純平は迷う様子はなく、目的地が見えている様だった。

30分くらい歩いただろうか、1本の木の前で立ち止まった。


「ここだね。」


その木は、樹齢数百年もありそうな太い倒木のすぐ側から生えている、3mくらいの楠木だった。

倒木が朽ちて中心からボロボロになっているのに対して、楠はこれからどんどん大きく成長するであろう事が想像できる程、青々と葉を茂らせたいた。

2人が木を見上げていると、ゴリラの様な生き物が降ってきた。

それは、2人の前に立ち何をするわけでもなく、ただ視線を送り、立ちすくんでいた。

美海と郁美は、突然現れた異形の生物に恐怖こそ感じていないものの、その風貌に圧倒されていた。

ゴリラぼ様な生物は、2人の奥に立っている純平を見て、顔色を変えた。


「なんだお前、話せないのか。」


ゴリラはノシノシと近づき、頭を垂れる。その頭に右手を載せた。


「ありがとうございます。お恥ずかしい限りでございます。」


太いパイプの反対が分から、大人の男の人が話した様な、不明瞭な聞き取りづらく、それでいてとても響く声でゴリラが話した。


「まったくだ。図体ばかり中途半端に大きさを残して、頭の中が空っぽじゃ、一体何のために存在しているのかわからないぞ。」


「お恥ずかしながら、おっしゃる通りでございます。」


純平に侮辱されても、ゴリラは下手に出た合図ちを打つだけで、頭を下げたままだった。


「純平。そう言うの良くないよ。二人がどう言う関係なのか知らないけど、だめ。すぐにやめなさい。」


郁美が凛として純平の態度を注意する。


「お姉ちゃん達の価値観では、こう言う他者に対して傲慢な態度を誇示する事は、好ましく無いのかもしれないけど、僕らの場合こう言うのはハッキリさせておく事が大事なんだ。特に、こいつみたいに昔の威厳を忘れる事が出来ないまま、馬鹿に成り果ててしまった様なやつはね。な、そうだろ?」


純平が下を向き、地面に頭を埋め込ませているゴリラに同意を求める。

態度を改めない淳平に郁美が近づき、右手を掴みあげた。


「あなた達の理屈なんてどうでも良い。あなたは私の弟なの。これからも私と家族でいたいのなら、今すぐやめなさい。」


初めて見る郁美の苛立った態度に、美海は驚いた。

純平は一瞬郁美を。にらみ返すが、直ぐ諦めた様だった。


「わかったよ。今回はやめるよ。」


「違う。これからもだよ。いい、誰かに行った仕打ちは、いつか自分に返ってくるの。私はあなたがこのゴリラにしたみたいな事を、誰かにされるのを見たくない。」


「それも人間の価値観だよ。木から生まれたこいつは、地面に頭を付ける事なんて何も思っちゃいないよ。僕が見せつけたのは、僕の方が…。まぁ、でもそう言うのも大事なのかもしれないね。」


まだ言い返したい事が有るが、純平が根負けした様だった。

純平にとって郁美の存在がそこまで大きい事に、美海は驚いた。


「私は、この木より生れた物です。ただそれだけの物です。」


「こんにちは。少しの間お世話にもなります。よろしくお願いします。」

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