第死夜

7月7日

 七夕。幼い頃は短冊に願いを書いて笹へと吊るし、その晩が晴れて織姫と彦星が年に一度の逢瀬を叶えられることを願ったものだが、高校生にもなるとその日の晩の夕食が行事食である素麺になる程度のものでしかない。

 週の半ばのその日、午前中の授業を終え、昼休みを過ごしていると突然校内放送が流れた。


「ふが?なんだぁ?」


 既に食堂で食事を終えた俺は、龍臣と二人、教室で余暇を過ごしていた。

 龍臣は、食後のデザートとか訳の分からない理屈を付けて、ヤキソバパンを頬張っていた。

 教室では、放送部が映像放送で、少し前に行われた野球部の春の大会の録画を放送していて、テレビの前には数名の生徒が集まっている。

 他にも、俺達同様適当な席で話し込む連中で賑わっていた。

 そんな中での、職員室からの緊急放送。

 入学以来初めての事というのもあって、スピーカーから流れてくる少しこもった教師の声に、皆虚を突かれたような表情をしていた。


『全校生徒の皆さんにお知らせ致します』


 後れ馳せながら、映像放送がブチりと切られる。

 丁度、福寿の野球部がヒットを打って走り出したところで、画面が暗転した。


『午後から、緊急全校集会を体育館にて行います。生徒の皆さんは、昼休み終了後、一度教室前に集合して下さい』


 淡々とした声で、同じ文句が二度繰り返される。

 一度目で放送内容を把握した生徒達は、何事だ、とざわめき始める。


『尚、午後の五、六限目の授業については、後日代替え日を設けます。放課後の部活動は通常通り、各部の判断にて行って下さい』


 ザワザワとした室内に捩じ込むように放送が付け加えられる。

 もう皆自分達の話に注意がいってしまっていて、殆ど聞いていない様子だった。


「んぐ……いきなし全校集会なんて何だろうな?」


 口一杯に詰め込んでいたパンをなんとか飲み込んで、周りに遅れて龍臣が疑問を口にする。


「さぁ?」


 確かに、今の放送内容では何故全校生徒を集めなくてはならないのかが説明されていない。

 それに、今は一学期末試験目前の時期。

 授業を潰してまで行うのだから、余程の理由があるのだろう。

 始業の鐘が鳴り、俺を含めた生徒達は一様に頚を捻りながら、指示された通りに教室前に集合した。

 体育館に生徒全員が集うのは初だった。

 本来の初は数週間後の終業式の予定だったので、予定より早まったという事になる。

 慣れた調子でどこか呑気な顔をしている三年。

 間に挟まれ、右左と忙しく雑談を交わす二年。

 そして、訳がわからす落ち着かない俺達一年。

 皆、それぞれ態度が随分違う。

 各クラスの点呼を確認した担任教師達が、脇にズラリと並ぶ教師陣の列へと加わった。

 これで、本当に現在校内にいる全ての人間がここに集まっているという事になる。


「静かに!……では、緊急全校集会を始める」


 生徒指導主任の教師がスタンドマイクの前に立ち、全員が揃った事を確認しそう言う。

 怒声に近い強い声音に、ざわめきがピタリと収まった。

 静かになった生徒達を見回し、生徒指導主任は満足気に頷き、一歩退がる。

 代わりに校長が壇上へ。


「え~、ゴホン……」


 校長はゆっくりと壇上へと上がると、わざとらしく一つ咳払いした。


「今日は皆さんに悲しいお知らせがあります。一年D組の高知隆太(リュウタ)くんが亡くなられました」


 静まっていた体育館の中が、その一言で再びざわめきたつ。

 俺も周囲と同様、驚きを隠せなかった。


「高知くんは、少し前から体調を崩されお休みしていたのですが、本日亡くなられた、とご両親から連絡がありました」


 校長は、いまいち感情の読めない口調で、淡々と話を続けている。

 しかし、好奇やら動揺やらでざわめき始めた生徒達はもう殆ど話を聞いていない。

 でも、他の教師陣ももう騒ぐ生徒をたしなめようとはしなかった。


「本当に悲しい出来事です……しかしながら、皆さんは期末試験を間近に控えた大切な時期ということもあり…………」


 校長の話は続いている。


「なぁ?高知、自殺らしいぜ?」

「え?そうなの??」

「なんか、見たヤツがいるらしい」

「見たって……自殺の瞬間を?」

「いや、今朝警察が高知の家にすっげぇ来てたらしくて……」


 ざわめきに紛れ、そんな会話が聞こえてきた。


「なぁ龍臣……」


「ん?」


「高知って……ずっと休んでたか?」


「……うん。先月の末くらいから、来てなかった」


 顔は前へ向けたまま隣の龍臣へと訊ねると、茫然とした調子で返答が返ってきた。

 思い出されるのは、放課後の教室でたった独りで席につき、じっと机を見つめる高知の姿。

 相当思い悩んでいるのは明らかだった。

 言動は、精神に負担をかけすぎておかしくなっているようにも思えた。

 あの時、もう少し何かかけてやれる言葉があれば結果は違っていたのではないかと悔やまれる。

 内容が内容だっただけに、軽視してしまった気がする。


「……現在、高知くんの事故について警察の方が調べて下さっています」


 校長は、ひとしきり悔やみの言葉を述べた後、途端に元の淡々とした口調へと戻りそう言った。

 わざわざ『事故』と言う言葉を強調して。


「場合によっては警察の方が君達に話を聞く事があるかもしれませんが……その際には、我が校の生徒として恥ずかしくない節度ある対応をするよう、くれぐれもお願いします」


 ようやく、何故全校集会が行われたのか合点がいった。

 学校側は高知の死を事故にしたいのだ。

 もしくは、自殺であったとしても学校に原因があるとはしたくないのだろう。

 例え、そこに苛めやら、体罰やらがあったとしても、あくまで自殺は個人の問題であったと世間に認知させたいのだ。

 一見冷たくも感じられるが、別に幻滅するような事もなかった。

 実に、名門らしいやり方だと思う。

 過去から現在に到るまで福寿において、苛めや体罰等が問題提議された事はない。

 単純に揉み消してきただけの事かもしれないが、自身の目で見る範囲でも、周囲から聞く話でも聞いた事がない。

 寧ろ、他の学校に比べて生徒達が勉強やら運動やらの目的をもって学校生活を送っている分、福寿はそういった問題から縁遠い。

 また、体罰なんかも、過去にはそういった熱血漢がいてもおかしくはないが、今は設備が下手なトレーニング施設よりも整っているので起こりにくい。

 但し、波に乗り遅れた者に対しては厳しいのが福寿のやり方だ。

 文武において少しでも遅れを取れば、簡単に切り捨てられる。

 取り残されて置いていかれるとか、無理矢理押し上げられる事はない。

 ただ単純に切り捨てられるのだ。


「なぁ、心?高知自殺なのかな……」


「分からない」


 龍臣から投げ掛けられた問に、俺は答えを持ち合わせてはいなかった。

 もし本当に自殺なのだとしたら、高知は何故命を絶つ道を選んだのだろうか……?


「……午前零時……体育館……格技室……」


 誰にも届かぬほど小さな声で、高知が言っていたその言葉の断片を俺は繰り返した。

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