4月15日

 入学してからの一週間は、学校に馴れるなんて余裕はなく、怒涛のように過ぎていった。

 入学式の翌日から、新入生は一斉に主要三科目の実力テストを受けさせられた。

 これは、現在の学力によってコース分けを行い、コース毎に授業を受けさせるためだ。

 学校の特性上、推薦入学者と一般入学者で学力の幅がある。

 その幅を埋め、文武両道の名門を誇示するために制定されたカリキュラムがこのコース分けなのだ。


「心、おはよ~」


 朝、校門のアーチを潜ろうとしたところで龍臣に会った。

 龍臣は朝に弱いのか、まだ半ば眠っているような顔をしている。


「おはよう。お前、朝練は?」


「んー、うちは来週から……」


 質問に回答しながらも、思いっきり欠伸をしている。

 朝練が始まれば、もっと早くに登校を余儀なくされるだろうに、大丈夫なのだろうか。

 スポーツ推薦で入学した奴等は、当たり前の事として自分の専攻する運動部へ、既に入部している。彼等は、今後の三年間、クラスメイトよりも長い時間を部員達と過ごすことになる。


「あ゛ー、学校憂鬱だわー」

「もうかよ?」


「そりゃそーでしょー、だって今日実力テストの結果出んだから」


「推薦組は別に気にする事無いだろ?進級出来ないわけじゃないんだし」


「あー、そう言う事言っちゃう?結構凹むもんよ?自分が馬鹿だと突き付けられんのは」


 そう言って、龍臣は周囲を示す。

 見れば、確かに周囲を歩く生徒達の足取りは一様に重い。

 この時間に登校しているのは、殆どがまだ朝練のない新入生か一般入学の生徒達だろう。

 ニ、三年も新入生同様、前年度末の期末の結果を元に本日コース分け発表がされる。だからなのか、皆の表情は暗く、俯きがちだった。


「心はいいよねー、特進コース決定でしょ?」


「そんなんわかんねぇよ」


「大丈夫でしょ?なんせ総代を務めたんですから」


 仕返しとばかりに、嫌味っぽく龍臣は言う。


「あのなぁ……入試の成績なんて入学してからはなんの足しにもなんないんだっつーの」


 実際、先日の実力テストでも、いくら中学三年間の復習とは言え、解らない問題があった。勿論事前に勉強したが、それでも国語、数学、英語の三科目全てが特進コースに入れるかは自信がない。

 推薦組に比べ、一般組にとってコース分けは死活問題だ。

 特進、上級、中級、初級、平常の五コースに分けられるのだが、一般組で初級コース以下に位置すると、進級が危ぶまれる。

 酷い場合、早々に転校を勧められるなんて事もあるらしい。

 最近は殆どの学校が出席日数を満たしていれば、留年て事にはならないらしいが、そのあたり福寿はシビアだ。


「でもさー、確実に心とは別コースだもんなー」


 人の話を聞いているのか、龍臣はまだぐちぐちとぼやいている。


「人見知りの俺的には辛いぜー」


「阿呆。お前が人見知りなら世界中が引きこもりだ……ん?」


 下らない冗談を垂れる龍臣に軽口を返しつつ、靴箱を開いた時だった。

 スチール制の靴箱の蓋が開いた風圧で、何かがヒラリと舞った。

 白く薄いそれは、桜の花弁が迷い込んだかのように見えた。

 しかし、花弁にしてはやけに大きい。それに、今はもう四月も半ば。桜はとうに枯れている。

 見惚れられるだけの時間を要して、右へ左へと揺れながら、それは地面へと舞い降りた。

 半紙のような、指の長さ程の薄い紙片。

 所有物にこのような物があった覚えはない。

 ただのゴミかもしれない。

 でも間違うことなく俺の靴箱から出てきたのは確かだった。

 ならば、拾わないわけにもいかない。


「何々?もしかしてラブレターってやつ?」


 すぐ脇で上履きへと履き替えた龍臣が長い身を屈めるようにして覗き込んでくる。


「今時それは無いだろ?」


「じゃあ、果たし状?」


「もっと無い」


 安直でもあり、突飛でもある発想に、適当に返しつつ紙片を見る。

 すると確かにそこには文字が記されていた。

 だが、龍臣が言ったような長々とした文章ではない。

 たった数文字、



  『 次はアナタ


      あと42日 』



 ―――とだけが記されていた。


「……何これ?」


「さぁ……?」


 まったく意味が解らない。

 悪戯にしても、意図が読めない。

 勿論宛名も差出人もなく、そもそも俺に対して送られたのかも定かではない。

 紙片は溶けて消えてしまいそうな程薄く、掌が透けて見える程だ。にも関わらず、どうやって書いたのか、字は克明に刻まれている。

 ここまで正体不明だと、「悪戯だ」と笑いとばすことも出来なかった。

 何とも言えない薄気味悪さを感じさせ、ただやたらに42という数字が脳裏に木霊する。

 龍臣も興味が失せたのか、はたまた俺と同じように気味の悪さを感じているのか、それ以上何も言わなかった。

 俺は、記憶ごと破棄するように紙片を握り潰し、無かった事にするように、近くのゴミ箱へと放り込んだ。

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