第15話 友達の弟②
翌日の放課後、郁美はあきこの家に行った。
昨日、お姉さんから受けたアドバイスは、あきこに全て伝える事は出来なかった。
普通の小学生の女の子に伝えて、納得できる物では無いと判断したからだった。ただ、一つだけ、記憶に従って、普通に接する様にとだけ伝えた。
あきこが家のドアを開けると、玄関には男の子の靴が放り出されていた。
この時間は、パパもママもお仕事をしているので、家の中にいるのは、淳平君だけだった。
純平は居間で一人ゲームをしていた。
「おかえりなさい。と、いらっしゃい。郁美さん。」
淳平君が、振り返って挨拶をする。
「ゲームの前にカバン部屋に置かなきゃダメでしょ。」
あきこが、純平君を叱り付ける。まるで本当の兄弟のように。
純平は、はーい、と面倒くさそうに、でもお客さんの前では、良い子に振る舞おうとしている様に、カバンを持って、自室へ向かった。
「ちょっと待ってて。二人で話してくるから。」
そう伝えて、郁美が後を追う。
「純平君。」
開きっ放しの扉を、後ろ手で閉めながら声をかけた。
純平は、振り返って郁美の顔を見る。敵意は無さそうだが困った顔をしていた。
二人とも、相手の言葉を待っている様に、沈黙していた。
「話をしに来てくれたんじゃないの?」
先に口を開いたのは純平だった。
「私、あなたの事、小さい頃からずっと知ってる。でもね、あなたと会ったのは、今日が初めてよ。」
郁美は、努めて冷静でいようとしていた。
純平との、話の落とし所をどうするべきか、昨日から何回も考えてきた。どう切り出せば自分の思い通りに話を進められるか。
しかし、相手がどうしたいのかがわからない以上、いくらイメージしても、成功する未来が見えなかった。
郁美の出した結論は 、友好的に努めて冷静に振る舞う事だった。
「パパもママも、学校の友達も僕の事自然に覚えてくたんだよ。お姉ちゃんは、困ってるみたいだけど、時間が解決して、本当の家族になれると思うんだ。でも、お姉ちゃん以外にも、僕の事をちゃんと見てくれる人が現れるなんて、びっくりだよ。」
純平は少しおちゃらけた声で話します。しかし、口調とは裏腹に、牽制する様な視線が郁美にまっすぐ向けられている。
「私ね、あなたの正体を知り合いから聞いたの。あなたに悪気がない事も知ってる。あきこちゃんの家族になってしまった以上、私が何をしても、その事実を変える事は出来ないって知ってるよ。一つ教えて。なんであきこちゃんを選んだの?」
「僕に気が付いてくれたからだよ。初めて話しかけてくれたんだ。ある時気が付いたら、森の奥にある一番大きな木の根本に、僕はいたんだ。数千年も経って、人間の街に行っても、誰も僕に気がつかない。森の動物は僕が見えても、話にならない。ずっと一人だったんだ。」
数時間、家で留守番するだけでも淋しいのに、数千年の孤独とはどれだけ苦しいものなのだろうか。郁美には、想像する事も出来なかった。
「そんな時、僕の事を見える人間の女の子が現れた。初めて自分じゃない誰かと会話した。嬉しかった。だから、そんなの、家族になるしか無いじゃないか。お姉ちゃんだけ、前の記憶が残ってしまったけど、そんなお姉ちゃんだから、僕と知り合う事が出来たんだと思う。しょうがないよね。」
純平の意志がくったくない目的が伝わってくる。目の前に現れた希望を、どうあっても手放す事はないでだろう。
「私の家に来なさい。」
予想外の郁美の言葉に、純平が興味を示す。
「さっきも言ったけど、私はあなたが何者なのか知ってるわ。だから、あきこちゃんよりも受け容れてあげる。私だって、あなたの事を見えるんだから、問題ないでしょ?」
純平は迷う素振りもなくうなずいた。
二人は一緒に、階段を降りる。
「ごめんね、今日用事がある事忘れてたから、帰るね。」
郁美がリビングのソファーに座っているあきこに声をかける。
「残念、また遊びに来てね。淳平くんもまたね。」
笑顔で手を振るあきこに向けて、純平がペコリと会釈をした。
家に向かう二人の姿は、姉弟の様だった。
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