第77話 桜桃タルトと葡萄のフルーツサンドと『騎士』

「よーし、クリーム出来た……!」


 生クリームはイグニスのリクエストであるフルーツサンドと、タルトの飾りに使うだけなのでそんなに多くなくていい。うん、泡立てがちょっと疲れるから少しで助かった。


「にゃにゃ〜クリーム作りに遠心分離機……さすが錬金術師にゃね!」

「くふふ〜お料理なのにお薬作ってるみたいだねぇ〜」


「ふふっ、ホントだね!」


 そう。クリーム作りに役立ったのは、実験用の遠心分離機!

 牛乳から作れたはず……と思い、昨日『牛乳 クリーム』と【レシピ】で確認してみたら『搾りたての牛乳を一晩置き脂肪分を分離させ、その上澄みを掬って撹拌かくはんさせる』とあった。


 牧場からの牛乳が届くのは朝。レッテリオさんたちが来るのはその日の午後。このレシピではどう考えても間に合わない。それなら……と、私は錬金術工房ならではの器具を使って『脂肪分を分離』させ、時短でクリームを作ることにしたのだ。


 そして今は、分離させたを泡立て終えたところ。


「先生にバレたら怒られちゃうかな?」


 私は綺麗なツノの立ったクリームをペロリと舐めて味見する。うん、美味しい!


「大丈夫だよ〜イリーナ先生もペネロープ先生も美味しいもの好きだから〜! くふふ〜」

「ふふっ、そうだね」


 でもこれ、風の精霊シルフにお手伝いしてもらったら……きっとすぐ出来る。お菓子職人さんは風の精霊シルフと契約した方が絶対にいいと思う……!


「次に作る時はレッテリオさんに作ってもらおうかな……?」


 ルルススくんと一緒にお料理とか、ケットシー好きなレッテリオさんならすごく喜びそうだ。……お料理ができる人なのかは分からないけど。

 でも、できないとしても「ルルススくんと一緒にお料理してみませんか?」と言ったら、喜んでやってくれそうな気がする。


「アイリスー! 焼けたタルト台、もうそろそろ冷めたみたいにゃよ!」

「サクサクになったかなぁ〜? 僕の焼いたタルト〜!」


 冷ましていたタルト台と私をチラチラ、交互に見る二人はどうにも落ち着かない。タルト台の横には粗熱をとっているカスタードクリームが甘い香りを放っている。

 これは、予想通りのアレだろう!


「じゃあ小さいやつで味見してみよっか! カスタードクリームと出来たての生クリームも!」


「やた〜!」

「味見にゃー!」


 ルルススくんは踏み台の上で足音をトタタン! と立て、イグニスは作業台の上で同じく……いや、イグニスだとペタタン! だね。


「それじゃ、零さないようにそーっと……スプーンでカスタードクリームを掬ってタルトに塗ってね」


 二人の味見リクエストを見越して、掌サイズのタルト台を作っておいてよかった。二人とも楽しそうに自分のタルトを作っていて、なんだろう……見てるだけで和む!


「アイリス〜生クリームちょうだ〜い?」

「あっ、ごめんごめん。今用意するね!」


 私は四角い【簡易保存紙ラップ】にクリームを少量落とし、保存紙ラップを半分に折ってクリームのある中央を支点にして、半円を描く様にコロコロと転がした。すると人参のような形になるので、そのを捻って結び『クリーム絞り』を作る。

 の先っぽを切って絞れば、丸くクリームが絞り出せるのだ。


「はい、ルルススくん。好きに飾ってね」

「はいにゃ! ルルススこういうの初めてにゃ!」


 目をまん丸にしたルルススくんは、髭をそよがせ嬉しそう。イグニスも「ぼくのもやるぅ? それ、ぼくには大きいし〜」と、ルルススくんの手元を覗き込みつつ言っている。


 私はこの間に具材となる果物を用意してあげよう。レグとラスはまだ森から帰ってないので、工房にある果物だ。


「あ、最後の白玉檸檬たまれもんだ。うん、これなら甘いし合いそうかな」


 玉檸檬だと酸っぱいけど、白玉檸檬なら大丈夫。別名『砂糖檸檬さとうれもん』だからね。爽やかな酸味と甘味がカスタードクリームとも合うはず!


「二人とも出来た?」


「見て見て〜クリームたっぷりぃ〜!」

「出来たにゃ! あ、白玉檸檬にゃね!」


 あ、ルルススくんやっぱり器用! タルトの中央、上手に丸く絞られたクリームがツンとツノを立てている。


「イグニス、ルルススくん、乗せちゃっていい?」


 二人は「早く早く!」急かすように即頷いたので、私もカットした白玉檸檬を手早く乗せる。クリームを中心に、扇子が開く様にして乗せてみた。


「あ、これも乗せるにゃ!」

「ミント〜〜!」


 ルルススくんがクリームにミントを乗せて……完成!


「さあ、味見しちゃお!」


「わ〜い! いただきま〜す! ……くふふ〜!! ぼくが焼いたタルトサクサク〜! クリームあまぁ〜い!」

「美味しいのにゃ〜! 白玉檸檬って甘いけど、クリームとは違う甘さにゃね! カスタードクリームとすっごく合うのにゃ!」

「うん、ほんと……美味しい……!」


 タルト台は外側はサクサク、中の方はしっとり感も残っているし、端も硬くなくて食べやすい。それにルルススくんの言う通り! カスタードクリームと白玉檸檬の甘さってちょっと種類が違ってて、すごく合う!

 濃厚なカスタードクリームとさっぱり目の生クリーム、それにジューシーな果物の甘さと口に広がる果汁……。うわぁ〜! レグとラスが採ってきてくれる桜桃さくらんぼとも絶対に合う。きっとこれよりスゴい……!


「ぶどうのフルーツサンドも楽しみだなぁ〜」

「ルルススはタルトが好きににゃったのにゃ……クリーム絞るにゃ!」




 その後、レグとラスを待つ間に、カスタードクリーム作りで余った卵白でメレンゲを焼いたり、サンドウィッチ用に長方形のパンも焼いておいた。大振り葡萄にクリームたっぷりで作る予定なので、ちょっと薄めにスライスしておく。あまり厚いと食べ難いからね!


「ふ~準備完了。レグとラスはまだかなー……?」


 すると、工房の裏口――畑の方にある出入口が開いた音がした。そして「トットットットッ」「パタパタパタパタ」と近づいてくる軽い足音たち。


「あらあら! いい匂い!」

「おいおい! おれたちの帰りを待っててくれよな!?」


「レグ! ラス! あ、ハリネズミさんたちもお疲れ様!」


 パタパタパタパタと、レグラスの後ろから追いかけて来たハリネズミの背中には、収穫された桜桃さくらんぼと葡萄が山盛りの籠。一つの籠を八匹のハリネズミで運んでくれている。


「うわぁ~! アイリス~これ甘~い匂いがするよぉ~!」

「大きいにゃ。これにゃんて種類にゃの?」


 イグニスとルルススくんは早速、籠に張り付きその匂いと艶に瞳を輝かせている。


桜桃さくらんぼ森桜桃もりさくらんぼだけど、工房の森のは他より大粒で特別なの。葡萄は翠玉葡萄すいぎょくぶどうって言って……ホラ! これ皮ごと食べれるんだけど、中身もキレイな明るい緑色してるの!」


 私は葡萄を一粒拝借し、興味津々の二人に見せてあげる。


「うわぁ~! アイリスっ、これ、もったいないよぉ~! 果汁が~~!」

「瑞々しいのにゃ~! んんん! 甘い香りにゃ! 食べていいにゃか?」


「もちろん!」


 二粒の葡萄をそれぞれ、「あーん」のお口に放り込んでやる。さあ二人とも! 森が誇る夏の味覚をご賞味あれ……!

 目を真ん丸にして「あまーいぃ!」と喜びの声を上げる二人の後ろでは、レグとラス、それからハリネズミたちが誇らしげに鼻を上げ、胸を張って(?)いる。


「レグ、ラス! 美味しいタルトとサンドウィッチにするから待っててね! イグニスとルルススくんも、そんなにつまみ食いしてると後で食べれなくなっちゃうよ!」



 ◆



 カンカーン、カンカーン……と、昼二刻の鐘が聞こえてきた。


「あ、そろそろ約束の時間……」


 最終チェックをしておこう。

 迷宮探索隊に納品する携帯食セットの用意よし! 初めて見るだろう【ふしぎスライム容器】の説明準備もできてるし、新しく作ったシンプルなパンとチョコレート棒……コーティングの説明もしなくちゃ。あとは袋も合わせて説明して――。


「アイリス~! 桜桃さくらんぼタルトの飾りつけも出来たにゃ!」

「お皿の~用意もできたよ~!」

「うふふ、お茶の用意もできてるわよ」

「じゃ、おれたちは畑に行ってくるぜ! ハリネズミども、行くぞー! 収穫だー!」


「うん。みんなありがとう! そろそろ……」


 チリーン、と来客を告げるベルが鳴った。きっとレッテリオさんたちだ。


「はいは~い! レッくんですか~?」

「もーイグニスが先に行ってもドアを開けれないのにゃー」


 お、今日のお出迎えはルルススくんか。レッテリオさんの喜ぶ顔が見れちゃいそう。

 そしてルルススくんがちょっと背伸びをして扉を開けると、イグニスが「わわ~!」と楽しそうな声を上げた。


「わ~! レッくんとたいちょ~今日はかっこいいねぇ~!」

「ほんとにゃ! この前はヨレヨレのくさくさにゃったのに、今日のレッくんは格好良いにゃ!」


 かっこいい? 二人ともきっと、いつもの騎士服だと思うのだけど……?

 そんな風に思いつつ、私も出迎えの二人の後ろからひょいと顔を覗かせた。


「ああ、アイリス。ごめんね、ちょっと遅くなっちゃって」

「待たせただろ? 会議が長引いてな」


 そこにいたのはレッテリオさんとランベルト隊長さん……だけど、ちょっと、いつもと違う!

 いつもの騎士服よりなんか装飾が多い? し、マントなんか着けてるし、二人とも……いつもより『騎士様』っぽくて――。


「い、いえ! 大丈夫です。えっと……中へどうぞ」


 びっくりした。確かにこれは……イグニスとルルススくんの言う通り……。格好良い、かも……しれない……!


 いやだって、私、こんなキッチリカッチリしたキラキラの騎士さんなんて、初めて見たんだもん……!!

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