第16話 雨の歌①
6月の中旬になり、毎日の様に雨が降っていた。
郁美は近頃、雨が降る度に自分の身に起こる違和感に悩まされていた。
それは、どこからかともなく歌が聞こえてくるというものだった。
雨が降り始めると、外から歌声が聞こえるのだ。
その歌声は女の人のもので、楽しそうな時もあれば、悲しそうな時もあった。
はっきりは聞き取れないが、海外の歌でなぜか自分に向けて歌っているのだと感じた。
始めは気のせいかとも思ったが、そうではなかった。弟にその事を話しても聞こえないと言う。
あまり大勢の人に話して変な事を言っていると思われても嫌なので、誰にも言わず黙っていた。
しかし、日を追うごとに違和感は大きくなり、無視できなくなって行いた。
そんな郁美の顔を見て、美海が心配そうに話しかけてきた。
「大丈夫?最近元気ないね?」
「あんまり大丈夫じゃないかも。変な事言うんだけど,最近雨が降ると、外から歌が聞こえてきて。何を言っているのかも分からないし、気味が悪いの。美海ちゃんは聞こえない?」
美海は首を横に振った。しかし郁美の言った事を疑っている様子ではなかった。
その顔を見て郁美はほっとした。
「今もね、聴こえるんだ。窓の外から。」
二人は教室の窓から外を見た。
美海には薄暗い雲と雨の音だけが聞こえるだけだった。
「じゃあさ、今日の放課後どこから歌が聞こえるのか探しに行こうよ。」
美海は好奇心からか、楽しそうに行った。
「でも危ないかもしれないよ。」
一方や郁美は何もないところから声が聞こえている恐怖から、あまり気乗りする様子ではなかった。
「大丈夫、もしおばけだったら私には見えないから助けるよ。」
見えないのにどうやって助けてくれるというのだろう。と思いながらも、いつまでも放置するわけにも行かないと言う気持ちもあり、郁美もその提案を承諾した。
放課後、二人は傘をさしながら歩いていた。郁美が耳を済ませて歌の聞こえる方向を探り、指を指す。
1時間ほど歩いたが、結局歌声の主のところへたどり着く事が出来なかった。
歌声が大きくなるので近付いている事はわかったが、途端に別の方からも聞こえる様になり、徐々にそちらの声の方が大きくなっていく。
そんな事を数回繰り返していた。
気が付くと郁美の家の前にいた。
「私の家ここなんだけど、少し休憩しない?」
傘をさしているとはいえ、雨のせいでズボンが湿って気持ち悪かった美海は、郁美の提案を受けて、休憩する事にした。
「そういえば、郁美ちゃんの家に入るの初めてだね。」
学校やお姉さんの家ではいつも一緒なのに、それ以外の交友がなかったため、少し緊張していた。
郁美に続いて玄関に入ると、他人の家の香りがした。
靴を脱いで廊下を歩いていた郁美が急に立ち止まった。
「どうしたの?」
美海が郁美に声をかける。
「今までで一番大きな声が聞こえる。」
郁美は振り返らずに答えた。
正面の階段を見上げたまま動かない。
「上から聞こえる。」
美海は、郁美の手を取り先に階段を登った。
郁美は2階の左の部屋を指差す。
「ここ、私の部屋。」
二人は目配せをしてから、扉を開けた。
扉の中から白い光が出て、二人を包み込んだ。
目を開けると、お姉さんの家の前に立っていた。
雨が降っているのに、地面も二人の体も全く濡れていなかった。
「いらっしゃい。」
縁側からお姉さんが声をかけてきた。
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