第17話 雨の歌②
郁美は、今まで起こった事。そして、今日二人で歌の主を探し回った事をお姉さんに説明した。
説明を聞いて、お姉さんは直ぐに理由を理解した様だった。
「郁美ちゃん、それはね昔その水を飲んだ人の思い出よ。」
「どういう事?」
「人間の体ってね沢山の水でできているの。でもその水はずっと同じところにとどまって居るわけじゃないの。汗をかいたりトイレに行ったりして、体から出た水は世界中を旅しているのよ。」
お姉さんの説明に郁美は頷く。
「海にたどり着いた水が、太陽の熱で温められて、空に登って雲になる。そして、雨になり地面に降り注いで、今度は誰かの口に入るの。そういう事が何千年も繰り返されているの。人間が誕生する前からだと、何億年もよ。そして、大抵の場合は前にいた体の思い出なんて忘れちゃうんだけど、郁美ちゃんに歌いかけている水は覚えていたみたいね。」
郁美はテーブルの上にあるお茶のグラスを見つめる。このお茶も誰かの体だったのか。
「この歌を聞こえないようにするには、どうすればいいの?」
「歌が聞こえるのは困る?」
「うん。聞きたくもないBGMが気分と関係なく流れるのは、とても困る。」
寝不足で少し疲れた顔をして、郁美は答えた。
「わかった。じゃあ、次歌が聞こえた時に郁美ちゃんから雨に話しかけてみてちょうだい。」
「そんなこと?」
てっきりお姉さんがなんとかしてくれると思っていたのに、お姉さんが教えてくれた方法は、郁美が迷惑している雨に歩み寄るというものだった。
「雨にお願いすれば良いのよ。何で私にだけ歌うんですか。やめてくださいって。」
そうして、しばらく、お姉さんの家でおやつを食べながら3人でお話ししていると、突然郁美が外を見た。
「聞こえる。」
お姉さんは、椅子から立ち上がり、ゆっくり郁美近づいた。
そして、そっと肩に手を置いた。
「大丈夫、やってみて。」
郁美は、縁側に行き外に向かって話しかけた。
「こんにちは、あなたは誰ですか、何で私に歌いかけるんですか。」
郁美見ている方向を、お姉さんと美海も見る。
「 」
声にならない声が聞こえるような気がした。
「こんにちは、あなたは誰ですか、何で私に歌いかけるんですか。」
もう一度郁美が話しかける。
すると、雨の粒が少しずつ集まって、少女の様な形になった。身長は郁美と同じくらいである。しかし、一目でそれが人では無いことが理解できた。
「私を見てくれてありがとう。答えてくれてありがとう。あなたなら、わかってくれるって知ってた。」
少女が消えそうな声を出した。
「すごく綺麗。」
美海が呟いた。
お世辞ではなく、心からの声だった。
少女は水色の肌と瞳をしていた。どんな湖よりも透明で濃い色をしており、後ろの壁が少しだけ透けて見えていた。
「あなたを見つけたんだから、もう郁美ちゃんの近くで歌うのはやめてくれる?」
お姉さんが話し掛けた。
少女がお姉さんの顔を黙って見つめている。
輪郭がぼやけて表情は分からなかった。
「二人は、今日はもう帰りなさい。私はこの子とお話があるから。」
お姉さんに促されて、美海と郁美は帰る事にした。
二人を見送った後、お姉さんがふり向いて少女に話しかけた。
「凄く久しぶり。ずっと会いたかった。」
ゆっくりと少女に近づき首に腕を回す。スライムに手を押し込んだ時の様に、少しづつくい込んで少女の体に腕が包まれた。
「ずっと傍にいたんだよ。でも昔みたいには上手くいかないね。」
「うん、あなたは私だから。自分で自分を見る事は出来ないから。ずっと存在を感じていたのに、見てあげる事が出来なかった。でも、あの子があなたを認識してくれたおかげで、こうして会えた。」
二人はとても穏やかな顔をしていた。
少女がお姉さんの顔だけを残して、全身を包みこんだ。
「また、一緒に居られるね。」
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