第21話 『起こらない明日の日記』

翌日二人が納屋に行くと、イークが迎えてくれた。


「今日も来たな、さっさと始めよう。時は金なりだ。」


昨日も思った事だが、イークの口調はあまり優しくない。話しの流れを読んでいる様だが、自分のペースに他人を合わせたがる性格みたいだ。


「今日はこれにしよう。左の棚の下から2つ目。右から13個目のを出してみろ。」


昨日と同じ様にしっぽで棚を指した。

美海が棚から小物を出す。

ハードカバーのお世辞にも汚い本だった。

国語辞典くらいの厚さはあるだろうか。表紙にはDDIARYと書かれていた。


「これはな、『起こらない明日の日記』だ。詳しい説明は、まぁ、取りあえず中を声に出して読んでみろ。」


二人が一緒に1ページ目をめくる。


『6月6日。朝から雨。今日はペンケースをなくした。お気に入りだったのに、どこでなくしちゃったんだろう。』


美海が声に出して読んだ。途端に郁美が美海の顔を狐に摘まれた様な顔で見た。


「じゃあ、郁美も読んでみろ。」


『6月6日。6月なのに雪が降った。給食の時間まではあんなに暑かったのに雪が降るなんてとても不思議だ。帰りのHRで先生が、先日の作文コンクールで県で銀賞に選ばれたとみんなの前で言う。今回の作文は自信があったけど、金賞を取れなかった。みんなの前で発表するのは恥ずかしい。やめて欲しい。』


「え、なんで同じページを読んだのに、中身が違うの?」


美海がイークに聞く。


「そういう日記なんだよ。これはな、読んだ人の明日以降の事が書かれている日記なんだ。」


ペスイークが相変わらず自信ありげにに答える。


「じゃあ、同じ日の日記なのに何で天気が違うの?そもそも私日記なんかつけてないよ?」


郁美がすかさず聞き返した。


「言っただろ、起こらない明日の日記なんだよ。」


「そんなの日記じゃないよ。嘘しか書いてない予言書なんて、落書きと一緒じゃない。」


郁美が強い口調で反論した。


「郁美ちゃんの日記よりも私の方が来てる事少ない。」


「それは、美海の方が郁美より面倒くさがりなんだろ。」


そう言われて、美海はハッとした。思い当たる節はある。途端に恥ずかしくなった。


「じゃあ、15年後の日記を読んでみろ。」


イークが二人に言うが、日記はどう見ても15年後まで書かれている厚さではなかった。

美海がパラパラとページをめくる。


「うそ、なんで。」


郁美が声を漏らした。美海がめくる日記は半分を過ぎた辺りから、それ以上後に進まない。進まないのに、ページはめくられ続けている。


「なにこれ、気持ち悪い。」


二人は明らかに不審がる顔をした。

そうして、15年後の6月6日のページまでめくった。


「6月6日。晴れ。今日も気度は7度。寒い。昔は夏になるのが楽しみだったのに、いつからこんなに憂うつになったのだろう。

今日も食事はさつまいもと、とうもろこしの団子と、薄いベーコンだけだった。お米と、本物のお肉が食べたい。支給があるだけまだましなのかもしれないが、耐えられない。」


「あ、私も同じ事が書かれてる。」


郁美が読んだ後に、美海が続ける。


「良かったな、15年後には美海も郁美と同じくらい文章が書けるようになってるじゃないか。


イークに少し褒められたような気がして、美海は嬉しくなった。


「美海ちゃん、喜んでる場合じゃないよ。なんか、書いてる事が凄く嫌な内容だし、明日の事はふたりとも違う事なのに、15年後は全く一緒なんて絶愛におかしいよ。」


「いい所に気がついたな。この日記に書かれている事は全て悪い事なんだ。しかも、先に行けば行くほど悪さ度合いが酷くなっていく。じゃあ、これが何の役に立つかだが、要はこの日記に書かれている事をしない様に気を付ければ良いのさ。美海明日ペンケースを無くさなければ良い。郁美は、金賞が取れなくて残念ではなく、銀を取れて嬉しいって考えれば良い。とは言っても、日記を読んだのは、明日と15年後だけだから、明日の行動だけ気をつければイイ。要は、起こらない日記なんだから、読まなければ良いんだ。」


「何だ、それなら安心だね。」


美海が安堵の表情をする。

一方、郁美は美海の様に楽観的に考える事が出来なかった。


「もし、日記に書いている事を毎日やったらどうなるの?」


「聞きたいか?」


イークが不敵に笑った。

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