第78話 錬金術師は性質が悪い
「まずはアイリスも気になってるだろう、ヴェネスティ侯爵への献上の件から報告しようか」
ランベルトさんは左肩のマントをよけて椅子に座る。
いつもの工房にダイニングテーブル。だけど……正装なのかな? 見慣れない騎士服姿の二人がかなり浮いている。帽子は取っているけど、マントも上着もそのままで、暑くないのかちょっと心配にもなってしまう。
……
「アイリス?」
「あ、はい! 献上の件ですね、お願いします!」
ガタッと椅子を揺らしてしまった。
だって、向かい側に座ったレッテリオさんが身を乗り出してきて顔を覗き込むから……! 距離間が近いのは相変わらずなんだけど、今日はちょっと、もう少し慣れるまで待ってほしい……!
最近キリっとした姿を見ていなかったからか、その恰好にどうにも慣れないのだ。
――私って、騎士さんの正装姿にこんなに弱かったの? 今まで見たことなんてなかったから知らなかった……!
「父……ヴェネスティ侯爵には『蜂蜜ダイス』『田舎風パンのサンドウィッチ』『野菜とチーズのキューブパン』、それから『薬草ビスコッティ』の四種を献上して、どれも驚いていたし気に入られてた。特に『キューブパン』が美味しいって気に入ってたよ」
「美味しかったって言ってくれたんですか……!」
「勿論。『薬草ビスコッティ』なんかは自分も欲しいけど、まずは迷宮探索隊で試用するように……だって。よろしく頼むよ、アイリス」
「はい!」
良かった! ふふ……美味しいって言ってもらえたのも嬉しいし、まずは迷宮探索隊で限定的に使ってもらうってことで侯爵の許可も出たし! これで一応は安心なのかな?
「それでだ。アイリスにも話がいったと思うけど、私の方から術師イリーナにも連絡を入れたんだ」
「ああ、ランベルトさんからだったんですね。あの、特許申請の件ですよね?」
「そう。それで……今日はその件も含めての会議があってね」
「会議……ですか? 先生に言われた特許申請の資料は作ってますけど……」
会議にかけられるような何かが必要なんだろうか? あ、その件を含めてってことは他にも何か?
「あ。今日納品する『携帯食セット』の報告も必要でしたよね!? えっと、お二人に説明するための予備は用意してあるんですけど……ああ、どうしよう、献上用のセットは作ってなかったです……!」
「チョコレート棒なら少しあったよねぇ~? ルルスス~」
「アイリス用と予備は五本あるにゃ。スープはもうにゃいけど、【ふしぎスライム容器】に他のもの入れて献上してもいいんにゃにゃい?」
さすが倉庫の管理をしてくれているルルススくん! そのくらいあれば献上も問題ないかな……?
「いや、会議はその件じゃないんだけど……」
「また新しいの作ったの? アイリス」
「え? あ、はい。ちょっと凄いのが出来たんですよ! ツィツィ工房さんにも協力してもらって――」
私は早速、用意していた『チョコレート棒』と『固形スープ』『ふしぎスライム容器入りのスープ』のお披露目と説明をした。合わせて、『各種パン』と『チョコレート棒』を入れた、沢山入る【ふしぎ袋】と、『薬草ビスコッティ』を入れた【
「――と、こんな感じです」
キュッと袋の口を閉じ、私の収納実演と説明も閉じた。
「……【ふしぎスライム容器】って……【
「アイリス……また凄いの作ってくれたね……。この固形スープもいいけど、そのまま食べれる【スライム容器】のスープ……! これ最高」
喜んでもらえるだろうと作った品々を前に、ランベルトさんは若干頭を抱え、レッテリオさんは「迷宮に何日潜ったままでいられるかな……」と呟き、ニヤリと悪い顔をしている。
「たいちょ~その半生果実もね~ぼくが作ったんだよぉ~!」
「へぇ。じゃあこれは『イグニスチョコ』だな」
「え~っ!? イグニスチョコ~! アイリス~聞いたぁ? これ、ぼくの名前つけようよ~!」
「うん、そうしよっか! チョコレート棒より全然いい!」
思わぬところで懸案事項が一つ減った。
イグニスが作った、イグニスも食べやすいコーティング済みのチョコレートだ。この名前だと、探索隊の騎士さんたち……みんな余計に喜んでくれそう。何故だかイグニス大人気だもんね……!
説明も完了し、初回納品分の『携帯食セット』は全てレッテリオさんの【ふしぎ鞄】の中へ。……あれだけの量をサラッと入れちゃうなんて、あの鞄の容量どうなってるんだろう? もしかしたら『収納式』じゃなくて『転送式』なのかもしれない?
「はぁ。アイリスとツィツィ工房がここまでやる……と言うか、やらかすとは思っていなかったなぁ」
「また報告追加だな。侯爵にはランベルトから上げれるだろう? 俺の方からは
「くふふ~。そういえばあの時のツーさんのやらかしも~面白かったよねぇ~!」
ふわふわ~っとイグニスが飛び、ランベルトさんとレッテリオさんが見下ろす【ふしぎスライム容器】に着地する。
「アイリスに『あなたが欲しい』って言って~キリってしてたよねぇ! くふふ~」
「えっ!?」
レッテリオさんがマントを揺らし、バッとこちらを振り向いた。
「イグニス! それ恥ずかしいから秘密!」
もう! あれはツィツィさんの言い方がおかしいから、それだけ聞いたら勘違いされちゃうし、説明したらしたで錬金術師のポンコツ具合を笑われてしまう案件だ。
「アイリス、それ……どういうこと?」
「えっと……」
レッテリオさんの優し気な垂れ目が若干細められ、窺われているようで、睨まれているようでもある。
「ツィツィ工房の主って……あれだろ? 実験好きなのめり込み型錬金術師……ああ、確かにこんな発想を見せられたら、ちょっと年が離れててもついプロポーズしちゃうのも分からなくもないか」
「分からにゃくもにゃいのにゃ!」
「くふふ~!」
「ちょっと!? イグニス、ルルススくんも!」
二人とも悪乗りして……! ランベルトさんも何か勘違いしたまま話しを――。
「アイリス。……返事はしたの?」
「は?」
ツカツカと大股で三歩。レッテリオさんが私に迫り寄る。
「返事はしましたけど、そうじゃなくて――」
「したんだ」
「はい。でもまずはイリーナ先生にもお伺いを立ててみないとって……」
「術師イリーナに? それって……前向きに検討――って、こと?」
「はぁ、まあ。既に色々相談もしてますし」
「色々相談……」
「だってこの【スライム容器】も【
「……ん?」
こてん、とレッテリオさんの首が横に倒された。
「ん? ……もしかしてレッテリオさん、まともに勘違いしてます!? だからアレはそういうんじゃなくって、『あなたの発想が欲しい』っていうことで、ツィツィさんってなんか言葉が足りないって言うか突っ走るタイプみたいで……!」
「は……?」
レッテリオさん眉間に深い皺が一瞬で刻まれた。そして後ろにいたランベルトさんが笑い出す。爆笑だ。どうして。
「……笑うな、ランベルト!」
「笑うだろ……ぷっ……」
「くふふ~レッくんも面白いねぇ~」
「来た時は今日は格好良いにゃ~って思ったんにゃけどにゃぁ……残念にゃ」
ルルススくん、そんな事を憧れのケットシーに言われたらレッテリオさん落ち込んじゃうから……!
「えっと……レッテリオさん、わ、私も言われた時はびっくりしたんですよ……?」
「びっくりして当然だよ。まったく……」
ツィツィは何考えてそんなこと口走ったんだ。そう溜息まじりに呟くレッテリオさんの頬が……ちょっと、赤い?
――ドキリ。
私の心臓が一鳴りした。
その途端、何だかよく分からないモノが私の中にグルグル渦巻いて、その正体を掴もうとしたんだけど寸でのところで掴めなかった。だって、何でか急に恥ずかしくなってきて、顔に熱が集まって行ってしまって、何かを考えるなんてできなくなってしまって――。
そんな顔を隠そうと俯けば、真正面のレッテリオさんは口元を押さえ「ハァ」ともう一度、溜息を吐く。そして目が合った。
「……錬金術師って
ちょっと困った様な顔でそんなことを言う、レッテリオさんの耳もまだ赤かった。
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