4月26日
すぐ目の前に連休が迫ってきていた。
当初は新しい環境に右往左往していた俺にも、やっと心の余裕が出てきた。
校内で道に迷うことも無くなったし、教師の授業スタイルも大分把握出来た。
クラスメイト達も同様に、部活の先輩やコースで会う他クラスの同級生も含めて、新たな人間関係を構成し始めている。
「お!和希!」
「ん?」
昼休みがあと数分で終わるという頃。
学食で食事を終え教室へと戻ると、クラスの男女が数人、教室の端に集まっていた。
「あれ?大島は?」
「龍臣は部活の先輩に捕まってた」
「あぁ、そう」
男が四人、女が二人。
彼等は、教室で昼食を摂り、そのまま話し込んでいたようだった。
次の授業が移動の必要性もないので、だらだらとやっているのだろう。
周りの連中も、本を読んだり、話をしたり、放送部が行っている映像放送を眺めたり、と自由に過ごしている。
「で?何の話だっけ……?」
手近な椅子へ俺が収まった事を確認すると、会話が再開する。
「だぁかぁらぁ~、七不思議の話!」
窓側の女生徒が口を尖らせ言う。
本人は可愛いと思っての意識的な表情のようだがちょっと媚び過ぎているように感じる。
「七不思議って……古くないっスか?」
先程から同じやりとりを何度か行った後なのだろう、からかうように俺の隣の男子生徒が返す。
からかわれた事で、話題を提供した女生徒は、口を尖らせたまま頬を膨らました。
「いや、これ結構マジなんだって!!」
すると、不貞腐れた彼女をフォローするように、もう一人の女生徒が口を挟んだ。
入学直後のコース分けで、俺はなんとか三科目全て特進コースに入る事が出来た。
実を言えば、謙遜でもなんでもなく数学に関しては本当にギリギリで、なんとか滑り込めた感じだった。
元々俺は頭が良い訳では決してない。
福寿に入学する為に中二から猛勉強を始めただけの、にわか秀才に過ぎない。下手に入試で好成績を出し、総代なんて務めてしまったもんだから、周りはそうは見てくれない。
そのため、なんとか成績維持しようと、毎日変わらず勉強時間を設け自宅学習を続けている。
特進コースにいる連中は、当たり前のように一般入試の面々だったが、皆日々必死で、やたらに目の敵にしてくる。
切磋琢磨と言えば聞こえはいいが、競争心が必要以上に強すぎて、常に牽制しあっていて、一緒にいると息が詰まる。
その点、クラスの連中は推薦で入った人間が多く、気兼ねなく声をかけてくれるので、非常に助かっていた。
「その机を間違えて使ってしまうと……」
「使ってしまうと?」
「いじめられて死んでしまった男子生徒に連れてかれちゃうんだって!」
ひそめるようにしていた声音をわざと強め、その娘は話を終えた。
「…………」
「……ナニそれ?」
聴き手に回っていた男子生徒達の反応はそれぞれで、呆れる者もいれば、好機の目を向ける者も、鼻で笑う者もいた。
「何って、七不思議の一つ、呪いの机って話!」
揚々と話を終えた彼女は、さっきまで馬鹿にされて膨れていたと言うのに、何故か今は話せた事に満足したように、自信満々だった。
「そもそもさ、その虐められた奴って、何年前に死んだのよ?」
自然と話の進行役のようになっていた男子生徒がこきおろしを始める。
問いに答えたのは、語り部をしていた彼女ではなく、騎士のように彼女の横に控えるもう一人の女子生徒だった。
「十年前って言ってたかな…………学校が建て替えされる前」
「っつー事は、俺達が小学生ん時って事だろ?俺地元だけど、福寿の生徒が自殺したなんて話知らねぇぞ?」
「そりゃそうでしょ?人死にが出たなんてなれば、学校の名前に傷がつくんだから」
「っにしたって、虐めを苦に自殺なんてなったら、どっかしらのメディアが取り上げるっしょ?」
突如始まった討論は、段々と白熱していく。
しかしその時、割り込むように別の人間が口を開いた。
「あのさっ……!」
高知は、七不思議の話が始まってからというもの、ずっと押し黙り、話を聞いていた。
口論していた二人も、突然横から堰を切ったように話し出した高知に思わず目を向けて閉口してしまっていた。
「……あのさ、今の話って……」
高知は、一斉に視線を向けられた事で少したじろいだ。意を決して口を開いた言葉が、自分で思っていたよりも切羽詰まった声になってしまったのだろう。驚いたような顔をしていた。
「呪われた奴はさ、もうどうしようもないの?」
高知はそれでも引き下がらず、おずおずと話し続けた。
「はぁぁ?」
「何!?高知呪いの机見たの?」
たった今まで言い争っていた二人は、正反対の反応を示す。
「いやっ、違うよ!たださ、七不思議って今みたいな話多いだろ?」
詰め寄られ、高知は慌て首を振って否定した。
「見た奴は死ぬとか、呪われるとかさ。でもそんなんで人が死んでたらすっごい死者が出てる事になっちゃうじゃん」
高知は目の前の二人を押し留めながら続けた。
否定派の男子生徒は味方を見つけたとばかりに頷き、肯定派の女子生徒は逆に興味を失ったように椅子へと腰を沈めた。
「だからさ、そういうのって、『こうすれば逃れられる』みたいな話がセットであったりするんじゃないかなって……」
高知の問いに答えたのは、始めに『呪いの机』の怪談話をした彼女だった。
「んー、確か、本当の七不思議を四つ見付ける……だったかな、そうすればいいらしいよ」
彼女は、興味無さげに髪をいじりながら適当に答えた。
「へぇぇ~」
高知は合わせるように、応答する。
そこで、始業を告げるチャイムが鳴った。
反射的に、特に誰かが何かを言うわけでもなく、自然に皆席を立つ。
今までの話が無かった事のように、素知らぬ顔をして、自席へと踵を返す。
俺も同じように、使用していた椅子を元の位置へと戻し、立ち上がった。
だが、なんとなくモヤモヤするようなそんな気分が拭えない。
たった今繰り広げられた七不思議の話。
俺自身が超常現象を信じるかどうかは別として、どうにも腑に落ちない。
話の内容、『呪いの机』に関しては、どうでもいい。
本当によくある、ありがちな学校の怪談話だ。
だが、始めに話を持ち出した女子生徒の、話す前と後の態度の変化はなんなんだ?
もう一人の女子にしたって、肯定している割に、七不思議の他の話をどうして持ち出してこない?
そして、高知の不審な挙動と発言……
皆何か他の思惑をもって、口先だけで話しているような……そんな違和感があった。
自分の席へと腰を下ろそうとする間際、ふと目があった。
彼は、先程の会話の輪の中にいて、俺と同じように殆ど言葉を発せずにいた奴だ。
彼は俺の目を見つめたまま小さく小首を傾げる。
どうやら彼も拭えない違和感を感じていたようだった。
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