第76話 パンの香りと【ふしぎ】シリーズ②

 ツィツィ工房の二人を見送って、フゥと溜息を吐いた。嵐のような二人だった……。


「あの二人……スライムゼリーソーダ一気飲みしてたにゃ……」

「ツーさんもフィーもスライム好きすぎだよねぇ~」


 本当にそう思う。その情熱のおかげで良いものを作ってもらえたのだけど……!

 あ、ちなみにイグニスのいう「フィー」はフィオレさんのこと。発音が難しかったイグニスが「フィ~オレ~」と呼んでいたら「フィーでいいです。むしろフィーと特別な呼び名で呼んでください! イグニスさん!」と迫られてそうなった。


 ツィツィさんとフィオレさんは、スライムだけじゃなくて精霊も大好きみたいだもんね……。あの二人の契約精霊ってどんな精霊さんなんだろうか……。興味はあるけど……うん。



「さて。ちょっと疲れたけど……早速この【ふしぎスライム容器】にスープを入れてみよう!!」


 たっぷり作ったミネストローネ鍋からレードルで掬い容器へ注ぐ。一杯、二杯、三杯……。ちょっと大きいスープボウルならもういっぱいだろう。この容器の大きさも丁度そのくらい。しかし――。


「わ。まだ五分の一くらいしか入ってない……」


 虹色で半透明の【ふしぎスライム容器】だから、入ってるスープの量が簡単に見て分かる。


「凄いにゃ……これは流通が変わるにゃ……凄いのにゃ……変化の時にゃ……!」


 ルルススくんが興奮したようにフルフルっと震え、少し毛を逆立てて言う。


「流通……かぁ」


 今でも運搬用に状態保持付きの箱や瓶はある。保冷庫や冷蔵便もあるにはある。

 だけど、大きなものに安定した効果を付けるのは難しいし、大きくなりすぎると今度は運ぶのが大変だ。


 物質の錬成と、効果の二重、三重付与も大変なので、そういった運搬ができるのは一部の高級品だけ。


「確かに……。樽をこれで作ったらポーションとかも……大量に運べちゃう?」


 あとは……水と魔石で保存しながらでないとダメになってしまう薬草類とか、基礎調合だけしてある薬品なんかも助かるはず。


「アイリスは錬金術師らしい目線にゃね! ルルススはパンの酵母とか、その地方だけで使われてる調味料とか、腐りやすいおさかにゃにゃんかも沢山運べそうにゃ! あとは〜お酒にゃんかもいいにゃね!」


 確かに色々と使えそうだ。これは状態保持も付けてもらってるけど、保持なしで、容量が増えるだけの効果でもだいぶ違うだろう。


「でも、スライム容器でも大きいのは……ちょっと作るのが大変そう?」

「う〜ん……樽その物じゃにゃくても良いかもしれにゃい?」


「あ、保存紙ラップ!」


 そうだ。保存紙ラップなら大きいものだって作ることができる。

 保存紙ラップと【ふしぎ袋】を応用し、【保存紙ラップ製のふしぎ袋】を樽サイズに作ってそのまま樽に収めれば……。保存紙ラップは防水性があるから、今の樽でだって数倍の容量を運べてしまう。


「すごいね。私スープを沢山入れたかっただけなんだけど……」

「まあにゃ。ここから先はツーさんやアイリスの先生たちが考えることなのにゃ。アイリスはスープを入れるのにゃ!」


「ルルスス~! ぼくたちは固形スープの袋詰めしよ~」



 ◆



「よっし……! パン、スープ、ビスコッティにチョコレート、全部出来たね……!」


 作業台の上にはなかなかの山が築かれていた。これでも【ふしぎ袋】や【ふしぎスライム容器】を使っているのだから、携帯食が固焼きパンや燻製といった軽くて嵩張らない物になるのも頷ける。まあ、単純に保存の問題もあるんだろうけど。


「ね、ね~サンドウィッチは~? レッくんたち持って行かないのぉ~?」

「あ、そうだね。サンドウィッチもかさ張らなければ欲しいって言ってたよね……」


【上保存紙ラップ】で包んだサンドウィッチだと、長持ちはするけどかさ張ってしまう。そこが難点だとレッテリオさんは言ってたけど――。


「パンの【ふしぎ袋】って余裕あるんだよね……」


「あらあら! サンドウィッチを作りますの?」

「へいへい! それなら今日も大豊作の赤茄子トマト目帚バジル、あと黄花清白ルッコラがあるぜ!」


「レグ! ラス! うっわ、今日のもプリプリ艶々で美味しそう……!」


 そろそろ赤茄子トマト目帚バジルはソースにしちゃった方がいいかもしれない。使い道も沢山あるし、夏のうちに一年分を仕込んでしまおう!


「あ、明日の朝にゃけど、また新作フレッシュチーズが牧場から届く予定にゃ」

「じゃあそれを使ってサンドウィッチ作ろっか! 今回はお試しで……一人二個ずつで作ろうかな?」

「アイリス~ぼく一つはフルーツサンドがいい~!」


 イグニスが尻尾を立てそんな主張をする。

 うーん……探索に行くのにフルーツサンドかぁ。どうなんだろう? 疲れた時の甘い物用にはチョコレートがあるし……ああでも、隊長さんは甘党だってレッテリオさん言ってたよね。


「明日は新鮮な牛乳も届くからクリームも作れるし、フルーツサンド作ってみよっか!」


「やた~~!」


「お? 果物だったら桜桃さくらんぼと葡萄がいっぱい生ってたぜ!」

「うふふ、わたしたちが採って来ましょうか? みんなで行けば沢山持ち帰れますわ!」


 みんなって……畑のハリネズミさんたち!?


「籠に入れて背中で運ぶから大丈夫よ?」

「傷だらけの果物になんてしないぜ!」


「あ、じゃあ……お願いします!」


 レグとラスは「任せろ!」「任せて」と胸を張り、野菜を置いてまた畑仕事に戻って行った。なんだかはしゃいていたから、ハリネズミたちと明日の桜桃さくらんぼと葡萄狩りの相談をするのかもしれない。

 森の桜桃さくらんぼは甘くて一粒が大きいけど数が少ない。逆に葡萄は数が多くて種類も豊富で、どれも水分が多くて甘くて夏にはピッタリなのだ。


 明日は葡萄と、まだ残っている白玉檸檬でフルーツサンドを作ろう!



 ◆



『チリーン チリーン』


 あ、この音は。


「イグニス、悪いんだけどお手紙届いたみたいだから見てきてくれるかな?」



「アイリス~! レッくんからだったよぉ〜」

「ありがと、イグニス。えっと……あ、明日の約束、昼二刻に来るって。んーお茶の時間かぁ……あ、そうだ、レグとラスが採って来てくれる桜桃さくらんぼでタルト作ろうかな?」


 どうせサンドウィッチ用にクリームを作るのだ。きっと余るだろうし、牧場からは卵も届くから、美味しいカスタードクリームも作れる。

 クリームは甘さ控えめにして、森の桜桃さくらんぼの甘さを知ってもらおう! 普通のとは全然違う、ここだけのとっておきだからきっと驚くに違いない。それに、甘い物好きの隊長さんは喜んでもらえると思う。


「いいにゃね! タルト好きにゃ~!」

「ぼ~くも~!」


 明日はまた、朝からサンドウィッチ作りとタルト作りで工房が甘~くなりそう!



 ◇



「あ、ねえルルススくん。さっき言ってたチーズってまた新作なんだ? 最近新作多いよね……?」


 確か前までは、牛乳とバター、いつものチーズ……という、定番を堅実に作っている感じだったはずだ。人手でも増えたのだろうか? 

 あ、そうだ。レグとラスも増えたし、これから騎士団のお弁当サンドウィッチにチーズも使うし、ちょっと牧場に注文量の相談もしなきゃ。


「あそこの牛乳は美味しいし、若旦那だんにゃが新しい商材を欲しがってたのにゃ。だからルルススがちょっと協力してにゃね、開発してるんにゃよ!」


「若旦那さん? おじいちゃん引退しちゃったんだ。もしかして……」


「ううん、元気にゃって! でも動物の世話は堪えるらしいにゃ。だから先代が新しくチーズとか加工品を増やそうかにゃ~って色々やってるんにゃって!」

「あっ、そうなんだ。そうだよね……おじいちゃん元気そうだったもんね」


 それにしても、朝が早いルルススくんが対応する事が多かったから、牧場の人とすっかり仲良しになっている。私も明日は早起きしてお話しないと……!


「おじいちゃん……ヨーグルト作ってみないかなぁ? ルルススくん、お願い出来そうだと思う?」

「ん~……今はチーズにはまってるみたいにゃけど……聞いてみるといいにゃ。でも【ふしぎスライム容器】が普及したらヨーグルトを作る工房も増えそうにゃよね!」


 確かに! ツィツィ工房に期待しておこう…!!

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