2月17日
二月最後の半月の日まで後一週間。
その日、俺と有馬先輩、そして宮城先輩の三人は放課後、文芸部の部室にいた。
「有馬先輩、大丈夫ですか?」
平日冬場の下校時間は午後七時。運動部が盛んな学校でもあるため、夏場は午後八時と更に遅い。
今から下校時刻までは三時間近くの余裕がある。
「……う、うん」
ぎこちない笑みと返事が返ってきたものの、反応が鈍い。
有馬先輩の顔色は明らかに悪く、窶れているように見える。
有馬先輩の心身が日々刻々と追い詰められているのは判っていた。だが前回の八日の上弦の月の日、運の悪いことに有馬先輩は40度の高熱を出した。流石にその状態で検証に行くのは精神的にも身体的にも
唯一の救いは、有馬先輩が高知とは違い、月に二度程しか起こらない怪異の『体験者』だったということだ。そうでなければ、もっと精神を蝕まれ、もしかすると生命の危険もあったかもしれない。
「……やっぱり今日も机に例の言葉があったよ……まぁ、そうでなくてもここのところずっと……頭の中でお兄ちゃんの声で同じ言葉が連呼されてるんだけど……」
苦笑して、有馬先輩は言う。
本音を言えば、この状況で長く学校にいたくはないだろう。しかし、話の内容的にファミレスとかで話すような事でもなく、現地である学校の方が半月の日に備えて準備出来るという事もあり、我慢してもらわなくてはならなかった。
「翔子、無理しないで」
買ってきてあったお茶を渡し、宮城先輩は弱っている有馬先輩を気遣う。
彼女はまるで介添人の様に、文芸部の他の人達を部室から帰したり、日中体調の悪い有馬先輩を保健室に連れていったりと、甲斐甲斐しく動いていた。
「それで?和希くん、七不思議について話があるってことだったけど?」
有馬先輩に代わり、宮城先輩が議長のように話を振る。偉そうな言い回しに聞こえるが、これが彼女のデフォルトだ。そんなつもりはないのだろう。その証拠に俺にもお茶を手渡してくれた。
「はい、ギリギリになってしまいすいません。不確定な事を伝えるのもどうかと思ったので……」
「何か解ったのね?」
先を促され、俺は頷くと、持ってきていた資料を机に拡げた。
「……これは?」
「これは、福寿の卒業生が卒業製作で当時の七不思議についてを纏めたレポートです」
それは、以前親父が言っていた歴史研究会の部活動の一環として書いたという卒業製作のレポートのコピーだった。
先日、卒業アルバムを倉庫部屋から見付けた際に一緒に仕舞ってあったものを借りたのだ。
全二十頁にもわたるそのレポートは、七不思議を蒐集するだけでなく、歴史的背景から考えたその怪談の発生理由やその話が起こったとされる時代の学校の状況等が綴られていた。
幾ら卒業間近とは言え、高校生らしからぬ詳細なレポートは、考古学者などという稀有な職業に就いた親父らしいものだった。
その中から、今回関係有りそうな箇所を抜粋し、コピーしてきたのだ。
「今と大分違うのね」
「……あっ、でも……これとか……今でもある……」
資料を覗き込み、頁を捲りながら、二人は何とも言えない表情で呟く。
そこに書かれている七不思議は、『校庭で踊る魂』『血塗れピアノ』『逃走劇の結末』『格技室の不良番長』『裏切られたヒロイン』『妖怪びっちょぐっちょ』という六タイトル。そして七つ目は欠番となっている。
この学校全体を巻き込む呪いがいつ、どうして作られたかはまだ判らないが、生徒がルールに従って語り継ぐことで七不思議に纏わる情報が生まれ、福寿には本物の怪異、七不思議が存在するという呪いがかけられているのだ。
これは父さんとの会話から分かったことだった。
しかし口伝は不確かなもの。そのために、三年に一度選ばれる『記録者』と『体験者』とがこの呪いをより強固なものとする。
二人に伝えなくてもいい話を省き、俺は話を続ける。
「これらのルールを守るために、福寿にはやたらに七不思議の話とされる怪談話があちらこちらで話されてるわけですが、七つしかないはずの怪談がその倍以上の数存在する理由は、時代によって同じ話が変わってしまったからなんです」
そう言って、俺は資料を指で示した。
「例えば、この『格技室の不良番長』という話。これは、今も話されている『得られなかった優勝旗』という話と共通点が多い」
「確かにそうね、格技室っていうところは勿論だけど、闘いを挑んでくるとか、強くて勝てないとか、設定は違うけど、共通してるとも言えなくはない」
「はい。多分、今の時世に不良番長って言葉が受け入れられないというか、理解し難いものだったから最近のニュースとかでもある、教師の体罰、扱きなんていう社会問題に変化したんだと思います」
例として示してはみたが、『格技室の不良番長』と『得られなかった優勝旗』はあまり共通点が多い話だとは言い難かった。
だが、今の本物の七不思議と資料にある七不思議の話の中でそのまま語り継がれているものは『逃走劇の結末』だけ。
二人がどこまで七不思議を理解、把握しているかは判らないが、話だけが変わっていて、場所や現象が同じものというのは、この『格技室の不良番長』だけだったのだ。
その他に、さっき有馬先輩が言った今も残っている二つの話、『校庭で踊る魂』というのと、『血塗れピアノ』というのがあるが、これは今の本物の七不思議には該当して来ない。
『校庭で踊る魂』は『格技室の不良番長』と同一の存在。
『血塗れピアノ』は、怪我による首吊りと病苦による屋上からの投身という点で話が変わってはいるものの、『体験者』が存在しない。
要するに、どちらも親父が誤って蒐集し記載してしまった偽物の七不思議なのだ。
宮城先輩が、解り難い『得られなかった優勝旗』と『格技室の不良番長』の共通点をちゃんと見出だしてくれたことにほっとしつつ、俺は話を先に進めた。
「次に、この話を見てください」
「……『裏切られたヒロイン』?」
「似た様な話を聞いたことありませんか?」
「……うん、えっと……『終わらない演目』だったかな?…………演劇部の子が理科室で誤って薬品を浴びて、主役をするはずだった舞台に出られず、今でも体育館の舞台でそれを演じ続けてる…………って話」
有馬先輩は辛そうながらも、以前見せてくれた七不思議の調査記録を纏めたノートを取り出し読み上げる。
「そうです。その話はさっきのと違って、七不思議の発生する場所が変わっているものの、今も話としては残っています。それにも理由があって……これを見て下さい」
二人が話についてこれているかを確認しつつ、俺は七不思議のレポートの横に更に二枚、新たな資料を並べた。
それは、十月頃に繭に見付けてもらった過去の福寿祭のパンフレットを基に書き出した、建て替え前と現在の福寿の校舎見取り図だった。
「校舎の建て替え前、理科室はA棟二階にありました」
「……え?でも……今って理科実験室はB棟だよね?建て替えの時、B棟はリフォーム程度だったって話じゃなかった?」
「翔子、それはただ取り壊しを行ったかどうかという違いなだけよ。リフォーム程度って言われているからと言って、教室全てが同じ配置だったわけではないわ。そう言うことでしょ?和希くん」
「その通りです。俺も有馬先輩と一緒で、リフォーム程度だったと聞いて、教室の配置も全て一緒だったのだろうと思い込んでいました。でも、それだと建て替えてる間生徒は教室が足りないことになる」
「そうね、実際には工事中はB棟にメインの各教室を設けて、実技教科なんかは近隣の学校とかを借りていたんじゃないかしら?」
「多分、そうだと思います。建て替え前の福寿は学業メインの進学校でしたから、実技教科でなくても理科の実験なんかは直接受験に関係無いので行っていなかったかもしれません」
少し話がずれてしまっている事に気付き、俺は再度昔の見取り図の理科室の位置を指差した。
「……『裏切られたヒロイン』は、A棟にあった理科室が取り壊されて無くなったことで、怪談の発生場所が変わってしまった」
二人の顔を確認する。
宮城先輩は腕を組み思案気ではあるが変わらぬ頷きを返してくる。有馬先輩は先程出したノートに今思い付いたかのようにメモを取っていた。
「……更にもう一つ、これを見て下さい」
俺は一旦時間を見、まだ数分しか経っていないことを確認すると、今度はポケットから携帯を取り出した。
携帯のライトをオンにして、テーブルに置く。その上に二枚の見取り図を重ねて、被せるように置いた。
「……これって……」
「……え?どういうこと?ミヤちゃん?」
下からの光源によって二枚の見取り図の線は紙が透けて同時に浮かび上がる。
それを見、宮城先輩は驚いたように口元を押さえた。
メモをとり終え、一拍遅れてそれを見た有馬先輩のために説明を加える。
「ここを見て下さい。さっき言った建て替え前のA棟の理科室があった場所……」
「…………今は……運動施設の休憩所になってる?」
恐る恐るといった調子で、答え合わせをするように、有馬先輩は上目遣いにこちらをうかがう。
「そうです」
深く頷き、言葉と仕草で肯定を示した。
「運動施設……『水底の呼び声』ね」
その通り。理解が早くて助かる。
この見取り図は、福寿祭のパンフレットを基に俺がフリーハンドで描き写したものだ。多少線が歪んでいるところもあるが、比率や位置等はそれなりに正確に起こしたつもりだ。
また、パンフレットに無かった細かな教室の配置や通路なんかは後で描き足しておいた。
「『裏切られたヒロイン』は場所を移動し、新たに『終わらない演目』という話が生まれたと同時に、当初の場所でも『水底の呼び声』という話が生まれている」
「……要するに『格技室の不良番長』『得られなかった優勝旗』のように時代によって変質してしまった怪談と、『裏切られたヒロイン』『終わらない演目』『水底の呼び声』のように時代だけでなく建て替えによる場所の変更に伴って変わった怪談があるということ?」
「はい、これらが福寿で七つ以上の多くの怪談話が存在している要因だと思われます」
ここまでで二人に説明したことは、大体が四つ目の羽山の時までに解ったことが殆どだった。
それにもう一つ怪談が増えた理由として、一つの怪異が条件に当てはまらない時に移動している事によるというのも既に知っているがこれは伏せた。
「ん?ちょっと待って……だとすると……」
有馬先輩が掌をこちらに差し出し、話を止めて欲しい意を示すと、熱心に調査記録を記載したノートの頁をめくり始めた。
幾分が顔色が良くなってきていた。解らないということ、未知に対する恐怖が少し解消されたことで不安が和らいだのかもしれない。
口調や仕種も、彼女本来の積極的で愚直な雰囲気が戻っているように感じる。
「……佐川、格技室……羽山、プール……柳瀬、放送室……確か、学校から病院に運ばれた子達はそこにいたって前に教えてくれたよね?和希くん」
「はい」
「それなら……その場所に関係する七不思議は『得られなかった優勝旗』、『水底の呼び声』、それに『逃走劇の結末』……これって……」
独り言の様に呟く有馬先輩の瞳が灯が灯るように光った気がした。新たな発見に対する希望と、探求心によって。
ここからだ。
俺は気合いを入れるように、もう一度お茶を飲んだ。
「年末に電話で言いましたよね?七不思議の被害にあったと思われる人達には、名字の頭文字の母印が『あ』であるという共通点があるって……」
「うん。でも共通点はそれだけじゃなかった」
自分自身を取り戻すと同時に、急速に有馬先輩は話の真意に追い付いてきた。
「七不思議の被害者のもう一つの共通点は、七不思議の発生場所に深く関係がある人」
「ええ、間違いなく」
「……でも、そうすると七月に亡くなった高知くんはどうなるのかしら?七不思議とは無関係だっということ?」
「高知くんは直接七不思議の被害に遭う前に、亡くなっちゃったんだよ……。もう一つの本物の七不思議のせいで」
「どういうこと?」
「それぞれの七不思議とは別に皆に共通している七不思議……『呪いの机』……高知くんは今の私みたいに精神的に追い詰められて……七不思議の被害に遭う前に亡くなってしまった。そういうことだよね?和希くん」
被害者の中で唯一、七不思議のせいで生命まで失ってしまった高知。
有馬先輩は、現在同じ立場になり高知の辛さが解るのだろう。沈鬱な表情でそう言った。
俺は二人に気付かれないように大きく息を吸う。
「有馬先輩、それは多分違います」
そして、嘘を吐いた。
「……え?」
否定されるとは思わなかったのだろう。有馬先輩はポカンと口を開けている。
驚くのも無理はない。今までの話の流れも含め、事実高知が亡くなったのは有馬先輩が想像した通り『呪いの机』のせいなのだから。
勿論、その事実を知った上で俺は嘘を吐いた。嘘を吐くことが必要だった。
「俺は以前、本物の七不思議だと思っているのは五つだと言いましたよね?」
「……え?あ、うん……今まで話に出てきた『呪いの机』『得られなかった優勝旗』『水底の呼び声』、それと『逃走劇の結末』、あとは……」
「『悲恋の靴箱』です」
「……そ、そうだったね」
再度ノートの頁をめくり、有馬先輩は落着きを取り戻そうとする。
「けれど、今までの話に『悲恋の靴箱』は出てきていません。それにその資料にもない」
黙って話を聞いている宮城先輩へとチラリと視線をやる。
宮城先輩は黙って話を聞いている。真っ直ぐにこちらを見る目が嘘を見透かそうとしているのではないかと錯覚させられる。
「では何故俺がその話を本物としたのか……」
俺が今回二人に今まで解ったことを纏めて話そうと思ったのには訳がある。
それは、二人が今の福寿で俺の次に七不思議の真実に近い存在だからだ。
有馬先輩には杉浦のメモという切札がある。そのメモにどのような事が書かれているのか、直接見たことがないので分からない。
更に、宮城先輩の鋭さと聡明さ。
『記録者』である俺ですら、まだここまでしか解っていないというのに、二人は記憶の改竄を受け、実際の怪異を見ることもなく、状況証拠から『体験者』の特定を行い、本物の七不思議を見付けつつあった。
その上で、有馬先輩は『体験者』なのだ。
しかも、年度が終わるまでにあと数回しかない条件を指定された『体験者』だ。
何としても、次の半月の時に七不思議に遭遇してもらわないとならない。でないと、二人に俺が『記録者』であることが知られてしまうかもしれない。
「……それは、その話にも被害者がいるからです」
「それが高知くんということ?」
鋭く、宮城先輩から質問がくる。
内心、気付かれているんじゃないかとヒヤヒヤしている。
「半分正解です。高知は『悲恋の靴箱』のせいで亡くなった。けれど七不思議の『悲恋の靴箱』の被害者は別にいます」
「……ごめん、ちょっと良く解らない」
回りくどい言い回しに、有馬先輩は素直に音をあげた。
「解りました。…………有馬先輩、『悲恋の靴箱』の話を思い出してみてください」
促すと、言われた通りに有馬先輩はノートに書かれた『悲恋の靴箱』の話を小声で読み上げる。
「この話は、他の怪談と違ってあくまでも被害に遭うのは親しい人間という話なんです」
「……本当だ。手紙を入れられていた本人じゃなくて、親友が亡くなるって結末になってる……」
「そうです。七不思議の被害者は皆発生場所で見付かっています。でも、それなら高知は靴箱の前で発見されてなくちゃおかしいはずです」
「そこに辿り着く前に誤って転落して亡くなったという可能性は?」
「その可能性も否定出来ません。けれど、別に被害者がいて、高知は七不思議に沿って亡くなったと考えたほうが自然だと思います。それに、実際にいるんです。『悲恋の靴箱』の話通りに靴箱に手紙があった人物が……」
「それは……?」
「俺です」
「!?」
「えっ!?」
彼女達同様、俺にも時間がない。
有馬先輩で七不思議は六つ目。あと一つはまだ『体験者』が誰であるかも判らない。
だから、俺はこの期に二人に必要以上の情報を敢えて与えることにした。
それが、俺自身が『体験者』、彼女達の言う七不思議の被害者だと名乗ることだった。
敢えて『体験者』だと、有馬先輩と同じラインにたつことで『記録者』と言う被害に遭う人間と違う役割りの人間が存在することを隠す。
推理小説でよくある自分が襲われた振りをして犯人と気付かれないようにするのと一緒だ。
共通意識を持つことで、今後の疑いの目を避け、あわよくば例えどのように記憶が改竄されようと、彼女達の協力を引続き得られるようにする。
そうすることが最大の目的だった。
「どうやら、俺も柳瀬先輩同様記憶がなくなっていたようなんです。いや、正確には記憶が変わっていたと言ったほうがいいと思います」
「記憶が変わっていた?」
「はい。有馬先輩、以前検証に行った記録が無くなっていたって、言ってましたよね?」
「……あ……う、うん。十一月十三日の……」
「でも、そのノートには不自然な行間が空いているし、手帳のスケジュールにも検証という記載が残っていた。それって記憶が無くなったのではなく、変化したってことじゃないですか?」
宮城先輩が何か言おうと口を開きかける。
根拠の薄弱さ辺りを指摘するつもりじゃないかと思う。
「それに、柳瀬先輩。彼が病院に運ばれた日は文化祭の片付けで学校は休みだった。文化祭実行委員以外は登校していない。同日病院に運ばれた羽山は忘れ物を取りに行ったとのことでしたが、柳瀬先輩は何故休日の学校に行ったか、その理由を解らないと言っていませんでしたか?」
俺は、彼女が言葉を挟む余地を与えぬよう矢継ぎ早に重ねる。
「もしかしたら、柳瀬先輩もただ忘れ物を取りに行ったのかもしれない。でも、その時に偶然ボヤを見付けたっていうのはあまりにもタイミングが良すぎる。だからこそ彼は不審火を起こしたと疑われた」
「…………っ」
宮城先輩の口元が何かを飲み込む様に噛み締められる。
「まだあります。杉浦さんのメモ。そのメモには塗り潰されて読めないところがあった、と言ってましたよね?」
有馬先輩が頷く。
こうやって理詰めで話を展開すると、宮城先輩よりも有馬先輩のほうがすんなりと話を受け止める。有馬先輩のほうが純粋で、人を信用することに長けているからだろう。逆に宮城先輩は頭の回転が早い分、話の粗を探してしまう。俺の様に……。
「……それらを総合すると、七不思議の被害者やそれに関わった人間は、記憶が無くなるのではなく、記憶が変わっていると言うほうが正確なんじゃないかと思います」
「記憶って言う曖昧な部分だけが変わっていて、書き残したり、実際の行動や出来事は変わらないってこと?」
有馬先輩は、検証を纏めた厚みのあるノートを振り返るように初めの頁から見直しつつ、呟いた。
「そうじゃないかと思います」
この記憶の改竄については、俺もまだはっきりとは法則が解っていない。
『体験者』は怪異体験後の一週間後に。
『記録者』は学年が上がる際に。
そして、記憶が改竄されるのは当事者だけでなく関わった周囲の人間の記憶も。
判っているのはこれだけだ。
なので、もしかしたらこの記憶に関する話自体が有馬先輩が怪異を体験した後に他の事同様消えてしまうかもしれなかった。
だが、どこからどこまで改竄されるのかが判らないので、話しておくことにしたのだ。俺が過去に発した言葉と整合性をとるためにはここまでの話が必要だった。
「…………だとすると、和希くん。君はどんな記憶が変わっていると言うの?」
「高知との会話の記憶です。以前先輩達にも言った通り、俺は亡くなった高知から七不思議にまつわる相談を受けていて、にも関わらず彼を助けられなかった。だから、七不思議について調べ始めた」
二人の反応を見る。色々話したことで俺が言い続けていた「友人から相談を受けた」というこの話が仇になってしまっていた事には気付いていない。疑ってはいない。
俺が七不思議の被害者の振りをするためには、それを撤回しなくてはならなかった。そうでないと、俺が今も彼女達に隠し事をしている事に気付かれかねない。
だからこそ、記憶の改竄何て言う『記録者』だけが知り得る危うい情報まで彼女達に話さなくてはならなかった。
「……そして、俺は今まで……いや、今でも高知から相談を受けた七不思議の話は『悲恋の靴箱』だと記憶している……けれど、多分その記憶は間違っていて、もしかすると俺のほうが高知に相談をしたのかもしれない」
「自分が『悲恋の靴箱』の話の様に靴箱に何度も手紙を入れられていたから?」
わざとらしく俺は俯き、頷く。
「だったら何で今まで言ってくれなかったの?変な手紙が靴箱にあったって……」
「記憶が変わってるなんて……思いもよらなかったからです。変な手紙と言っても、何も書かれていなかったし、直ぐに棄てていました。それに手紙は朝一に靴箱に入っていた。まさかそんな真っ昼間から七不思議に遭遇しているなんて思わないじゃないですか……だから、唯の悪戯だと思っていた……」
「……そっか。そうだよね……」
あの手紙の中身は、手紙が入っていたことを知っている龍臣にも羽山にも見られていない。そこに何て書かれていたかは俺しか知らない。
それに、高知と俺が実際仲が良かったかなんて今からでは確かめようがない。本当は『悲恋の靴箱』の被害に遭ったのは親父だが、七不思議の話が親友が亡くなったという話である以上、怪我をした親父よりも高知のほうが説得力があるだろう。
「でも、よくよく考えると今までの被害者を学校で見付けた時も、どうしてそこに人がいることが解ったのかその理由を覚えていない……」
「確かにそうね……学校内と言っても広いわ。例え調べていたからと言って、ピンポイントで君が発見出来たというのも少しおかしいとは思っていたの」
申し訳無さそうな素振りを見せつつ、心の中でやはりと思う。
自分達だって三年間調べていたのに、あまりにも都合良く俺が被害者を見付けていることに少なからず不自然さを感じているだろうと思っていた。
「それも多分俺の記憶が変わっていたからだと思います。もしかしたら、その時の俺はそれぞれの被害者から、今の有馬先輩のように机に書かれていたことなんかを聞いていたのかもしれません」
「……そう、そういう事だったのね」
ちゃんと予定通りに、全ての辻褄が合ったようだった。
時計を見ると、下校時刻までは後一時間をきっていた。
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